ゲームスタート
その瞬間、世界はゲーム世界へと変貌した。血と肉はHPへ。精神力はMPへ。自分という存在が作り替えられるのを感じた。
別に死んだわけじゃない。別に転生したわけじゃない。これはただ、俺が『ソルイゾム』というゲーム世界に閉じ込められてしまったということ。
……と、目の前にぽつんと置かれていた『説明書』にはそう書いてあった。
「って、言われてもなあ……『ソルイゾム』には確かにめちゃくちゃハマってたけど、次の生活を送るならここだと思ったけど、もう何なら主人公になりたいと思ってたけど……」
その『説明書』には、続きにこう記されていた。
『貴方は裏ボス・ザトゥに成りました。彼そのものとなり、無事このゲームをクリアできたなら、元の世界での理想の生活を保障します』
しかし、理想の生活ねえ……そりゃ魅力的だ。夢だか現実だか知らないけど、確かに俺の人生はクソそのものだった。
ゲームにハマり過ぎて親からも見放され、友達からも縁を切られ、恋人なんていたこともない。それが変わるというなら、このゲームのクリアとやらを試してみる価値もあるかもしれない。
だが――
「だーれも居ねえ!」
俺、ザトゥがこの世界に来てから発した第一声が、それだった。
どこまでも続く森林、数多ある洞窟、それらを抜けた先には草一本生えていない平地。
「こんな所でスタートして、どうやってクリアしろっつーんだよ、出てこいゲームマスター!」
もう随分歩いた。お腹も減っているし、喉も渇いた。だというのに、ここには水の一滴も果実一つも無かったのだ。
「おいおい、『ソルイゾム』はサバイバルゲームじゃないだろ……ただのフリーダムなRPGだったはずじゃねえか」
だけど、ああそうか……これが実際にこの世界で生きるということか。
「そもそも、ザトゥって誰なんだ? 裏ボスなんて実装されてなかったろ……」
鏡も水辺もないここじゃ、首から下くらいしか見えない。ぼろきれを着た体は適度に引き締まっており、肌の色も白い。ぱっと見じゃただの人間にしか見えないが……。
「ああ、あとはこの角くらいか」
俺は頭の左右に生えている捻れているらしい角っぽいものを撫でると、深くため息を吐いた。
「……はあ、このゲームの事は全て知り尽くしているつもりだったけど、未実装のものを持ち出されたらな……」
と、そこで基本的な事を思い出した。『ソルイゾム』にはファストトラベル……まあ、ワープ的なものがあったはずだ。
あれを使えばここから抜け出せるかも――
「って、違うんだって。マップもインベントリも存在しないんだよ。何ならステータスもスキルも見れないから、何が何やらなんだよ! ああ、圧倒的不自由操作性!」
まあ、それがこの世界で生きるという事なら仕方ない。切り替えよう。ここで文句をたれてるよりかはクリアに近づく方法を探すんだ。
「あーあ、念じるだけでファストトラベルできたらなあ。例えば、レベル上げに最適な『ファルク山脈』にでも行ければなあ……」
と、そう呟いた途端。
青白い光に囲まれ、地面を見れば魔方陣があった。これは確かにファストトラベルのエフェクト……。
「え、まじ?」
そんな呆けた言葉しか発せられないまま、俺は暗闇に包まれた。