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ハイファンタジー短編&長編

隠居した自称オッサン、かつて魔王を打ち倒したギフト持ちだと発覚し、片田舎から戦場へ連れ出される

作者: 鬼柳シン

 異世界恋愛を書きつつ、合間合間の時間に完成したハイファンタジー作品作品をいくつか投稿開始します。

「ねぇ師匠、師匠はなんで強いのに魔王軍と戦わないんですか?」


 片田舎の村にある荒れ寺の中で、弟子の一人であるアリスがそう聞いた。

 寝転がってキセルを吹かしていた俺は、チラリとアリスを一目見てから、「お前たちみたいな若者がいるからだ」と答える。


「剣と魔法を使って魔王から世界を救うなんてのは、昔から十代のガキどもがやるって相場が決まってるんだよ。俺みたいなオッサンはとっとと引退するに限る」


 俺の名はカイム。かつては五百年前の封印が解けた魔王を相手に戦う一人だった。

 細かい事は省くが、将来を期待されて育てられ、ちょっとした特別な立場に立って魔王軍との最前線で戦っていた。


 だが俺は、二十歳を過ぎるといい加減に終わりの見えない戦いに嫌気がさし、二十五歳の頃には一握りの仲間にだけ別れを告げ、この何もない山奥の村で隠居することにした。


 だから、「若者がいるからだ」というのは嘘だ。嘘をつくほどに、戦いには嫌気がさしているのだ。


 とはいえ、いきなり最前線で戦っていた俺がいなくなったら困ると思い、ここ数年は荒れ寺で子供たちに魔術や剣術の指南をしていた。生半可なものではなく、魔王軍との実戦を想定した教えを施している。


 そのスパルタ教育の一番弟子であるアリスは、どこか呆れたような顔をしている。


「オッサンて、師匠はまだ三十手前じゃないですか。それに”ギフト”だって持ってるんですよね」

「三十手前でもオッサンなんだよ。ギフトも……まぁ、あるにはあるがな」


 ギフトとは、神からその力を認められた証のようなものだ。「剣士」のギフト持ちなら、どれだけ卓越した騎士よりも剣の扱いに優れ、「魔術師」なら一流魔法学院を出た魔術師の何倍もの魔力を持つ。


 五百年前に魔王を封じた、世界で初めて「神威」と呼ばれる「神の威光を持つ者」というギフトを授かった何者か。そいつが後の人々のためを思い、神へ頼んで自分以外にもギフトを与えるようにしたそうだ。授かれば、手の甲に神聖文字でギフトの名が浮かぶようになる。


 とても希少で、授かったら神へ感謝するそうだが――俺からすれば、はた迷惑な話だ。つい、自分の手の甲に目をやって、そう思う。


「一回くらい見せてくださいよっ!」


 アリスがパタパタと駆けてきて手の甲を覗き込むが、すぐにムスッとした顔を浮かべた。


「まーた隠した!」

「隠してねぇ。ギフトの名前が浮き出てるだろ」

「“皆無”なんてギフト聞いたことありませんよ! この前街に買い出しに行ったときに教会にあったギフトの記録書読みましたけど、そこにも記録されていませんし!」

「じゃあ”ユニークギフト”だな。ちょうど現代語にすると俺と同じ名前だろ」

「そういうところも怪しいんですよねぇ……ユニークギフトだとしたら、隠しきれないとんでもない力があるはずですし」


 ユニークギフトは、ギフトの中でも特別なものだ。それこそ「神威」や「勇者」のように、ユニークギフトは世界で一つしかない。そして、普通のギフトとは比べ物にならない力を持つ。

 俺の手の甲で鈍く光る皆無の文字も、そういう意味ではユニークギフトだ。戦いに疲れて、過去を捨ててこんな山奥で抜け殻のような生活を送る俺にとっては、「何も無い」を意味する「皆無」は相応しい。


 そんなことを思いながら、やかましい弟子がとっとと諦めないかと思っている時だった。荒れ寺の門を叩く音がする。

 いい口実が出来たと、アリスへ目をやる。


「客だ。弟子なら弟子らしく、用件を聞いてこい」


 まだぶつくさ文句を言っていたが、仕方なさそうに「はーい」と答えて門へ向かう。俺はキセルをもう一服しようとしたが、門が開くが否や入ってきた客人のやかましい声に遮られた。


「隊長! ようやく見つけたわよ!」


 勝気な声の主に振り向けば、驚きながら溜息を零す羽目になる。


「……なんでこんなところにいやがる、エルサ」

「それはこっちのセリフよ! まったく、全部放り出してこんな山奥に……だいたいアンタは――」


 と、そこまで口にしたところで、俺は手で待つように制す。


「話なら聞いてやるから、まずは二人にしてくれ」


 二人? と、エルサがキョロキョロすると、後ろで固まっていたアリスを指差し、手で払った。


「昔馴染みだ。他のガキども連れて魔術の自主練でもしてろ」


 どういうわけかエルサをキラキラした目で見ていたアリスを無理やり下がらせ座り直す。


「三年ぶり……くらいか」

「四年よ!!」


 こうして、別れを告げたはずの”過去”が騒々しく現れたのだった。




 ####




 改めてエルサと向き合う。金髪の髪に、これまた勝気な金色の瞳。なにより俺より六歳下とは思えない堂々とした態度と、ずいぶん小奇麗な防具。

 話に聞く限り、俺が隠居したあと対魔王軍の大部隊を率いているそうだ。ギフトも授かったらしい。


 かつて魔王軍と戦っている時、何かと突っかかってきた十代の少女は、あの頃より威圧感を増した大人の女性として胡坐をかいていた。


 俺としては、もう会うこともないと思っていただけに、言葉が見つからない。

 そんなことは知らずか、エルサは深い溜息を吐いてから睨みつけてくる。


「で、情けなく疲れたとか言って戦場から逃げていった元大隊長様は、こんな辺鄙な所で何をしてるのかしら」

「……それは」

「ああ、大隊長様よりこう呼んだ方がいいかしら? 五百年ぶりに「神威」のギフトを授かった対魔王軍の切り札様? それとも、数千人が神威を目指す東国の大寺院で、史上最年少で「カムイ」を自らの名として名乗っていいと許された天才様?」

「……そんな過去は捨てた。今の俺の名はカイムだ。ギフトもな」


 そう言って、手の甲に皆無の文字を浮かばせる。エルサは目を丸くして、「幻惑魔術の類?」と問いかけてきた。

 俺は少しばかり迷ってから、「ギフトを上書きした」と返す。


「望んでもねぇのに神威だなんだと言われて、嫌だってのに戦わされて、大切な物沢山失ったからな……神威のギフトは使えねぇように別の名前に変えさせてもらった」

「ちょ、ちょっと待って! ギフトの上書き? え? そんなのどうやったの?」

「早い話が、自分の中に封じたんだよ。神に勝手に押し付けられて迷惑だったからな」

「じゃあ今のアンタって神威の力は使えないの?」

「……正体隠すために封じただけだから使えるが、もう隠居した身だ。今更使わねぇぞ」


 「皆無」の上に「神威」を浮かび上がらせれば、かつて魔王を封印したという力はすぐに使える。

 しかし、俺に宿った神威の力を頼りに来ただろうエルサには悪いが、「本当に使わないからな」と念を押す。


 だが、胸倉を掴まれて激しく揺さぶられた。


「拮抗してた戦況が押されつつあるのよ! このままじゃ数年としないうちに負けてもおかしくないの! だからアンタの力を頼りにしようとしたのに……みんなを率いてたアンタなら、兵たちの希望になってくれると思ったのに……!」


 エルサは勝気な瞳に涙を浮かべているようだった。それだけ形勢が悪いのだろう。希望の光だなんて言い出すあたり、余程兵の士気も低いのだろう。


「……知るかよ」


 ボソッと、エルサに聞こえないようにつぶやいた。


 もう、俺は誰かを失う苦しみは嫌なのだ。他人を拒んでいても、神威として戦場に戻れば、嫌でもそういう仲間が出来てしまう。


 ――神威の俺には遠く及ばない仲間が”出来てしまうのだ”。


 かつてもそうだった。共に戦う仲間は、「神威と共に戦う」からと優秀な者が集められた。まだ十代も前半の俺のために、年頃が近く、同じく天才やら神童と呼ばれた子供たちも集められた。大人たちも俺に優しく思いやりのある人や、心を許せる気さくな奴がいた。


 神威である俺のために集められたその人々の中で、俺は恋をしたし、友もできたし、信頼できる大人というのもいた。

 そりゃ、みんな強かった。だが、誰よりもずば抜けて俺が”強すぎた”。負けるだなんて感じたこともない――しかし、そんなのは俺だけだ。


 俺が先陣を切って戦えば戦うほど、魔王軍はより強力な魔物を差し向けてくる。そうやって戦っているうちに、実力の追いつかない奴らは殺されていった。


 初恋の相手も、初めての友も、兄貴と慕った大人も。皆死んだ。気づけば俺だけ孤独にポツンと立っていた。


 だから、エルサのような将来有望な奴らにあとを任せて、「オッサンだから」とか「疲れた」とか、あれこれ逃げるための理由を付けた。一人ぼっちの悪夢を見なくて済むように、アリスのような子供を弟子という体のいい現実逃避の道具にして、適当に戦い方を教えてきた。


 それたけ、もう戦いは飽きた。


「……悪いが、神威じゃなく”勇者”だとか”大賢者”を探してくれ」


 五百年の歴史で確認されたユニークスキルの中でも特別強力な力を持った奴らだ。そいつらなら、十分魔王軍と戦えるだろう。


 しかし、エルサは首を振った。


「探したわよ……どこの国も神託の儀式を何度も開いて現れてくれって願ってたのよ。でも、魔王が復活したって時に限って、見つからないのよ……でも」


 エルサは一度区切ると、涙を拭って俺を見据えた。


「魔王軍の侵攻が激しい地域は別なのよ。きっとそこに勇者や大賢者はいる。私たち対魔王軍は、その地域の奪還作戦を計画してるの」


 なら希望はあるではないか。そう思ったのだが、エルサは俺に詰め寄ると、両手を取った。


「お願い、一緒に来て。さっきも言ったけど、兵の士気は低いの。みんな「どうせ見つからない」って思ってる。そんな時に神威のアンタが戻って来てくれたら、みんな希望を取り戻すのよ」

「……神威の力は使わないぞ。それでどうやって知らしめる」

「こんな田舎じゃ知られてなくても、前線で戦ってる兵たちはアンタの顔を覚えてるのよ。だから、戦えなくてもみんなの前に立ってくれるだけでいい。希望の光になってくれたら、それでいいの」


 希望の光、か。誰かと一緒に戦わなくていいなら、何かを失うこともない。兵の前で神威が戻ったと声高に告げて、希望を心に宿したら下がっていればいい。


「……それだけだからな」


 結局、俺は頷いていた。またしても戦場に戻るというのは気が引けたが、何かを失う戦いをしなくていいのなら、構わない。


 俺はもう、戦う意思すら皆無なのだから。




 ####




 ただでさえ面倒な事になったというのに、対魔王軍の最前線付近にやってくると、面倒事が一つ増えた。


「わぁー! これが噂に聞く対魔王軍のエリートさんたちなんですね!」

「はぁ……」

「どうしたんです師匠? 旅の疲れが出ましたか?」

「それで済んだらどんだけよかっただろうな」


 エルサの用意した馬車にアリスが紛れていたのだ。普段ならそれくらいは魔力感知で見つけるのだが、それ以外に考えることが多すぎて意識が向かなかった。


 前々からアリスは魔術や剣術を貪欲なほど学んでいたが、それはすべて、いつか魔王軍と戦うためだった。色々と調べていたそうで、対魔王軍の”黄金の雷光”だとか呼ばれているエルサのことも一目見た時から気づいていたそうだ。


 まぁ、アリスは俺の一番弟子だ。ギフトこそないが、魔術も剣術もそこいらの大人より優れている。何より慕われてうれしいのか、この前線でエルサが常に守ってくれるそうだ。


「しかし、黄金の雷光ねぇ。雷魔術に長けてるんだよな?」

「当たり前じゃない。下級の魔物なら百体だろうが薙ぎ払ってやるんだから。何よりアンタがいなくなってから、抜けた穴をアタシがカバーしてたんだからね。お陰でこの隊唯一のギフト持ちとして大隊長にまでのし上がったんだから!」


 雷属性の魔術師としてのギフトが現れた手の甲を自慢げに見せてくる。アリスは尊敬のまなざしでそれを見つめていた。


 そんな二人が、どうにも過去に失ってきた大切なものと重なって見える。


 エルサは神威だった俺に憧れを抱いていたのか、いつもついて回っていた。だからか、いつの間にやら妹のように思えて、対魔王軍を去る時も衛生兵だったエルサにはしっかりと別れを告げた。

 そのエルサに一番弟子のアリスがくっついて回って、歳の離れた妹が二人並んでいるようだった。


「……らしくねぇな」


 一人呟いてから、この後のことを考える。もうじき最前線から兵が戻ってくるので、そのタイミングで俺が仮設の壇上に立ち、神威が戻ってきたことを皆に告げる。

 そして勇者や大賢者を探すための作戦に参加する旨を伝え、見つけ次第魔王軍へ反旗を翻すという内容だ。


 俺は勇者なり大賢者なりが見つかり次第、封印の準備をするということで作戦を抜ける手はずになっている。無論この場で兵たちの希望になったら、エルサの率いる隊に連れられて村に戻る。

 アリスに俺の正体がバレることだけが面倒だったが、口封じに一流の剣でも買ってやれば黙ってくれるだろう。


 なんて、最前線から帰ってくる兵士を野営地で待っている時だった。視界の遥か先から、血の匂いが風に乗ってやってきたのは。


「魔物の血じゃない……人間の血だな……」


 戦場で育った俺の鼻は誰よりも早くそれを嗅ぎ付け、耳には悲鳴と絶叫が響いてくる。


「――おい、最前線で戦ってるとかいう奴らは、どんな魔物と戦っている」


 エルサの耳にはまだ聞こえていないようだ。キョトンとしながら、たいして危険度の高くない魔物の名前を上げる。


 だが、この感覚は……


「ヤバいな」


 え? と、エルサとアリスが同時に口を開いた。だが、アリスはともかくエルサにはしっかりしてもらわないと困る。


「すぐに一番強固な陣形を組むよう指示を出せ。それと戦闘向きじゃない兵は下がらせろ」

「で、でも、もうすぐ最前線のみんなが……」


 早くしろ、と思わず声を荒げそうになった時、感覚が鈍っていることを痛感した。

 俺が思っている以上に、感覚の主は――魔王軍の中でも幹部が従えるケルベロスは、すぐ近くにまで迫っていた。


 耳をつんざくような死者の怨念の籠る咆哮がこの場にいる全員に聞こえたかと思うと、恐ろしい速さで三つの頭を持つ巨大なケルベロスが突っ込んでくる。

 人の血に塗れた真っ黒い体毛のケルベロスは、見あげるほどに大きく、この場にいる全員が固まっていた。


「全軍撤退!!」


 エルサの声が響く。勝てる相手でないと悟ったようだ。しかし、兵たちは蛇に睨まれた蛙のように動けないか、命令など耳に入らずメチャクチャに逃げるばかりだった。

 そんな中で剣を構える兵もいた。杖で詠唱を開始する魔術師もいた。


 そのすべてを、ケルベロスはそれぞれの口から発した黒炎で飲み込んでいく。悲鳴を上げて黒炎に飲まれていく兵たちを踏みつぶすように、ケルベロスは飛び上がると兵たちのど真ん中に降り立ち、三つの首に光る牙で逃げる者も戦う者も等しく食い千切っていった。


 俺はというと、”ヘマをした”と拳を握り締めていた。


 かつて俺が戦っている時、俺がいるのを察知して、こんなギフトもない人間じゃ戦いにもならない化け物が差し向けられてきた。

 今回も同じだろう。魔王からすれば、千人規模の大隊の中に密偵を忍ばせて俺の存在を知ることは可能なのだから。

 俺が神威の力をどう思っているかも心を読む魔物の力で知っているだろう。


 魔王は俺を殺せなくても、心を折ってしまえばいいのだ。だから俺なら勝てるが他の奴では勝てない”冥府の番犬”とまで呼ばれるケルベロスを差し向けてきた。


 俺がいるからだ。俺がいるから、ケルベロスが現れた。俺がいるから大勢が死ぬ。


 そうして、俺だけが生き残る。

 また、同じ過ちを繰り返したのだ。


 悲鳴と絶叫と、土煙と黒炎の中で一人肩を落とす。結局のところ、俺さえいなければよかったのだ。魔王が勇者だとか大賢者を抱え込んでいるのなら、俺がいなくなればわざわざ大勢を殺さなくても侵略できる。


 早い話が、魔王は人間に勝てるのだ。


「……なら、とっとと俺が死ねば……」


 戦場を去って、片田舎の荒れ寺に籠っていてもこうなった。ここでケルベロスを殺し荒れ寺に戻っても、いつか俺を知る誰かが助けを求める。いずれは無理やりにでも引っ張り出す。


 そしてまた、大勢死ぬ。抗うことなく魔王軍に負ければ、少しは生き残れるかもしれない命が散っていく。


 俺さえいなければ、負けることにはなるが何も失わず、生き残れる人も増える……なら……


「狼狽えるな! 私が前に出る!」


 もはや抵抗も何もせずにいようとしたら、エルサの声が響く。虚ろな目で見れば、片腕を炎に焼かれながらも、アリスを背に雷の魔術を唱えていた。


「雷鳴よ! 我が敵に降り注げ!」


 ギフト持ちのエルサの攻撃に、ケルベロスが一瞬ひるんだ。だがそのせいで、ケルベロスはエルサを排除すべき敵と認識したようだ。


 どす黒い眼光がエルサを射貫いても、雷の魔術を唱え続けている。その後ろから、アリスが教えた魔術を放っている。


「兵も勇気を奮い起こせ! 希望はまだある! 神の与えた希望が……」


 エルサの言葉を兵たちは、自らのギフトのことだと思っただろう。

 ここにいる唯一のギフト持ちとして、希望は自分だと宣言していると思ったことだろう。


 だがそのエルサは、アリスを背にスゥッと息を吸い込むと、迫りくるケルベロスを前にして叫んだ。


「アタシの光じゃ足らないんだよ!! 希望の光はアンタじゃなきゃダメなんだ――!」



 兵を蹴散らしたケルベロスの牙がエルサを食い千切る寸前だった。

 その口の中に、最後の雷鳴を叩きこみ、一瞬の隙が生まれる。


 そして、エルサはフッと微笑んだ。


「だから”あとは任せる”よ。神の威光でみんなの未来を――」



 ――どいつもこいつも、神すらも、俺に世界だ未来だ押し付けやがる。一人生き残った方が苦しいというのに、なぜ俺だけにそうやって背負わせようとする? 結局死んで楽がしたいだけなんじゃないか? 死にたい俺に死ねない理由を作って、また戦わせて、また失って……


 ウンザリだ。だったら失わないとっておきの方法で抗ってやる。


 そう考えると、何かが心の中でプツンと切れた。



「……瞬間転移」


 ケルベロスに生まれた隙の間に、詠唱無しでエルサとアリスの前に転移する。その後ろには、数えきれない兵がいる。

 妹のように思ったエルサがいる。アリスがいる。


 だがもう知るか。神ですら俺一人に押し付けてきやがって。もう弱い奴の”何もかも”背負うのはヤメだ。

 神だって、弱いから五百年前に最初の神威にギフトを渡したんだろ?


 もう弱い奴のために足並み揃えるのも、どっかに逃げるのも、仲間にしてやるのもやめてやる。


 希望の光? みんなの未来? 命? 

 ああクソ、とことんメンドクセェ……いちいち重たい物背負わせようとすんじゃねぇよ。


 俺はガキの頃から三十路入るまで、ずっと誰かのために生かされてきたが、もう知るか。


「テメェら魔物も魔王もぶっ殺して、俺は俺の命のためだけに生きることに決めた!」


 右手の甲を天にかざす。鈍く光る皆無と書かれた神聖文字は消え、神威という金色の神聖文字の焼きがケルベロスはおろか、この場にいるすべてに降り注いだ。


「最初はテメェからだ、下っ端の駄犬がぁ!!」


 雷鳴とは比べ物にならない光が矢となり天より降り注ぎ、ケルベロスを貫いた。だが神々しくなんてない。ケルベロスの黒なんだか赤なんだか分からない血が混じった光は、決して神の威光なんてものじゃない。


 他人のために三十年近く生きてようやく差した、俺が俺として生きていくための、始まりの光。

 途絶えることなく降り注ぎ貫ぐ天よりの矢は、血しぶきと咆哮の中で朧げに輝く、命の終わりを知らせる赤く黒い輝き。


 それはケルベロスを殺してもなお降り注いだ。





 ####




 殴り書きで手紙を書いてこの場を去る。


 もう一々弱い奴の手を借りることも弱い奴に合わせることもやめたから、一人で魔王軍が占領しているという広大な地域に旅立つと。

 そこで勇者や大賢者のような”そう簡単に死なない奴”を見つけ出してとっとと仲間にして、魔王を始末してくると。


 だから、俺が帰るまで余計な事はするなと。そう綴った。


「――とりあえず、人間の物で間違いない膨大な魔力は感じる」


 勇者だろうか。大賢者だろうか。それ以外だろうか。なんにせよ、


「弱い奴じゃねぇな」


 まずはこの魔力を持った誰かを見つけるため、俺は旅を始めた。一度捨てたカムイの名と紋章があると魔物に見つかって面倒だから、もう一度ギフトを上書きしてカイムを名乗りながら。

【作者からのお願い】

最後までお読みいただきありがとうございました!


「面白かった!」、「一人でも頑張ってね!」

と少しでも思っていただけましたら、

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執筆活動の大きな励みになりますので、よろしくお願いいたします!


※異世界恋愛の方も書いています。そちらのモチベにもなるので、繰り返しになりますが応援していただけると幸いです。

こちらの作品もお願いします。「世界を救った大賢者は間違えて千年先に転生してしまう。そこには倒したはずの魔王が蘇っていました~勇者も剣聖もいないから、大賢者一人で倒せと?~」https://ncode.syosetu.com/n0952iq/

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