アシュリードとミラベル編
子供の頃から何をするにもつまらなくて、そんな僕を両親はとても心配した。
勉強と運動は与えられるままに、友人関係は希薄だった。
学園を卒業するまで僕の人生には色がなかったと思う。
興味を引くものがなかったから。
ある日、親に連れられて行ったのは親戚の公爵家だった。
公爵家の長女が第一王子の婚約者になったお祝いと、その長女の護衛騎士に自分がなるために。
初めて見た公爵令嬢は16歳とは思えない凛とした雰囲気のご令嬢だった。
挨拶をした後は向かい合わせでお茶をした。
所作がとても綺麗で、一つ一つの動きに目が釘付けになる。
初めて人に関心を持った瞬間だった。
少し俯くと覗く長いまつ毛、赤い唇はほんのりと潤い輝き、彼女が紅茶を飲むたびに僕の世界が色づくのがわかる。
『僕の華だ』
初めての感覚に感動と、同時に絶望感に襲われる。
僕が欲しい華は目の前にあるのに、手を伸ばせば届く距離にあるのに、手に入らない。
それでも色づいた世界は楽しかった。
彼女の視界に入る幸せ。
彼女に名前を呼ばれる幸せ。
彼女を守るためならば、どんな事でもしよう。
僕の世界は彼女のためにあるのだから。
――――――――――――
お嬢様の侍女として彼と出会った。
どこか酷くつまらなそうにしていた彼は、お嬢様を見た瞬間、目が輝きを取り戻す。
あぁ、人とはこんなにも簡単に恋に落ちるのだと驚き、興味が湧く。
彼はいつでもお嬢様のためにあろうとした。
元々お嬢様の護衛騎士に選ばれるだけの力は持っていたが、それだけでは足りないと、寝る間も惜しんで努力をするその姿はとても眩しく、こんなにも想われるお嬢様が羨ましいと感じた。
王子妃教育が休みの日は、公爵邸でお茶をするのが王子とお嬢様の習慣となりつつある。
今日は陽射しも心地良く、気持ちの良い風を感じるからとお嬢様が庭を案内されている。
王子とお嬢様はとても仲が良く、使用人一同微笑ましく見守っている。
そんなお二人の様子を少し離れた場所で見守りながら、数日前に彼から伝えられた言葉を思い出す。
「お嬢様と共にありたい。だが、僕が想うことでお嬢様が疑われないようにするため、王子殿下に安心して任せてもらうためにも、僕はお嬢様の侍女である貴方と結婚がしたい。考えてもらえないだろうか」
酷な言葉を言う。
そこには私への思いやりがまるで無い。
あるのはお嬢様を想う自分の気持ちだけ。
他の女性なら怒り出すだろう。
でも、私は?
『誰のものにもならないで』
鮮明に覚えているわ。
あの日色付いたのは貴方だけじゃない。
私の世界は風が吹き、花びらが舞い上がり、色のついた世界がさらに鮮やかなものへと変化を遂げた。
彼が手に入るのならば願いを叶えましょう。
彼の世界がお嬢様で溢れていても、お嬢様の傍にいる私を視界に入れてくれるのなら。
だって貴方は私に名を呼ぶことを許してくれたから。
少し顔を上げ彼を見る。
「アシュリード様。この前のお話ですがお受けいたします」
彼にしては珍しく一瞬驚いた表情で見返す。
自分から話を持ちかけてきたというのに。
「良かった。父も喜ぶよ」
安堵の声が心地よく聞こえる。
「侯爵様がですか?」
「誰とも結婚はしないだろうと半分諦めていたようだからね」
「まあ」
少し間を置いて、今度はしっかりと私に向き合い視線を合わせてくれる。
「ミラベル、君を大事にするよ。僕のわがままを叶えてくれた大切な人だからね」
あぁ、貴方の瞳に私が映っている。
それが、こんなにも嬉しいなんて。
「はい」 声が震えた。
どんな形でもいいの。
傍にいることができるのなら。
私の世界は歪でも、貴方がいれば色づく世界なのだから。
文字数が少ないので短編にするか迷いましたが、内容的に別にしたく、あえて連載にしています。ご了承ください。