10.デートのお誘い(1)
「うーん、快適快適……このソファったら、わたしが昼寝をするにふさわしいわ……」
「お嬢様! 駄目ですよ!」
「ええ~、ちょっとぐらいいいじゃないの~!」
ひとつき後、目論見通りにティアナは国王から「男爵家の別荘」を王城近くにもらった。それとほぼ同時に、公爵との婚約発表を行った。
もちろん、国王も寝耳に水のことだったが、どちらにせよ、これで王城付近に聖女が来てくれれば、何かにつけて行事にも参加させられるし、どこの骨かわからぬ者と婚約をするわけでもないことは喜ばしいと、案外簡単に受け入れてくれた。
そして、現在ティアナは別荘暮らしを始めたわけだが、最初のうちは王城付近のこともあまりよくわからないだろうから、と男爵夫婦もティアナと共に別荘にひとつき暮らすことになった。特に母親は男爵に嫁ぐ前は王城近くに住んでいたという、実は格がいささか上の家門だったため「王城なんて久しぶりだわ!」と喜んでいる。
コンコン、とノックの音。慌てて侍女のアルマが扉を開ければ、そこにはなんとティアナの母親が立っていた。
「ティアナ、ティアナ、大変よ!」
「お母さま、どうなさったの?」
侍女に使いを任せずに、母親が突然やって来たことに驚くティアナ。が、母親は更に驚いていた。
「公爵様から……マリウス様から、多くのプレゼントが届いたのよ!」
「ええ?」
「いくら婚約をしたからって、もうそれは大量に。マリウス様も一緒に運んでいらしたから、早くエントランスに行きなさい!」
ティアナは勿論「一体どういうことなの?」と驚いたものの、それより、わざわざそんなことを言うために、使用人ではなく自分がやってきてしまうなんて、と思う。お母様は狼狽しすぎだわ……心の中にその思いはしまって「わかったわ」と部屋から出た。
エントランスへ向かう階段の上で、ティアナは足を止めた。下を見れば、そこには本当に大量のプレゼントが山積みになっている。使用人たちが数名それを囲んでいたが、ティアナを見て、明らかにほっとした表情だ。
「わあ」
素でそんな声が出てしまう。何故なら、彼女の人生では一度たりと、そんな大量のプレゼントを見たことなんてなかったからだ。人へのものでも、自分へのものでも。だが、それで何も困ったことはない。ということは、このプレゼントは、なくても良いものなのではないか……いや、何か意味があるのかもしれない……などと悩みながら、エントランスへの階段を下っていくティアナ。
「やあ、白銀の聖女」
そして、そのプレゼントの前には、マリウスが立っていて、階段を下りていくティアナに手を軽く振る。
「ええ~、その呼び名で呼ぶの、やめていただけません?」
「はは、悪かった。今日は、君にプレゼントを持って来たんだ」
「持ってきたって、ええ? これ全部? わたしにですか?」
エントランスに積みあがっているものを見て、ティアナは大慌てで玄関の扉を開けた。見れば、外には荷運び用の馬車がちょうど別荘から2台出ていく後姿が見える。なるほど、普通の馬車以外に荷運びの馬車か……と口をかすかにへの字に曲げるティアナ。
「どうなさったの? マリウス」
「いや、婚約者だからプレゼントが必要かと思って」
「世の中の婚約者はみなこんなプレゼントをするものなのかしら?」
「あのさ」
肩を竦めるマリウス。
「君、多分あまり考えていなかったと思うんだけど」
「何を?」
「王城近くにやって来たってことはさ。社交界に頻繁に顔を出すようになるってことだよ?」
「ええ?」
一体何を言っているのか、とティアナは眉を顰め、それから、後から降りて来た母親を見た。すると、母親は「そうよ」とマリウスと同意見。
「あなたは聖女だし、その上、いまや公爵様の婚約者ですもの。マリウス様、このような素晴らしいプレゼントをありがとうございます」
そんなことはこれっぽっちも考えていなかった、とティアナは「ええ?」ともう一度言った。そして、心の中で「どうしてお母さまがお礼を言うのよ!」と思ってもいたが、それもまた外には出さない。
「君、自分が貴族だってわかってないふしがあるんじゃない?」」
「わかってないわけでははない、のですけど、ここまでとは……うーん、そうか。そうなんですね。じゃあ、もうこの別荘暮らしも今日で終わりと! 男爵領地に帰ると! そういうことにしましょう!」
「極端だな! 君は!」
くっく、と笑うマリウス。
「まあまあ。そんなわけでね。ドレスを10着ほど用意させてもらったんだ。それから、それに似合う靴を10足。それから、装飾品とね……もちろん、すぐに着る必要はないけど……」
「ええ~、公爵家って、お金持ちなんですね……」
と、歯に衣着せぬ言葉をつい口に出すティアナ。それへ、マリウスは「うん。まあね」と何か言いたげなニュアンスで言葉を濁す。
「とはいえ、僕はそう女性のものに目が利くわけじゃないからね。君が気に入ってくれるといいんだけど」
「わたしこそ、あまり目が利かないんですよね……」
その言葉に、母親がフォローにもならないフォローをする。
「ティアナは目が利かないんじゃないのよ。興味があまりないだけなのよ」
それを聞いてマリウスは明るく笑った。「それじゃあ、しょうがないですね」と言えば、母親は「そうなんです。しょうがないんです」と答える。なんだこの会話は、とティアナは思いつつも、足元の箱をそっと開けてみる。靴だ。過去に見たことがないような、綺麗な靴だ。
男爵家もそこまで財政が逼迫しているわけではない。そもそも、こういうものにお金を使わなくて良いのが、王城から離れている貴族たちの懐具合をなんとかしてくれているわけなのだ。だが、ティアナは王城近くに来てしまった。仕方がない、とそこで男爵家の金を使わずに、公爵家からプレゼントをされるならば、それはそれで男爵家としてはありがたいのだろう。
「その……」
何にせよ、これをマリウスに返すことは礼儀知らずなのだろうと思う。それぐらいはティアナにだってわかる。受けとる以外の選択肢はない。
「ありがとう、マリウス。何を返せるかはわからないけれど、ありがたくいただきます」
「うん。特に返さなくてもいいけど、返したいと思ってくれるなら、僕とデートはどうかな? 折角だし、この中の何かを着て、今日これから。それとも、当日の申し入れはやはり礼儀知らずでぶしつけだろうか」
「いいえ、いいわ! それじゃあ、マリウス。今日のわたしの装いをあなたが選んでくださらない?」
「ええ? 僕が? それは責任重大だな。でも、そういうのもたまには悪くないね」
マリウスはそういうと、プレゼントの中からドレスをあれこれと見てはティアナを見て、それからまたドレスを見て、を繰り返す。あまりに彼が熱心なので、ティアナは「その……そこまで本気じゃなくても……」と困ったように呻いたが、マリウスは「ちょっと黙ってて?」と真剣モードを崩さなかった。