15.城下町デート(2)
「ああーーーーーーーー! こんな小さなイヤリングであんなお値段するなんて! ごめんなさい!」
馬車に乗って出発すると同時に、ティアナはイヤリングを入れてもらった箱を握りしめつつ、そう言ってマリウスに謝った。だが、マリウスは「別にいいよ」と本当に気にも留めていない様子だ。
「君、この値段でそんなことを言っていたら、君の家に贈ったものを身につけられなくなっちゃうからね」
「えっ、えええ……」
そう言われて、ハッと自分が今日着て来たドレス、靴をじろじろと見る。いや、わかたっている。普段自分が着ているドレスよりも上質だということは。そんなことは、母親のはしゃぎようで理解はしていた。自分が目利き出来ないとしても。
結局ティアナが「これがいいわ」と決めたシンプルな水色の石のイヤリングは、彼女の数か月分のお小遣い以上の値段だった。要するに「公爵からのプレゼントとしてはそれぐらい当然だよ」という程度の値段なのだが、それでもティアナからすればすぐに買えるものではないため、申し訳なさが先に立つ。
「それに、値段を聞くのは野暮だよ」
「あなたって、本当に貴族で、本当に公爵なのね?」
「ううーん、そう言われると少し自信がなくなるけど、まあ、そうだね」
曖昧にそう言って、マリウスは「あはは」と笑う。
「折角だ。今日の恰好にも似合うから、して行ったら?」
「ええ? でも、鏡がないわ」
「僕がつけてあげるよ。ちょっと揺れるけど、なんとかなるだろう」
でも、と困惑の声をあげるティアナの手から箱をそっと奪って、マリウスはイヤリングを片方中から出した。
がたん、がたん、と馬車が揺れる中「失礼」と、向かいに座っていたマリウスはティアナの横に座った。ぎょっとして身を縮こまらせるティアナの耳に、彼は手早くイヤリングをつける。
「な、な、慣れて、いらっしゃるのね?」
「慣れているわけないだろう?」
何を言っているんだ、と呆れたような響きを伴うマリウスの声音。が、彼はティアナの両耳にあっという間にイヤリングを装着して、またするりと向かいに戻る。
「うん。いいね。とてもよく似合っている」
「あ、ありがとう」
なんとなく気恥ずかしさがあって、ティアナの声はすうっと小さくなっていく。目線を泳がして、馬車のボックスの小窓から外を見た。
「……あっ」
「どうしたんだい?」
「ううん……そこの路地に、誰か倒れていた気がして。気のせいかしら」
そう言ってティアナはとっくに通り過ぎている路地を指さす。マリウスはちらりと見てから、苦々しく言葉を返した。
「ああ、その辺はね。よく倒れている。多分生きていると思うから大丈夫だよ」
「よく倒れている……?」
その近辺はいくつかの薄暗い路地があり、ティアナにはどれも同じように見える。が、確かにちらちらと人の姿が見える。それも「通っている」「歩いている」人影ではない。そこに座っている、うずくまっている、というのが正しいのかもしれない。
「気を付けた方がいい。この辺は、職がない者たちや家がない者たちが暮らしていてね。この馬車は『強すぎる』から出ては来ないけど、辻馬車で通れば、当たり屋が出ることもある」
「職がない者……? 当たり屋?」
「そう」
マリウスはティアナに説明をする。野ざらしになっている路地で生活をしている「ただ生きているだけ」の者がいるということを。また、家に住んでいる者たちでも税金を払えずにそこを追い出される者などもいて、年々増えているらしいとも。
「まあ。でも、家を追い出されるなんて酷くないかしら?」
「そうだね。しかし、それが実情だ。ここ3,4年税が値上がりをしていることを、僕の父親もどうにか抑えたいと思っていたようなのだけど、なかなかうまくいかないようだった。この辺りに住んでいる者、いや、生きている者は王城の管轄なんだが……」
正直なところ、ティアナはそう言った政治的なことに興味はない。だが、それは今までまったくそれらが見えていなかったからだ。
「そうなのね。税が値上がりしているなんて初めて知ったわ。何かの施策にお金がかかっているのかしら?」
「5年ぐらい前からかな。西側の街道の整備が続いている。それから、東の街道脇に大きながけ崩れがあって、そちらの措置も時間がかかっているようだよ。それから……まあ、いくつもあるけれど、どれも王城としては、やるべきことが重なってしまっているんだろうね」
がけ崩れについてはティアナの耳にも入っている。それか、彼女が男爵家から王城に向かう時に使っている街道だからだ。ひとまず街道は通れるようになったものの、記録的な豪雨の後、近くの山からの落石が多くなったため、手前で大きく迂回をしなければいけない。そして、その位置はちょうど南側からの街道との合流地点のため、流れの商人たちがぶつくさと話をしているのを聞いた記憶がある。
「なのでね、一番簡単なのは、金があるところから出す、金が入るところを減らす、ってことでね。どうやら王族側が懐に入れる金額を抑えているようだから、その辺の努力はしている様子ではあるけれど」
「王族って大変なのね。でも、それを聞いたら余計、こんなお高いイヤリングをいただいていいのかしら、って気持ちになったわ」
「公爵家の財源は、過去のものの蓄積だからね。こっちも、金を王城に貸したりもしているんだよ」
「まあ。そんなことが出来るぐらい公爵家って……そのう……なのね?」
彼女の言葉のぼかし方がおかしかったので、マリウスはまた声をあげて笑った。そんな彼の様子を見たティアナは
「あなた、よく笑うのね」
と、けろりと言うものだから、マリウスは「君のせいなんだけど!?」と言って更に笑ったのだった。