29.幼い頃のマリウス(2)
「ここには、何かの力が作用しているようで、この像よりあちらには我々はいけないのだが、我々がここに直接来ることはそうそうないだろう。ただ、ここと公爵家が繋がっていることをお前はわかっていなければいけない」
「はい」
それへは、真剣に返事をするマリウス。コンスタンツェはふわふわと浮きながら「あらあら、可愛いこと」と思いながらその様子を見ていた。
前公爵が「さあ、戻ろう」と言って壁の隠し通路に戻る。マリウスは、そっと手を伸ばしてホロゥたちを触ろうとする。だが、当然彼の手はするりとすり抜ける。
「マリウス」
「あっ、はい!」
来た時にはあれだけ取り乱したのに、もう彼は慣れてしまったのか。
(今まで見たものより、どれも大きいって言ってたわ。きっと、あの子、ここにいるわたしたちの姿が見えるのね。さっきの様子だって、触ろうとしていたし……)
そして、会話を聞けば、公爵家の長男だというではないか。コンスタンツェは「へえ~、おもしろいわね!」と呟いた。勿論、その音はまったく外には出なかったけれど、彼女はとにかく、自分ではそう呟いたつもりになっていたのだ。
「そうなのね。聖女はあの像にたどり着くまでにホロゥたちを切らなくてはいけないけど、公爵家の人たちは逆に、あの像より前にはいけないのね」
思い返せば、いつもマリウスは像のあたりに立っている。出会った時もそうだった。像のあたりから声をかけられて、近づいて行ったティアナ。マリウスはそこから動かず、ティアナがたどり着くのを待っていただけだった。
「それから、結構な頻度でマリウスはやってきて、何かああでもないこうでもない、ってやってたわよ。いっぱいわたし以外のホロゥに話しかけたりもしてたけれど、ぜんぜん通じてなかったわ。でもあの子隔世遺伝っていうか、ちょっと才能があったみたいだからね。ホロゥが見えていたのも、その片鱗じゃない? 少しずつ少しずつ何かを掴んでいったみたいで……」
そして、ある時を境に、ホロゥたちを「引っこ抜く」ことが出来るようになったのだとコンスタンツェは語った。
「ずっとあなたが見守っていたのね」
「そんなもんじゃないわ! 面白おかしく見ていただけよ! でも、引っこ抜きだしてから、ちょっとわたし彼が怖くなってね」
怖くなった? とティアナが不思議そうな表情でコンスタンツェを見上げると、彼女は困ったように笑った。
「わたし、他のホロゥと違ってちょっと大きかったから、みつかったら連れていかれちゃうんじゃないかと思って……彼が連れて行ったホロゥは誰も戻ってこなかったし、次に彼が来た時にはまた新しいホロゥを連れて行っていたからね」
だから、彼に連れていかれたら死んでしまうのだと思っていた、とコンスタンツェは言う。そうなると、どうして今回彼女はマリウスのところにやってきたのだろうか。ティアナはそれを問うべきか少しだけ悩んだ。が、コンスタンツェの方から答えてくれる。
「だけど、今回何かちょっと違ったのよね。だから、もしかしたらついていっても死なないんじゃないかなって思ったの。ああ、どうしてなのかって聞かれてもわからないわ。長い間あそこにいて、マリウスが『引っこ抜く』ところを見ていたのよ。なんとなく。なんとなくだわ」
彼女は天井近くでまたくるりと一回転して、ふわふわと内扉から続くティアナの寝室に向かった。霊体だから、勝手に壁はすり抜ける。その様子を見て、ティアナは「はあ」と小さくため息をついた。
「なんにせよ、これからよろしくね、コンスタンツェ」
隣室に姿を消してしまったコンスタンツェは、それでもティアナの声が聞こえたようで「はぁい! こちらこそよろしくねぇ~」と明るく返したのだった。




