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9.マリウスの事情

「ええ~~!?白銀の聖女と、あなたが婚約!?」


 数日後、マリウスの部屋に彼の部下であるラルフが訪れた。ラルフは20代後半の男性で、栗毛。前髪をあげて額を出しており、モノクルをかけている。いかにも文官といった風情に見えるが、腰には帯剣をしていた。


 ソファに座って飲んでいたティーカップを、ついつい、カチャンと音を立ててソーサーに戻すラルフ。


「そうだ。来週、男爵家に行って聖女の御父上とお会いすることになっている」


「ひゃあ~、そりゃあまた。そうですか。そうですか」


 そのラルフの言い草に、マリウスは「お前、信じていないな?」と尋ねれば、素直にラルフは「はい」と頷く。


「信じていませんよ。だってあまりに突然ではないですか。白銀の聖女とお会いしたことはあるんですぅ?」


 そう聞かれれば「会った」と素直に言うことが憚られる。マリウスは「ううーん」と唸って、ソファに座った状態で腕と足を両方組んだ。


「うーん、公式にはないことになってるからなぁ。何かいい言い訳ないかな?」


「こちらに聞かないでくださいよ! ええ~っ、本当なんですか? 本当に?」


「本当だ」


「白銀の聖女と言えば、前の聖女が20年間も勤め上げた後、突然現れたと言われている、謎に包まれている方ですよねぇ」


「謎?」


 ラルフの言葉にマリウスは眉根を寄せた。「はい」とラルフは言って、改めてティーカップを持って茶を一口飲んだ。


「聖女はもともと王城から素質があるだろうと思われた貴族令嬢が選ばれて、その中から更に選ばれることになっています」


「そうだな」


 それぐらい知っているが、と言いたげなマリウス。ラルフは少しばかり得意げに話を続けた。


「ところが、王城から選ばれた女性たちはどれもこれも聖女にはなれない、と前聖女が突っぱねており、これは前聖女がご自分の立場を守るためにそうしたんじゃないかと、よろしくない噂が立ちまして」


「うん」


「こりゃあ、もう王族から聖女候補を出すしかない、っていうところまで話が大きくなったんですよ」


 そもそも聖女の血筋はもともとは王族のものだったと、ラルフも知っている。そして、血が濃いゆえ「見えて」も聖女になることを逆に勧められていないことも。王族から出た聖女は、あの霊体に逆にとり憑かれることもあったのだと、王族に伝わる歴史書には古語ではあったが記述がされている。


「そこに突然、現在の白銀の聖女が祈りの間に現れ、前聖女は会った瞬間即座に『あなたに聖女の位をお譲りしましょう』と頭を下げたとか、下げていないとか」


「曖昧だなぁ」


「少なくとも白銀の聖女は、王城側から選ばれた人材ではなかったようですよ。そんな人が、偶然神殿に足を運び、偶然前聖女の目に留まり、そして即座に決定されるなんて、一体どれほどの偶然で、そしてどれほどの素質を持つんでしょうね?」


 これは、ティアナが聞けば「大体あってますけど、そんな綺麗な話じゃないですよ……」と苦々しい顔を見せる内容だ。が、マリウスもその顛末は知らないため「へえ~」と驚きの声をあげた。


「素質ねぇ」


 素質はある。それは誰よりもマリウスがわかっている。そもそも、祈りの間で像にたどり着くことすら、聖女の力がなければままならない。そして、それだけではなく、宝剣であんなにざくざくと……と、彼女を思い描く。


「しかし、あれはどっちかというと剣士の才能があるんじゃないかな」


 ぽつりとマリウスが呟くと、ラルフは「え? 今、なんとおっしゃいましたか?」と尋ねる。だが、彼はそれに返事はせず、ただ黙々と霊体をどんどん切っている勇ましい彼女の様子を思い出しながら、ふふ、と小さく笑った。


「白銀の聖女の『白銀』は、彼女の髪色のことなのかな?」


「そうですねぇ。聖女は世代交代をする時、前の聖女と同じ髪色の者にはならないと言われています。黄金の聖女や、紅蓮の聖女等、髪色で呼ぶことが多いらしいです」


「お前、詳しいね?」


「マリウス様よりはご存じだと思います」


 あっさりとそんなことを言い放つラルフ。公爵に対してなんたる口の利き方か……そんな風に怒る者はここにはいない。マリウスは、くっく、と笑って「案外知っているはずなんだけどなぁ」と苦笑いを浮かべた。実際、マリウスはよく知っている。ラルフがその上を行くだけで。


「で、婚約は本当なんですかぁ?」


「うん。本当だよ」


 ラルフは疑いの目をマリウスに向けたが、マリウスはどこ吹く風だ。


「また、男爵とお会いしてから報告をするよ。さ、じゃあ、仕事をしよう」


 まだ何か突っつこうと思っていたラルフだったが、彼の言葉に諦めて「そうですね」と言いながら、持ってきた袋の中からごそごそと資料を取り出した。


「公爵家の帳簿の写しも確認しましたが、ものに偽りはなく、まったく内容は変わりませんでした。借用書の日付以降を何度も洗いましたけど、何一つ」


「そうだろうな……」


「同じ頃に、城下町でお金が大きく動いた事案が何かないか探したのですが、あまりこれといって。念のために一覧は作って来たので、こちらをどうぞ」


「ありがとう」


「それから……」


 ラルフはもう仕事モードに切り替わったようだ。あれこれと説明をしながら、マリウスに資料を渡していく。そしてまたマリウスも同じく、ラルフが出した資料をすぐに手にとって、じっと目を通す。


「というわけで、何も今のところ成果がありませんねぇ」


「ふむ……」


「前公爵様のサインかどうかの立証を、別の書類へのサインを持って、複数の筆跡鑑定に出しましたがやはり正しく前公爵様のサインのようでしたね」


「ふーーーーーむ」


 彼の報告に、更にマリウスはうめき声をあげた。


「記憶にないサイン、か」


 そうぽつりと言えば、ラルフは「はい」と頷く。そして、しばらくの間、彼らは何も言わず、ただひたすら資料に目を落とすだけだった。


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