18.王族の神殿訪問
「うーん、マリウスったら、婚約者としてのカモフラージュが完璧すぎて怖い」
あれからも、マリウスからのプレゼントは不定期に続いた。王城から借り受けた別荘には庭園があるが、その庭園に「ない」花束を贈ったり、王城御用達の商人だけが取り扱っていると言われる茶葉を贈ったり。
ティアナはそれらを「そう」とは知らなかったが、母親がわざわざ「まあ、この花はこのあたりではあまりみないお花なのよ!」だとか「まあ、これは王城御用達の……」と解説をしてくれるのがありがたい。
既に父親は男爵領に戻ったが、母親はティアナを心配して、もうしばらく滞在してくれることになっていた。それもまた、心底ありがたいと思う。その母親はと言えば、案外羽を伸ばしまくっていて、昔の友人と会ってやれお茶会だと日々はしゃいんでいる。ティアナが相手を出来ない日でも楽しそうに出かけているので、むしろこの別荘は母のバカンスのためのものではないか?と思う。むしろ、ティアナの方が王城近辺には友人がいない。
「お嬢様の方は婚約者としては何も出来ないのでしょうから、丁度良かったのでは?」
「辛辣にもほどがない?」
また自室のソファにぐだぐだと横たわるティアナを、アルマは「お嬢様、またそんな風にごろごろして」と叱る。
「いいじゃない。こっちに来てからというもの、思ったより王城に呼ばれて行く機会が増えて、わたし疲れているのよ」
それは完全に誤算だった。確かに、いくらか王城から声がかかるだろうことはわかっていたが、それにしたって数が多い。王城は暇なのか。いや、そうではない。「王城主催」と銘打って行われる行事の何割かは王族がほんの数分顔を出して挨拶をするだけだし、古くからいる臣下たちが取り仕切ってる場合も多い。そして、「白銀の聖女」もまた、わずかな挨拶や顔見せのために呼ばれる。
一応、そういう場では「そういう雰囲気」を醸し出すことにティアナは成功していた。というか、どこに何のために行っても「早く帰りたい。帰って部屋のソファでごろごろしていたい」と思っている彼女は、なんとなく憂いに満ちた表情を見せていた。話が長くならないようにと口をつぐみ、静かに時を待つその様子を、人々は「穏やかだが、どこか憂いのあるお方だ」と評価をした。とんだ誤算だ。
「マリウスにドレスをいただいていて正解だったわ」
「そうですねぇ。神官服で大丈夫なこともありますけど、何よりお嬢様は一応男爵令嬢ですしね……」
「一応は余計じゃなぁい? あっ、でもそろそろ時間かしら」
そう言って、ティアナは立ち上がった。何故なら、今日は神殿に赴く日だからだ。
「今日は特別な日だと言っていらっしゃいましたよね」
「そうなのよ。ああ、忘れなくてよかった。これは言い訳だけど、神殿まですぐに行けちゃうからたまに忘れちゃうのよね……前みたいに2日もかけていく、ってことなら準備があるし、ちゃんと覚えていられるのに」
ぶつぶつ言いながらティアナはドレスを脱ぎ始める。神殿では、聖女用の白い神官服に着替えなければいけないからだ。アルマが用意をしてくれた服に袖を通し、それから耳にマリウスからもらったイヤリングをつけた。
「今日は王族の方がいらっしゃるんですよね?」
「そうそう。年に2回、神殿訪問だとかなんだとか……ここ最近は王妃様と王女様がお一人って感じらしいけど、その前のことはよくわかんないわ」
「お話をなさるんですか?」
「お声がけはいただくけど、話はほとんどしないわ。お勤めご苦労様、今後も励みなさい、みたいなお話に、はい、誠心誠意尽くします、って毎回返すだけ」
そんな言葉を返せるのか、とアルマはうろんげにティアナを見る。その視線に気づいて「わたしのことなんだと思っているの?」とティアナは口を尖らせるのだった。
神殿では、既に神官長と主な神官が王族を迎え入れる準備を終えていた。準備と言っても、ただ集まって歓迎をして、神殿の中を案内して、祈りの間を見せるだけ。当然、祈りの間は入っても数歩しか歩けないため、入った場所に立って「この国に繁栄をもたらし給え」だとかなんだとかの文言を捧げるだけ。それが像に何の影響も特に及ぼさないと皆はわかっているが、形だけでも「それなり」に整えてある儀式というわけだ。
「聖女様。ようこそ」
「本日はよろしくお願いいたします」
そう言って、神官たちと軽く挨拶を交わす。とはいえ、特に彼女はよろしくお願いする立場でもなく、むしろ神官たちからよろしくお願いされる側。ひと月に一度の訪問とは別に呼び出され、王族が神殿の中を闊歩するのに付き合って、そして最後に見送るだけ。そのためだけに呼ばれているのだから、正直「わたしいなくてもいいわよね」というのがティアナの感想だ。
これが他の貴族ならば「王族と懇意になるチャンス」と思うのかもしれないが、どうにもティアナにはそういう気持ちが足りない。母親には粗相がないようにと言われてきたが、粗相を起こすほどの距離にもそうそうならないし、そんな距離を詰める気も起きない。
「王族の方々がいらっしゃいました」
もともと王城内の施設ではあるが、広大な土地の中のこと。当然彼らは馬車で現れた。