16.城下町デート(3)
さて、彼らはティーサロンに行き、貴族令息や貴族令嬢たちが茶をしている中、1つのテーブルで仲良く茶を飲んだ。サロンは一つの住宅の建屋全体で提供されており、2階には大きなサロン、一階には広間に6つのテーブルがあり、奥から小さな庭園に出ることが出来る。庭園にも2つのテーブルが並んでいる。
マリウスの目論見は当たっていて、こそこそと2人を見て噂話をする声が聞こえる。
「マナーとして、店員がものを提供した後しか、客同士の声掛けは出来ないらしいんだよね」
と言うマリウスに、ティアナは「それじゃあお茶が冷めてしまうんじゃない? 店員が来る前にどうせなら話しかけて欲しいのに」と首を傾げた。
「店員に聞かれたくない話もある、と想定した上のことだろうね」
「変なマナーね」
ティアナはそう言って肩を竦めて見せた。
しばらくすると、マリウスが言っていた「マナー通り」に、ケーキを食べている最中に、男性が「失礼いたします。ジェルボー公爵でいらっしゃいますか」とわざわざ挨拶に来た。何故声をかけたのかと尋ねれば、一緒にいるティアナが聖女であること、2人が婚約者同士であることを確認したかった、と案外とまっすぐな言葉がやってくる。
その会話に、ティーサロン内のあちらこちらのテーブルにいる者たちが聞き耳を立てている様子を、ティアナは感じ取る。
(まあ、本当にマリウスが言う通り、ここにいる人たちがわあっと噂を広めてくれるってことなのね……)
ティアナはその男性の相手はマリウスに任せて、自分一人でケーキをもぐもぐ食べる。男性と話をしていたマリウスは、そんな彼女をちらりと見て
「僕のこの焼き菓子も食べてごらん。美味しいよ」
と、ティアナの方へ、そっと自分の皿を押した。
「まあ! いいのかしら?」
「うん。僕は本当はあまり食べないからね。君にと思ってそれを頼んだんだ」
あまり食べないから。嘘ばっかり。ティアナはそう思いつつも「嬉しいわ。ありがとう!」と言って笑った。ついでに、マリウスと話をしている男性にも軽い会釈をして。
「本当にみなさん、わたしたちのことが気になるのねぇ~」
男性が2人の席から自分の席へと戻ってから、ティアナはしみじみとそう呟いた。それへ、マリウスは「君がどう思おうが、案外と僕らはこの国で話題になるカップルなんだよね」とけろりと言った。
「まあそうか。あなた公爵なんですものね」
「そして君は聖女だ。この国で唯一の」
「唯一のっていうけれど、本当は他に聖女になれそうな人がいるんじゃないの? 王族の方々とか……」
それは確かにそうだ。が、マリウスは苦笑いを見せる。
「それを言ったら、僕だって弟が公爵にもなればいいんじゃないかと思っているからね」
まあ、お互い様ということさ、と彼が云えば、ティアナは「何がお互い様かはよくわからないけど、でも、しょうがないわよね」とため息をついた。
そんなわけで、おかげさまでそれから数日の間、ティーサロンでジェルボー公爵と白銀の聖女の婚約は本当だっただとか、ジェルボー公爵が聖女のために、自分は食べないケーキを頼んで聖女に2個のケーキを食べさせてあげただとか、そんなことが王城近辺の貴族たちの耳に広がることとなった。まんまとマリウスの目論見通りだ。
ティアナは「これで、きっとわたしのところに来る手紙は一気に減るわね!」と目を輝かせて、更にサロンで購入した焼き菓子を手に、ほくほくと帰路につく。
「あまりご令嬢が、土産を手にして帰るって聞いたことがないんだけどね……」
とマリウスはぽつりと呟いた。当然ながら、彼女のその様子も噂になって「聖女がわざわざ『マダム・サレーの焼き菓子』を手に持ち帰った」として後々有名になったのだが、そのことをマリウスもティアナも知る由もなかった。
「ああ、今日はなんだかんだで楽しかったわ!」
なんだかんだで。その一言は余計だな、とマリウスは思ったが、ティアナにとっては特に深い意味はない。男爵家の別荘の邸宅前で、マリウスはティアナに手を貸して馬車から彼女を下ろす。
「そうだ、ティアナ。君、次に祈りの間に行く時さ」
「ええ」
「いつも通りに、ざくざくホロゥを切ってくれないか?」
「えっ?」
マリウスの言葉に首を傾げるティアナ。切るなと言われたり、切れと言われたり、一体どういうことだ、という戸惑いの表情だ。
「どういうこと?」
「ちょっと、確かめたいことがあって」
「うーん? わかったわ。いいのね?」
「ああ」
わかったと言いつつ、実にその理由はわかっていない。だが、マリウスの方からその理由を語らないのなら、まあ別にいいか……とティアナはそれ以上の追及はしなかった。彼は、必要に応じて自分に説明をしてくれる。きっと、後からそのことも話してくれるのだろうと思い、その日はそのまま別れた。