ルークとアイラ編
俺は父によく似ている。
そんな俺を母は宝物のように育ててくれている。
父と同じアッシュブラウンの髪。
ヘーゼル色の眼は母方の家系に時折り出る色らしい。
ダークグリーンの眼をした父とヘーゼルブラウンの眼をした母。そんな二人の色が混ざったような俺の眼を母は満足げに覗き込む。
両親は、王妃様の護衛騎士と侍女を長年勤めている。
とても信頼の置ける人間だと陛下が教えてくれた。
親が褒められれば誇らしかった。
王子の遊び友達としてよく王宮へ行っていた俺は、仕事中の両親を目にする機会が多かった。
遊び友達から側近として王宮へ行くようになると、父が王妃様を見る目に疑問を抱くようになる。
あれは何だ?あれは恋情なのではないか?と・・・
父は普段無表情で、感情の機微を読み取ることが難しい。
息子である自分だから気がついたのだろう。
父は母を大事にしている。表情は乏しくても態度で示しているため、家族はもちろん周囲も愛妻家だと認識している。
それなのに俺が見たあの父は誰だ?
それまであった世界が壊れていく。
途端に気持ちが悪くなりどうしようもなかった。
次第に口数が少なくなり、食事もあまり喉を通らなくなってきた俺を母が心配し、二人で話ができるようにと談話室へ行く。
「王妃様の傍にいるお父様を見て気づいてしまった?」
目を見開いてしまう。
衝撃だった。母は知っていたのだ。
「そうね。少し昔話をしましょう」
母の口から語られた内容はとても酷いものだった。
『お嬢様と共にありたい。だが、僕が想うことでお嬢様が疑われないようにするため、王子殿下に安心して任せてもらうためにも、僕はお嬢様の侍女である貴方と結婚がしたい。考えてもらえないだろうか』
父は・・・ そんな人間だったのか・・・
「酷い言葉でしょ。そこに私への思いは一欠片も感じられない。これがお父様からの結婚の申し込みだったの」
なぜ、母は笑っている?
酷いなんて言葉で片付けていいような話ではないはずだ。
「・・・は、母上はなぜ父上と結婚を?初めから違う相手を好きだと言う人間なんて・・・」
父がさらに気持ちの悪いものとなり、言葉が出てこなくなる。
「・・・・・好きだから?」
「え?」
「好きなのよ。誰の手にも渡したくなかったの。形はどうであれ、今あの人は私の夫よ」
満足そうに語る母に理解が追いつかない。
両親が得体の知れない化け物に思える。
「ルークもいずれわかるわ」
母は何を言っているんだ。
わからない。わかりたくない。
父は王妃様を想っていながら母と結婚し、だが、とても大事にしているように見える。
母は全てを知った上で父と結婚した。父を手に入れるために。
それは幸せなのか。
ドロドロした感情が蠢く。
それまで見えていた世界が急に色褪せた。
その後は変わらず過ごす。
両親のことは俺がどうこうすることではない。
二人が納得して今があるのだろうから。
そう言い聞かせた。
19歳になりそろそろ婚約者を決めろと王子に言われた。
「なんかわからんが心配になった」らしい。
今まで婚約者を決めていなかったのは、両親から「自分で選びなさい」と言われていたから。
特に気になる令嬢もおらずそのままにしていた。
祖父からは溜め息をつかれたけど、それだけだった。
一通り貴族名鑑を見て家族構成は頭に入っている。
夜会にも出る機会は多いが、正直興味の湧くご令嬢はいなかった。
そういえば同じ歳だが一人だけ未だ見たことのないご令嬢がいたな。
アイラ・ステファノ伯爵令嬢、19歳。
ステファノ伯爵家の次女だ。
学園に席はあったが一度も見ることはなかった。
ステファノ家は目立つことを嫌う傾向にある。
だが領地は代々繁栄しており優秀なのはわかる。
今代もいつの間にか、重要ポジションからは一歩引いた立ち位置にいる。
相手が誰でもいいのなら、ステファノ家のご令嬢にしよう。
単に会ったことがないから。
ただそれだけで決めた。
釣書を送るとすぐに返事が届いた。
『婚約のお話は一度お会いしてから決めませんか』と。
場所はステファノ家が指定されていた。
「ルーク・カルデコットです。今日は大切なお時間を割いていただきありがとうございます」
「アイラ・ステファノです。ようこそ、お越しくださいました」
とても綺麗なカーテシーに驚いた。
案内された部屋は、床こそシックな青色だが壁と窓枠は白で、椅子やテーブルは薄い水色統一されていた。
薔薇や植物が程よく飾られ、白いレースのテーブルクロスとのバランスもとても良い。
「とても心地よいお部屋ですね」
そんな言葉が出て自分でも驚いた、だが本心だ。
「ありがとうございます。窓を開けると庭が眺められるのもお気に入りなのです。この部屋を選んで良かったです。どうぞ、おかけください」
最初はお互いの自己紹介、家族のことなどを話した。
そこまでは普通に会話は進んでいた。
婚約の釣書が届いたとき、家族はとても喜んだそうだ。
本人も驚きはしたがこの話には前向きらしい。
自分でも意外だが好ましく思う。このまま話は進むと思っていたが、急に彼女の雰囲気が変わった。
「単刀直入に申します。私は婚約するにあたり条件がございます」
「条件・・・ですか?」
どんな条件を出されるのかと身構える。
「私の条件は、一つ、社交は極力なし」
「極力ですか? 王家主催の場合は参加して欲しいのだが」
「・・・チッ。 必要性があればですね」
・・・舌打ちした?
淡いペールピンクの髪に翠眼、この可愛らしい見た目の彼女が舌打ちをした?
「・・・他にも?」
「二つ、私の侍女を二人婚家に連れて行きたいです」
「それは大丈夫ですよ。その方が貴方も安心でしょう」
なんだ、もっと無茶な条件を出されるのかと思った。
「もう一つあります」
「もう一つ?」
まだあるのか!
「最後は私の素を知ってから、それでも大丈夫だと貴方が思われたら婚約をしましょう」
『私の素』とは?
さっきの舌打ちと関係があるのか?
もしや、普段は悪態をついているとかそういうことなのか?
いや、金遣いが荒いとか?なんだ?どういうことだ!?
「大丈夫ですか?頭、グルグルしちゃってます?そんなに難しいお話じゃないですよ」
「え?」
なんだ?口調が急に軽くなった気がするぞ。
「要は面倒なことはしたくない。屋敷に引きこもっていたいんですよ」
「は?」
思考が追いつかないまま、アイラ嬢は話し続ける。
「私、昔から面倒くさがりなんです。ドレスを着るのも面倒くさいんです。あれ重いじゃないですか。あ、知らない?それはそうか。あと食事もね、サンドウィッチとか簡単に食べられる物が良かったりするし、一日中ベッドでダラダラと過ごしたいくらいなんですよ」
「は?」
一気に語られる内容に唖然とする。
「大丈夫ですか?さっきから「え?」とか「は?」しか言ってませんけど」
「だ、大丈夫だ。理解・・・した。貴方は面倒だから社交はしたくないんだな」
「そうです!」
満面の笑みを浮かべ彼女は更に話を続ける。
「あ、もう一つありました!」
「まだあるのか!」
今度は何を言うんだ?
俺に理解は可能か!?
「私を愛してください。私も貴方を愛します」
とても真剣な表情で、穏やかな声で言葉を紡ぐ。
突然変わった表情と声に戸惑うが、なぜかその言葉をもう一度聞きたくなった。
「もう一度、言ってほしい」
「私を愛してください。私も貴方を愛します」
何度でも言いますよ?と笑う彼女が眩しかった。
あぁ、愛は一方通行ではないのか。
俺は彼女を愛し、彼女は俺を愛する。
俺にそれができるだろうか。
素で話す彼女に嫌悪感はない。むしろとても好ましく感じる。これまで特に令嬢方に関心がなかった自分にしてはかなり凄いことなんじゃ。
そう気づいた瞬間、色褪せた世界が色を取り戻した。
彼女が本当の自分を見せてくれるのなら、俺も見せよう。
「少し俺の話を聞いてほしい」
そう言って俺はポツポツと両親の話をした。
しばらく何かを考えているような仕草をした彼女は
「そりゃご両親にはご両親の想いや考えがあるでしょ。でもね、貴方は大事に育ててもらったんでしょ?それだけでいいじゃない」
「え?」
事もなげにそう言った。
いいのか!?って思わず心で叫んだ。
口にしなかった自分を褒めたい。
「親の気持ちを自分の中に引きずりこんじゃダメよ。気持ち悪くなるだけでしょ。知ってしまったのはしょうがないけど、親が今のままで幸せだと思っているのなら放っておきなさい。実際そうやり過ごしてきたんでしょ?無理なら距離を置けばいいのよ」
『自分を守りなさい』そう聞こえた。
「距離を置いてもいいんだ」
「ちょうどいいじゃない。私と結婚すれば新婚だからっていう手が使えるわよ?」
悪そうな笑みを浮かべる彼女と結婚するのは悪くないかもしれない。
「それにきっと侯爵様は奥様のこと好きだと思うわよ」
それは小さな呟きだったが、とても耳に残った。
そうなのかもしれない。
あの父があれだけ母を大事にしているのだ。
もしかしたら、父本人は気づいていないかもしれないが。
「アイラ・ステファノ嬢。私、ルーク・カルデコットと婚約していただけますか?」
「はい!私の条件守ってくださいね!」
アイラとはわずか3ヶ月の婚約期間を経て結婚した。
面倒くさがりだと話していたアイラは、「面倒くさがりだけど、結局やらなくちゃいけないことなら、早く終わるように努力するわ!その方が早く引きこもれるもの!」と恐ろしいスピードで結婚準備を進めたのだ。
俺の嫁凄い。
「そういえば、同級生のはずなのに学校で会ったことがなかったのはなぜだ?」
「え?屋敷に引きこもるためよ。学園に入る前に必要な学習は終わらせたの。入学式の日にテストを受けて卒業までに必要な単位を取ったの。卒業式は別室で証書を受け取ってすぐに帰ったわ」
気持ち良いほど徹底しているな。
俺はしっかり条件を守っている。
俺を愛してくれると言ったアイラには「もう少し軽めで!」とお願いされるくらいだ。
元々深窓のご令嬢だったアイラだが、今は立派?に幻の侯爵令息婦人だ。
一度は色褪せた世界は、アイラによって鮮やかさを取り戻した。
それがどんなに歪な世界でも。