32.大聖女(1)
王城図書館から帰宅したティアナのもとに、王族からの封書が届いていた。中を見れば、何やらティアナを聖女としてではなく「大聖女」にしたいという旨が書いてある。
「聖女と大聖女って何か違うの? 大になったら、何か他に仕事があるのかしら?」
そもそも、自分が「大」をつけられるほどのことを何かしているとは思えないのだが……とコンスタンツェに聞いても「さあ?」という返事。
何にせよ、話を国王から聞かなければいけないようだったので、仕方なく召致に応じることにした。すぐに使いを出して、翌日王城訪問をすることにする。
今は、昨日借りて来た書物を読むことに、ティアナは四苦八苦している。自室のテーブルで書物、それから古語に関する対応表を並べて、うんうん唸りながら少しずつ読み進めるティアナ。
「ねぇ、コンスタンツェ、この本、古語に近い言葉で書いてあるんだけど……あなた、読める?」
開いた書物を覗くコンスタンツェ。が、彼女は「全然無理」と即答した。
「そうなのね、コンスタンツェが生きていた時代は、もう今の言葉に……」
「そうじゃないわ」
コンスタンツェはくるりと空中で一回転した。
「あなたじゃなきゃ、見えないのよ、それ。言ってたでしょ、小鳥が術をかけるって。あの部屋の中にいる時はわたしもあなたの肩越しに覗けていたけど、ここではもう中身が真っ白に見えるの。すごいわね。幻覚魔法っていうのかしら。意識改変? でもそれは、ティアナじゃなくて、ティアナ以外がそう見えるだけだから、偽装っていうの? よくわからないけれど、そういう魔法らしいわね」
「ええ~!? じゃあ、あそこでコンスタンツェに読んでもらえばよかったってこと?」
「そうねぇ。でも、わたしも全部は読めない感じはしてたわ。そこまでの知識はないのよね……」
あの後、ティアナは王城図書館の一階に戻って、今使っている古語の対応表一覧を借りた。要するに辞書に似たものだ。それを使っているものの、なかなか進みがよろしくない。
「それにしても、昔の魔法使いたちって凄かったのね。こんな魔法までかけられるなんて。あんな小鳥の置物に、そんな魔力があるなんて」
現在、魔法使いと呼ばれる者は、王城の魔法院に集まっている。勿論、市井にもいくらかはいるだろうが、当人がそうとは知らなかったり、力が弱かったり、そういう者についてはどれほどいるのかは定かではなかった。
だが、何にせよ。何十年、何百年もその効果が続く魔力を魔法石や魔道具に吹き込めるほどの者なぞ、いやしない。そのことをティアナもわかっていた。
「多分だけど、それは、魔力をホロゥたちから抜き出した、本当に最盛期のものじゃないかと思う。本当のところはわからないけど、わたしはそう思うのよねぇ」
コンスタンツェはティアナにそう言った。思い切って尋ねてみるティアナ。
「コンスタンツェは、いつ頃に生きていらしたの?」
「いつ頃とか、わからないわ。あのねぇ。生前の記憶って、そこまではっきりしてないのよ」
「えっ?」
「祈りの間に、長くいたわ。でも、その長くいる間に、色々なものを取り込んでしまったせいかしら? 生前のこと、どんどん忘れて行っちゃうのよね。でも、そういうものじゃない? 人って忘れていく生き物だもの」
そう言った彼女の声音は、いつもの陽気さは影を潜めていた。とはいえ、すぐに気を取り直したように笑う。
「だけど、今でいうところの古語っていうのかしら? それには触れたことがあるわ。それから、覚えているのは、お父……」
「え?」
「えぇっと、当時の国王陛下は、一桁代だったってことね! 今は何世なのかしら?」
国王が一桁代? 何世? その言葉の意味がわからずにティアナは少しだけぽかんとする。それから、ああ、何番目の君主なのかを表す数字のことかとようやく思い至って答えた。
「今の陛下は11代よ。あなた、本当に長生きしているのね」
「生きてないけどね!」
そう言ってけらけらと笑うコンスタンツェ。それから、彼女は「もう少しあなたの中で休んでいるわ」と言う。
「休むってどういうことなのかしら? 疲れるの?」
「そうよ。疲れちゃう! ね、わたしが、あなたの中で入るってたまに言うでしょ?」
それへ「ええ」と同意をする。コンスタンツェは、ふわふわと浮いて、ティアナが書物を開いているテーブルに腰をかけた。実際は腰をかけているわけではないが、なんとなくそう見せかけたいのか、そういうポーズをとるだけだ。その心境も尋ねてみたいと思いつつも、今は黙って話を聞くティアナ。
「あのね。こうやって外に出て話をしていると、結構疲れちゃうの。勿論、疲れたからってそれはすぐに天に還るって感じではないんだけど……でも、なんかわかる気がするのよねぇ。マリウスが離したホロゥは、マリウスから離れて数日で戻ってきて、そして天に還るんでしょ?」
「そうね」
「わたしとティアナを繋ぐ糸は太いし、それがある以上わたしは召されないっていう感覚があるんだけど、でも、消耗するのよ。あの祈りの間っていうのは、魔法使いたちが叡智を集結させて作ったものだって言うから、それだけのものはあるのね」
ティアナは「うーん」と唸って考える。
「像に糸がついているって言ってたでしょ? ってことは、それだけあの像に力があるってことかしら?」
「さあねぇ。像に力があるっていうより、ホロゥ側の気もするけどね。言ったでしょ。昔、ホロゥから魔力を……って。今のホロゥにも魔力があるのかは、わたしはよくわからないけど……あー、駄目、まだ疲れちゃってるわ。おやすみぃ……」
そう言うと「はい、おやすみなさい」と言ったティアナの体の中に、すうっとコンスタンツェは入っていく。もう、こうやって体の中に彼女が入っていくことにも慣れた。最初は何かがすうっと通り抜けるような、内側に入っていくような、どちらともいえないような……と不思議な感覚を得ていたが、今はただ「コンスタンツェが中に入った」と思うだけだ。
「何にせよ、コンスタンツェはやっぱり、結構昔の人なのね」
そう呟いてから、ティアナは「もうちょっと頑張ろう……」と書物のページをめくるのだった。




