24.謎の借用書
「誰の声なのかはよくわからなかったわ。王城のあたりをふわふわしていたらかすかに聞こえて。ちょっと興味があったから、そっちに向かったんだけど、壁をすり抜ける直前でタイムリミットが来ちゃったの。でも、特徴のある声だったから、もう一度聞けばわかると思うのよねぇ」
タイムリミットというのは、祈りの間を離れることが出来る時間のことだ。そればかりはコンスタンツェの勝手にはいかない。ティアナが「それを越えちゃうとどうなるの?」と尋ねると「わからないわ。でも、多分天に召されるか、それとも、ほかの霊体と同じ感じになるんじゃないかしら……怖くて試していないわ。ただ、ヤバいってのは本能みたいな感じでわかるの」
そういうと、コンスタンツェはぶるりと身震いをした。ああ、そんなことまでするのか、とティアナとマリウスは目を丸くする。
「その会話をしていた人物はわからずしまいか……」
「そうね。両方男性だったけど、わたし、こう、聞こえる範囲を広げているから、確実にどこから聞こえたのかっていうのはわからないのよね」
「聞こえる範囲を広げて? そんな芸当が出来るのかい」
「それはね、生きている間に出来た、わたしの能力よ。あなたが霊体……なんでしたっけ? あなたたち他の呼び方をしていたわね? ヴァイス・ホロゥ? そう、そのホロゥを引っこ抜いたりすることや、ティアナが聖女としての力を持っているのと同じ。だから、わたし……」
少し、コンスタンツェはなんだか悲しげな声音になったが、その先は言わずに「なんでもない」と告げた。
「ラルフ。僕のことを疑っている男性が2人王城近くで会話をしていたらしい。コンスタンツェが言うには『公爵』という言葉と『例の借用書』という言葉が会話に入っていたと」
「えっ」
ラルフは怪訝そうに眉をひそめた。それから、ちらりとティアナを見て「ティアナ様には、もう話されたのですか」と尋ねた。
「これから」
そう言ってマリウスは肩を竦めて見せる。それまでじっと聞いていたティアナは
「そろそろ教えてくれる? 例の借用書って、なぁに?」
と尋ねた。
「これは、父と僕とラルフの2人しか知らない話なんだけどね。勿論、君も他言は無用と約束をしてくれるだろう?」
「ええ、当然よ」
「実は、僕の父は、借金をしていてね」
「ええっ!? 前公爵様が?」
ティアナは声をひきつらせた。それから、「あっ」と気付いて口に手をあてて、肩を竦める。案外と大きい声が出てしまった……そう言いたげな彼女に、マリウスは「大丈夫だよ。この部屋は防音魔法がかかっている」と声をかける。
「ええ……っ、待って、公爵家の財政は……? わたしにドレスを買ってくださる余裕なんて、実はなかったんじゃあないの? マリウス、大丈夫なの?」
「はは、大丈夫さ」
「え? ドレス? 何の話ですか?」
マリウスとラルフの声が重なる。が、マリウスは特にラルフに説明をせずに、話を続けた。
「借金をしたものの、その金額は公爵家にとっては、はした金……というにはちょっとだけ高かったけど、まあ、返せない額ではなかったんだよね。だから、ちょうどいいぐらいの借金と言えばそうなんだけど……」
ちょうどいいぐらいの借金。その言葉にコンスタンツェは「なぁに、それ!」と笑っているが、ティアナは「ええっ?」と首を傾げる。
「ただ、どうしてそんな借金をしたのか、父は憶えていないって言うんだ」
「どういうこと……?」
「どういうことも、何も、そういうことさ。借用書には、間違いなく父のサインがある。だけど、全然記憶にない」
「え……」
まったく話が見えない、とティアナは「わかる?」とコンスタンツェに尋ねた。コンスタンツェは「わからないわ」と答える。ラルフはその様子を見て、ああ、ティアナ様の横に本当にいるんだ……と察してはいるようだ。
「そして、借りた金も、どこにもありやしないんだ。不思議なことにね」
「ええ? 借りてないんじゃなくて……?」
「借りているんだよ。借用書があるからね。間違いない借用書だった。なので、それに従って借金は返した。だけど、借りた金はないし記憶もない。これ、一体どういうことだと思う?」
「どういうことって、わからないわ」
「そう。わからないんだ」
マリウスは両手の平を天井に向けて、肩を竦めた。
「だから、ラルフにも助けてもらってね。まず、父が言うことが本当なのかを探ってみた。この公爵家の金の動きも、父の動きも、過去に遡って調査をしたのさ。だけど、何も出てこなかった。公爵家の財政はまったく問題がなかったし、かといって、突然金が増えた痕跡もない」




