レベル上げ
暗闇が明けた先は、見覚えのある洞窟……の最奥にいた。なぜ最奥だと分かったかというと、目の前にはダンジョンクリアの証明である豪華な宝箱があったからだ。
「いや、違うじゃん……入り口から入って苦労して戦って、その先の報酬じゃん。つまんねえ、これはつまんねえ」
俺だってゲーマーの端くれだ。せっかくその世界に来たのなら、真っ当に攻略したいという気持ちはある。
そして、俺だってゲーマーの端くれだ。裏技やチートを決して使ったことがないわけじゃない。だが、その時の虚しさったらない。
チートはその世界をダメにするのだ。自分もつまらないし、周囲も破壊してしまう。挙げ句の果てにはポイ捨てだ。
俺は、今の俺の人生すらもそうするのか? つまんないからって投げ出すのか?
「……はあ。逆走になるけど、上るか」
俺は宝箱を無視して上に続く階段に向かった。ここまで来たのなら、試したい事があった。
◇
「ほい、ほい、ほいっ!」
一つ、分かった事がある。ザトゥは爪が伸びるらしい。
俺がその伸びた爪で見慣れた魔物を切り裂けば、それだけで全身に力が漲るのを感じる事ができた。
「やっぱ、魔物が魔物を殺してもレベルアップするんだな……」
最初は何度も爪が折れては再生していたのが、今じゃまるで豆腐を裂くように鳥型の魔物やオオカミ型の魔物を殺す事ができた。
おまけに、確か魔物が同士討ちした際の成長速度は異常だったはず。
ここは、そうだな……例えるなら、レベル100がカンストだったとして、60の頃に来るはずのダンジョンだ。
まあ、『ソルイゾム』にカンストなんてものはないけどな。無限に成長できるのも、あのゲームの良いところだった。
惜しむべくは、数百時間遊んでしまえば倒すべき相手がいなくなってしまう事だが……それなら尚更、なんでザトゥは没になったのだろうか?
「ん、もう入り口か。よーし、ファーストダンジョンクリア! これで堂々と宝箱を取りにいけるぞー!」
あー、満足だ。最初は重かった体も今や羽のように軽いし、怖かった魔物も倒せると分かってしまえばただの経験値の塊にしか見えなくなった。
何より、本当にあの『ソルイゾム』に来たんだと思うと、テンションが上がらないわけがない。
そんな事を考えながらダンジョン中層を歩いていると、ふと誰かに声をかけられた。
「ね、ねえっ!」
「んあ?」
まさか他に人がいるとは思わず、間抜けな声が出てしまった。
見れば、そこには真っ白な肌をした少女……雪娘という表現がしっくりくるような、そんな――って!
「……ツィズ?」
「ど、どうして貴方みたいな魔族が私の名を知っているのですか?」
彼女は動揺しているようだったが、俺はそれ以上にそれどころではなかった。
そうだ、ツィズだ! ああ、まじか! 『スノーフェアリー』のツィズかよ!
うわー、俺が大好きだったキャラだ。分類としてはエルフの一種だけど、魔族との戦争で種族最後の一人となってしまった女の子で、清廉潔白という言葉の似合う、だけど気の強い一面もあったりする、何よりビジュアルが俺の好みにぶっ刺さった。
あー、そうなんだよな。彼女を仲間にするためにただの放浪者スタートである主人公じゃ難しくて、そのために数十時間を注ぎ込んだプレイヤーも少なくないのだ。
「貴方、『異分子』ですね……同胞殺しの悪魔!」
……異分子って、確か魔族殺しの魔族だろ。俺はただレベル上げをしていただけの――
と、ふと頭上に生えた角に触れた。そして、周囲に広がる魔物の死体の山を見て、俺は全てを察した。そして、彼女が俺の仲間になってくれる未来なんてもう無くなった事も理解した。
今の俺はザトゥ……没になったとはいえ、分類は魔族だ。なら、魔物は手下のはずなのだ。そんな俺が魔物を虐殺する事は、人殺しに匹敵する悪。
そして……ツィズは、仲間を大切にしないやつが、一番嫌いなのだ。