一方通行な四角関係~好きだった幼馴染が親友に告白し、振られた。そして親友の姉に告白された、僕が~
春。
桜の花の蕾がちらほらと生え始め、強い花の香りが鼻腔をくすぐる季節になった。
春は日本人にとって多くの場合、一つの生活の終わりであり、新たな門出の季節である。
そして我が校でも高校二年が終わり、春休みが始まる直前、高校三年生の卒業式が開かれた。
多くの卒業生が晴れやかな笑みや寂し気に泣き笑い、在校生や先生に別れを告げる光景がつい先ほどまで目の前に広がっていた。
僕自身、経験したことがあるし、感動的で開放的な気持ちになれる良い区切りだ。
彼らはこれから大学、社会へと羽ばたき、彼らはそれぞれの人生を歩む。
何にせよ、別々の人生を送っていくのだ。
だからこそ、いつまでも残っている人がおり、さっさと帰る人もおり……悔いを残さぬように動く人がいることも知っている。
「なずな……」
僕の口から思わず口からそんな名前が零れだした。
壁に隠れた僕の視界の先には、胸に花を刺した一人の男子生徒と真っ赤な顔で佇む女子生徒がいた。
(———ああ、やっぱり、君はそうするよね)
だからこそ、こうなることも分かっていたつもりだ。
ここは別校舎の裏。
雑草が茂り、人気のないこの場所は告白するには酷く安直でわかりやすい場所だ。
見つけたくもないものを、僕が見つけてしまうくらいには安直で、猪突猛進な彼女らしい。
「——洸太郎! 私、貴方のことが、ずっと好きでした———っ‼」
麻色のボブの髪で紅潮する頬を隠しながら、僕の幼馴染はもう一人の幼馴染へと叫んだ。
「———」
ひとつ年上の僕らの幼馴染は、普段の仏頂面を壊し、驚愕に硬直していた。
予想だにしていない告白に、思考を整理できていないんだろう。
(まぁ……そうだよね。洸太郎は。そうに決まってる)
僕は一つ年上とは言え、洸太郎とも親友だと思ってる。彼のことは彼の姉の次に知っているつもりだ。
だからこそ、彼の反応はよく理解できた。
そんな彼の前で「言ってしまった」、と一層顔を真っ赤にし、緊張に肩を震わせるなずな。
(……あんななずな、僕は一度として見たことないよ。でも……君は違うんだろうね)
わかっていたことだけど、鈍く痛む胸を抑え、苦く笑う。
きっと、驚きながらも彼はなずなのあんな姿を何度も見たことがあるはずだ。
それが羨ましいと、どうしても思ってしまう。
「な、なずな……」
「うん……っ」
一瞬口をごもらせながらも、真っ直ぐなずなを見つめる洸太郎に、なずなは期待と不安に瞳を揺らす。
どちらの気持ちも分かるから。僕は自分の気持ちに何て名前を付ければいいのかわからない。
胸が痛い。正直、気を抜けば崩れ落ちそうだ。
だけど、それはあの二人も一緒だ。各々が色んな気持ちを持っている。
期待の籠るなずなの視線から逃れるように、洸太郎は横を向いた。
「なずな、俺は——」
「——っ洸太郎、私、ずっと———」
なずなは馬鹿だけど、察しはいい。
だから、洸太郎のその反応で答えはわかってしまったのだろう。
「——っ」
何とか挽回しようと再び同じ言葉を紡いだなずなに罪悪感を隠し切れず、洸太郎は拳を握る。
そして、まじめな彼はゆっくりと口を開いた。
なずながどんな顔をしているのか、見なくても分かる。
(……聞いてられないな)
勝手に聞いて何言ってんだと自分で思いながら、僕は臭いものに蓋をするように背を向け歩き始めた。
……聞かなければよかったな。いや見つけたくなんかなかった。
「なずな、俺は———」
そんな洸太郎のわかり切った言葉を最後まで聞かず、なずながどんな顔をするのかを見ず、僕はその場を去った。
——誰も悪くない。わかっている。
それでも、この胸の痛みを何というのだろうか。
それもまた、決まり切っていた。
失恋だ。
帰宅し、自分の部屋に入った僕は、告白したわけでもないのに目尻に涙を浮かべていた。
「こんなの、誰も幸せにならないじゃないか……」
誰も悪くないと分かっていながら、口火を切ったなずなを恨まずにはいられなかった。
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なずな、洸太郎、そしてその姉の凛はいわゆる幼馴染というやつで、小さいころからずっと一緒に居る。
家が近所というのもあるが、どうやら親同士も幼馴染のようで、古くから親交があるのだ。
そんなわけでなずなはもちろん、洸太郎や凛さんとは年は違えど、友達だった。
特になずなや洸太郎とは親友と言っても過言ではない間柄。
凜さんとは友達だとは思ってるけど、あの人自身は大学生でモデルなんかもやってる、少し遠い人だ。だから二人とは違って少し距離がある。
二人とはどんな時も一緒に居た。
小学校では班を作る時もなずなと一緒。
悪だくみは真面目な洸太郎を誘って二人でやった。
遊ぶときは学校の友達よりも幼馴染のみんなで遊ぶ方が楽しかった。
それは珍しいことに、高校生になった今でも変わらない。
こんな関係を築けている僕らは地球上でとても珍しく、恵まれた存在だろう。
僕は、この四人の関係がすごく好きだった。
つかず、決して離れない、この安心できる関係が。
……そしてそれと同じくらい、なずなのことが好きだった。
なずなは、昔からずっと陽気で、皆の中心にいるような女の子だった。
頭を動かす事より体を動かすことが好きで、仲良くなる前は男の子だけじゃなく女の子も巻き込んで遊んでいるのをよく見かけた。
何も考えていないようで周りのことをよく見て、持ち前の元気で明るく皆を照らし、引っ張ってくれる。
なずなはそんな強い女の子だった。
だからこそ、あの日、僕を引っ張って、皆の輪に入れてくれた時からなずなが好きだった。
なずながいなければ、この四人の仲を作ることも、守ることもできなかった。
感謝もしている。なずなにはたくさんのお礼を返したい。何でもしてあげたい。
……それくらい、なずなのことが、好きだった。
だけど僕は、四人の関係が崩れていくことが怖かったんだ。
だから、僕はなずなよりも四人でいるを選んだ。
告白なんてせず、ずっとみんなと一緒に居られたら、それで満足だったから。
でもきっと、それは本心だけど逃げていただけだったんだろうね。
僕は彼女のことが誰よりも好きだったから、すぐにわかった。
——いつだってみんなの中心、弱気な姿は似合わない僕の大好きな女の子は僕の親友のことが好きだったから。
彼女は、僕の『逃げ』を嘲笑うように、いつものように自分の思いに正直に進んだのだ。
これで僕らはきっともう一緒にはいられない。
彼女は洸太郎と自分の仲だけを壊したと思ってるだろうけど、違う。
徹底的に、蓋をし続け、触らないようにしてきた砂の城を大きく抉ったのだ。
でも、恨めない。
告白をしない選択をしてまで守ろうとした関係を壊した彼女を恨めない。
——ああ、そうだ。そんな君が、僕は好きなんだ。
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その日は気づけば、寝てしまっていた。
制服を中途半端に脱いだまま、枕に顔を埋めて。
「う、ん……?」
付いたまま眩しく部屋を照らす電気に目を焼かれながら、うめき声をあげて重い体を起こす。
重い瞼を擦り、判然とし出した思考で自分の恰好を見るとまだ制服。
「うわ、制服皺になってる……」
しかも長い時間そのまま眠っていたせいでかなり皺ができてしまっていた。
このまま学校に行くことは憚れ、眉を寄せて息を吐く。
普段なら母の下にでもすぐ持っていくのだが、今はそんないい子でいられるような気分でもない。何処か投げやりな気持ちで制服を脱ぐ。
「……どうせクリーニングに出すでしょ……」
吐き捨てるように呟くと、皺のついた制服をカーペットの敷かれた床に放り捨てる。
直後には既に制服に意識はなく、コリを解すように背伸びした。
「うぅーん……っと、外くら……どんだけ寝てたんだろ……」
ふとカーテンの隙間から見えた空は何処までも吸い込まれていきそうなほどに暗かった。
一体どれだけ眠っていたのかと、時計を見ると既に十時。
ざっと五時間は寝ていた計算だ。
「起こしてくれればいいのに……って無理な相談か」
自分で言っておいてなんだが、バカげた愚痴に自嘲に笑う。
「着替えよ……今日はもうちょっと寝たい気分だしね」
気を取り直すように、柔らかい服装に着替え始める。
暗い気分なんて少し寝ていたらどうでもよくなるものだ。今日だって同じだ。
そう思い、いつものジャージに着替えると再びベッドに横になる。
「お風呂入ってからにしようかな……明日でいいか」
体を洗いたいという思いが脳裏を過るが、それすらも煩わしい。
眠たいわけではないが、起きて面倒なこと考えたくないのだ。
しかし、生理現象は止められない。
——ぐぅ。
「お……」
お腹が良い音を出してくれた。
そういえばご飯食べてない。お腹がすきすぎて寧ろ腹が痛いくらいだ。
これでは眠れない。
僕は小さく息を吐くとベッドから這い出る。
「仕方がないか。コンビニでなんか買いに行こう」
眠れないのでは本末転倒。腹を満たし気持ちよく何もかも忘れることにしよう。
そうして僕は家を出て、近場のコンビニに向かった。
暗い夜道。
中々この時間に外に出ることがなく、心かしか新鮮な気持ちになる。
わくわくすると言い換えることもできる。いやなことも少しは忘れられるというものだ。
「何食べよっかな。今日くらいはいいもの買っても許してくれるよねぇ」
誰に許可を求めているのか、我ながら不自然なくらいにテンションを上げている。
臭い物に蓋をする。僕の悪い癖だ。
でも、我ながら嫌いになれない。
嫌なことなんて世の中には腐るほどある。それを全部が全部向き合っていたら壊れてしまう。
その取捨選択は、本人の手にしかない。誰かに何を言われる筋合いもないのだ。
「さて、さっさと買ってさっさと帰ろ———」
そんなことを考えているうちに、コンビニに着いた。
買うものここに来るまでに決めてある。寒いしさっさと帰りたい。
「離してよ!」
しかし、正に中に入ろうとした時、僕の行く手を阻むように、酷く聞き覚えのある少女の声が、耳朶を叩いた。
どうも切迫した叫び声。
ただならぬ様子に、声の発生源であるコンビニの裏に走り寄る。
「ん? 何だ——あ」
そこで僕は、案の定、今は会いたくない人に出会ってしまった。
「いいじゃん。何か悩みでもあるんでしょ? おごるからさ、俺なんでも聞くよ?」
「ちょ、ちょっとやめてよ……っ」
麻色の髪を激しく振り、迫る男を振り払おうとする幼馴染。
思い人がナンパをされていた。
強く手首を掴まれ、顔を顰めて振り解こうとしているなずな。
「痛い、離してよ———あ、陽介、こんばんは」
裏に顔を出した僕に気づいたなずなが、僕だということに気づき、呑気に挨拶した。
「こんばんは」
返事しといてなんだけど、言ってる場合じゃないよね?
僕は面倒くさく思いながら小さく息を吐くと、なずなの手を掴む男を睨みつける。
「——っな、なんだよ」
「その子僕の連れなんで。悩みも僕が聞きますからどっか行ってください」
「——っ」
とりあえず訝し気にこっちを見てきた青年に、そんなことを言っておいた。
こんな言い方をするから僕は友達が少ないんだと分かっているけど、どうもやめられない。
「す、すんません……」
だってこういう時効果覿面だしね。
意外とこういう人ほど強く言われたら引き下がるの速いよね。
僕は気を取り直すと、眉を寄せて手首を摩る彼女に近づき、声を掛ける。
「大丈夫だった? ていうかこんな時間に何してんの?」
「あはは……ちょっと、ね」
言葉を濁すなずな。
言いづらそうに頬を掻く彼女は、いつもの笑みを浮かべていて、どうも空元気に思えた。
大方振られたショックで特に何も考えずに、ふらふらしてたんだろうけど。
聞いておいてなんだと、わかっていながら、ついつい聞いてしまった僕が悪い。
でも、そんな悲しそうな顔してるから、あんな性根のない男に掴まるんだ。
「話、聞かせてよ」
「…………うん。そうだね、どうせもう終わったことだし」
「…………」
「陽介にも謝らなきゃ……」
そう、なずなは似合わない悲し気な笑みを僕に向けた。
————————————————————
◇
小学校のころまではよく一緒に遊んでいた公園に、何処か虚ろに見えるなずなの手を引いてやってきた。
滑り台の平坦なところに座らせ、僕はその目の前の砂場に立つ。
なずなは手を引きながら出なければ、ふらふらと道路にでも躍り出そうなほどに憔悴しているように見えた。
今も僕が目の前に立っているというのに、ぎゅっと握った手を意味もなく握りしめている。
僕は何となく居心地が悪く感じ、小さく堰をすると話を切り出す。
「いつもならあんな軟弱男軽くひねるのに、どうしたってのさ」
「うん……」
無遠慮な僕の問いに、なずなは苦く微笑む。
答えになっていないただの返事に、相当やられてるなと頭を掻く僕。
「…………」
何処か乱れた髪を頬に垂らし、表情に暗い影を落とすなずなは、口を何度か開こうとして、閉じてしまう。その度に何かを思い出すように泣きそうになっている。
こりゃどうしたものか、と思うと同時に流石の僕でも「ふられてやんの!」などというわけにもいかない。
普段ならともかく僕がのぞき見していたことを知らず、一人傷心する彼女にそんな空気の読めないことはできない。
「…………」
「…………」
そのまま微妙な空気のまま、二分ほど経過。体感十分だ。
話を聞こうとしたのは僕だけど正直地獄。
(何が悲しくて好きなことの失恋話を聞かにゃならんのかね……)
内心そう愚痴りながらも、仲のいい幼馴染がこんな死にそうな顔しているのに放置は逸れこそおかしいというものだ。
すると、微妙な空気を裂くように、ぽつりとなずなが口を開いた。
「………ごめんね」
「……なにが?」
「……」
ようやく吐き出したその謝罪は僕にはあまりに色々な意味が込められているように感じた。
なずなはそれ以降また口を閉ざし、その真意を言おうとしない。
(二人でいてこんな気まずいのは久しぶりだ……)
関係性の変化の序章のようで、僕にはすごく嫌だった。
いや、僕が勝手に思ってるだけでなずなは勇気を出そうとしてくれているんだろうけど。
まぁ、今は僕のことはいい。なずなの覚悟に水を差すわけにもいかない。
僕は待つさ。
「よいしょ……」
あまり威圧感を与えないように、彼女より視線を下げるべく砂場に座り込む僕。
寝巻なんだが……ま、いいか。
すると効果覿面だったのか、それとも目が合ったからか、彼女は再び震える口を動かした。
「陽介、あのね……」
「うん……」
「私、洸太郎に、告白したの……」
「そう、なんだ……」
知っていた。その結末も答えを聞かずとも僕は予想できた。
そんなことを思う僕は一体どんな顔をしていたのだろうか。
なずなは僕の表情に虚ろだった視線を送るとはっと瞳を揺らし、泣きそうな顔を隠すように、いつもの陽気な笑顔を張り付けた。
「お、驚いたでしょ! 私が洸太郎のこと好きだったなんて……!」
何でもないことのように、僕に心配させまいとするように、健気だ。
でも、知っていたよ。
君がいつだって隣を歩く僕じゃなく、少し前を堂々と進む洸太郎に熱い目を向けていたのを。
僕と手を握ることよりも、洸太郎と少し手の甲が触れることを喜んでいたのを。
僕に見せる溌溂とした笑顔は、洸太郎と会う時は恋に溺れた少女のように潤んでいたのを。
全部、知っていたよ。
「うん、驚いた」
それでも僕は、嘘を吐く。
なずなのためではなく、僕自身のために。
目じりを下げ、微笑んでみせる僕に、なずなは心なしか安堵したように息を吐く。
「そ、そうだよね。がさつな私がバカ真面目な洸太郎のこと好きになるなんておかしいもんね」
あはは、と愛想笑いを浮かべて茶化すなずな。
らしくない、そう思ってしまった。
彼女が自分のことをがさつだと思っているのは知っている。でも決してそれを欠点だなんて思うことはなく、自分らしく、彼女らしく生きている。
それが僕の知る、なずなという格好のいい女の子だ。
でも今の彼女は自分を恥じ、悔いているようにすら感じる。
乾いた笑みの裏に堂々と張り付ける、泣きそうな顔。
「バカだなー、私。釣り合うわけなのにね、あはは……」
それは答えだよ、なずな。
きっとそこまでは言うつもりなかったんだろうけど、誰かに聞いてほしかったんだろう。
(そんなことない、とか、言ってあげたいけど……)
自分の思いにすら蓋をし、わかっていた結末を止められなかった僕にはできない。
いつ壊れてもおかしくなかった四人の仲を守るために嘘を吐き続け、見てみぬ振りをし続けた僕は持ち合わせる言葉がない。
「や、やだ、そんな顔しないでよ! まだどうなったかも言ってないじゃん!」
「そう、だね……」
やってしまった。感情が顔に出ていたらしい。
彼女も本気で言ってるわけがないと分かっている。
しかし、弓なりに曲がった目は何かを耐えるように震え、奥歯を強く加味しているのか唇も痙攣していた。
……ここまでくれば、もう誰でもわかるよ。
何も慰めは言ってあげられないけど、せめて話を聞いて少しでもすっきりさせてあげよう。
「……じゃあ、答えは聞かない方が良い?」
「あはは……ごめんね。陽介頭いいから、わかっちゃうよね……ごめんね」
「うん、わかるよ。ずっと一緒に居るんだから」
そうじゃない。僕はそんなんじゃない。
頭がいいなんて、ついでだよ。
ただ、君のことを、君たちのことを誰よりも見続けていただけだ。
だから余計に、なんだろう。なずなは酷く気に病んだように唇を噛んだ。
「……ごめんね、陽介」
なずなは、少しの沈黙の後にまた僕に謝った。
申し訳なさそうに眉を下げ、目尻に涙を浮かべ、小さく頭を下げるその姿に、僕は理由をわかっていながら問わずにはいられなかった。
「さっきから何で謝るの? 辛かったのは君じゃないか」
「だって、陽介……」
そんな泣きそうな顔しないでよ。
振られて傷ついたのは君だ。それなのに会った時から君は僕に謝り続けている。
(なら……君も、わかってたんだね。僕の気持ちに。わかってて、告白したんだ……)
そう思った時、僕の心臓がきゅうっと縮まるような感覚がした。
それは僕が、僕ら四人の関係を何よりも大事にしていたということだ。
それを、彼女の一言が壊した。いや、彼女にとっては「壊すかもしれない」か。
「それは、君が謝ることじゃないよ」
「だって、私が告白したせいで、洸太郎、もう私に話しかけてくれないよ、きっと……っ。大学生にもなっちゃうし、余計に、私達とは会ってくれないよっ!」
「——?」
僕は思わず彼女の言動に首を傾げる。
……さっきからやけに「らしくない」行動がが目立つな。
弱気になることはあっても、自分のことに関しては前向きであることは絶対に忘れないのがなずなだ。
そのなずなが、やはりずっと後悔したような言動をしている。
その違和感を覚えつつ、宥めるように彼女の震える肩に手を置いた。
「確かに僕はみんなが好きだよ。皆と一緒に居られる時間は僕の人生で、これほど幸運に思えたことはない」
「だったら——っ」
「でも、それは君も含まれてる。僕は君と出会えたことも嬉しく思ってるんだ」
目を真っ赤に腫らすなずなに、優しく語り掛ける。
一つのものを守り続けるために、少ない自分の感情を捨て続けた人生だった。
父の不倫、母の育児放棄、祖父母の不干渉。
父がいなくなってから多少はマシになったとはいえ、依然母は滅多に家に帰らない。
そんな僕が一人で寂しくなかったのは、皆が一緒に居てくれたからだ。
暗い部屋で一人膝を抱えていた時は、なずなが引っ張って外に連れ出してくれた。
家族問題に悩んでいた時は、洸太郎が一緒に悩んでくれた。
お腹が空いて辛かったときは、凜さんがご飯をくれた。
皆の両親も事情を知った上で優しく僕を迎え入れてくれた。なずなのお母さんなんて母の僕への仕打ちを知って本気で怒ってくれた。
本当に、本当に、こんなに幸せな人間関係を築けたことは、僕のこれから先の人生で上回ることにない幸運だ。
この結末はいつか来るべきものだったんだ。
僕が君を好きでも、君が洸太郎を好きで、洸太郎が、君を好きでない限り、いつか絶対来ることだった。
その覚悟は君の気持ちを知ったあの日から、持っていたつもりだ。
それでも、僕は——
「皆には、感謝してもしたりない。たくさん、一緒に居てくれたから。でもそこから君を省くつもりは——」
「陽介……」
僕の言葉を遮るように、なずなは一筋に涙を真っ白な頬に流した。
肩を震わせ、膝に置いた拳は痛いほどに握られていた。
……やはり、そうか。その涙は決して感涙などではなかった。
「——ごめん……! わ、私、やっぱり、告白なんか、するんじゃなかった——っ」
「—————」
「そうすれば、私———っ」
悲痛に叫んだなずなは、涙腺が決壊し、滂沱の涙を流していた。
その時、僕は理解してしまった。
(ああ、そっか……君はやっぱり優しい人だから)
ホントは沢山僕に愚痴でも零したいだろうに、会ってからずっと、なずなは僕に謝ってる。
僕と会ってからずっと、何かに後悔したように罪悪感に満ちた顔をしている。
(僕に会ってしまったことで、君は、自分のしたことを後悔してしまったんだね……)
僕が与えてしまった、後悔してもいいという『免罪符』に彼女は縋ってしまったんだ。
告白しなければよかった。
告白しなければ、僕の望みはもう少しだけ続いた。
告白しなければ、気まずくなって話せなくなることもなかった。
告白しなければ——振られることもなかった。
(ごめんね、なずな……そんなことを思わせてしまって)
心の中で、目尻を真っ赤にして泣きじゃくるなずなに、謝る。
(全部、僕のせいだね……僕が君を縛り付けていたんだ)
……バカだな、僕は。
その涙に、ようやく彼女の本心と僕のやるべきことを悟る。
(決めたよ、なずな。僕は———)
なずなが好きなら、この結末を喜ぶのか?
それとも好きな女の子が悲しんでいるのを慰めて、チャンスにするのか?
違うと思う。
きっとどれも違うと思う。
本当に好きなら、自分が相手に、皆にどんな思いを抱き、押し付けようとしていても。
自分が、たくさんの思いを諦め、その末に手にしようとしたものが壊れそうになっていても。
もし好きな相手が前へ進もうとしているのなら。
もし好きな相手が自分を見失ってしまいそうになっているなら——
「うぅ、ごめん……陽介、ごめんねぇ……うぅ、ごめんごめん……っ」
「なずな——」
膝に涙に濡れる顔を押しつけ、嗚咽を漏らす彼女を撫でようとして、直前で手を引っ込めた。
伸ばそうとした手を、黙って自分の胸に押し付ける。
代わりに僕は、後悔と罪悪感に止まらぬ雫を溢れさせる、愛した女の子に語り掛けた。
「バカだなぁ、君は」
バカだな、僕は。
打ちひしがれる君に、何をすればいいのかイマイチ分からなかったけど、もう決めた。
慰めて、適当な言葉であしらうんじゃ、誰のためにもならない。
——だったら僕は自分の何もかもを捨ててでも、僕は君の背中を押すよ。
だって僕はそんないつもの君が、好きだから——全部、全部僕のためだよ。
だから、これからどうなっても、君はなにも気にすることはないんだ。
「僕に君を縛り付ける資格はないよ。僕のために、諦める必要も後悔する必要も、ない」
「——っ」
はっと、なずなはぐちゃぐちゃな酷い顔を僕に向けた。
何も知らずに君が告白した場面を見てこの場にいたのなら、きっとこの言葉は言えなかった。
知っていて、全部知って、見てみぬ振りを止められたから、やっと言えた。
「今まで、ごめんね、なずな」
「よ、陽介……?」
なずなはいつしか涙の枯れ、赤く腫れた双眼を呆然と向けてきた。
そんなあり得ないものを見るような目で見ないでよ。
君が告白をしてしまった時点で、もう僕の望みは既に壊れてしまっている。
それなのに、僕がいつまでも怯えて縋っていたから、君は自由に恋をすることができなかったんだ。
それが、ようやくわかった。
「僕が臆病だったから、ずっと足踏みさせてしまったね」
「——」
「今も、次に進もうとしていたはずの君を、やっぱり僕が留めていたみたいだ」
君を恨むのは筋違いだった。
君に告白をする勇気を持てなかったのは僕で、この関係をいつまでもと、わがままを言っていたのも僕だ。
「君は、悪くない。だからもう、謝らないで。君は、何も悪いことなんてしてないんだから」
知っているのは僕だけでいい。僕らの関係がもう元には戻らないことを知るのは、僕だけで。
君は、君らしくいてくれれば、それが一番嬉しい。
「どう、して……! だって私のせいで、今まで通りにはいられないんだよ……⁉ 陽介、また、一人になっちゃう……!」
感情が溢れ、再び目尻に涙を浮かべ、悲痛に訴えるなずな。
優しい君のことだ、僕が何を言っても僕のことを気遣って、後悔を続けてしまうんだろうね。
だからこそ、僕がちゃんと言ってあげないと。
「………僕は、もう大丈夫だから」
自然と眉を下げ、呟くように。
もういいんだ。僕さえ全てを捨てれば、諦めれば、君は自由だ。
優しい君は今みたいに僕を心配して泣いてくれるんだろうね。
でも僕はもう、それを望まない。望んじゃいけない。
「君はまた、自分らしく進んでいけるよ。そうしてほしいんだ」
「じゃ、じゃ、陽介は⁉ 陽介は、どうするのっ」
「僕も好きにやるさ。皆、そうやって生きている。自分大事、自分一番でいいじゃないか」
「で、でも私は陽介のことだって——っ」
咄嗟に顔をぐっと近づけて、嬉しいことを言ってくれるなずな。
でも僕は酷いけど、ゆっくりと首を横に振った。
「ううん、それは違う」
諦めなければ、代わりに君に縋れば、僕は一人にはならないのかもしれない。
伝えれば、きっと君は拒まない。
でも、彼女が僕を気にかけてくれているのは、好きだからじゃない。
——憐憫だ。
それを、十年、痛感してきた。
なずな自身は気づいていないだろうけど、君が僕を見る目はいつだって同情の色が宿ってる。
拒まないけど、君を苦しませ続け、僕の望みは修復不可能なほどに粉々になる。
だから、足を引っ張り続けた僕が、君にこの想いを伝えることはできない。
君は僕と皆を同じようには、見ていない。そんなこと、言えないけどね。
「ち、違くない! 私は、洸太郎だけじゃなくて、皆のこと……みんなの、こと……」
僕の理由のない否定に、咄嗟に大きく否定を叫んだなずなだが、その痛々しい叫びは次第に尻すぼみになっていった。
きっと今の君に浮かんでいるのは、洸太郎だろう。
僕と凜さんと洸太郎では、君が抱く想いはそれぞれ違う。
そんなのは当たり前だ。当たり前だからこそ、普通の人間はそこに優劣をつけるんだ。
僕は君に思いを伝えることよりも皆を選んだだけ。
君は、洸太郎をもう選んだんだ。
だから、
「言ってよ。僕に君の背中を押させておくれ。君は、どうしたいんだい?」
「————」
その時、なずなの乱れた顔に浮かんだのは、後悔と、未練だった。
嫌じゃないのか? 辛くないのか?
嫌に決まってる。辛いに決まってる。
何よりも誰よりも大切な人が他の人を好きだなんて、辛かったよ。
辛かったけど——。
(なんて、皮肉なんだ……)
洸太郎に好かれるために、真っ直ぐ進む君は僕が君を好きになったあの時よりずっと、魅力的だったから。
それでも臆病者でしかない僕が、君の足を引っ張って、君の美しさを汚すわけにはいかない。
「でも、私はもう——」
「僕は、いつもの幼馴染四人が好きだから、皆が好きなんじゃないよ。皆が好きだから、一緒に居たいって思うんだ」
「あ—————」
それだけは嘘じゃないよ、なずな。
「君は考えなしだけど、自分のしたことや自分自身に負い目を感じない。いつだってバカみたいに実直に自分に正直でいてくれるからそれが君の一番の魅力で、皆君が好きなんだよ」
「陽介——」
「みんなや、僕の手を引いてくれる明るさが僕のことも救ってくれた。君には、そのことを後悔してほしくなんだ」
自分のしたことが四人のキズナを壊すことに繋がるなんて、思ってほしくない。
僕に温かい思い出をくれたことを後悔してほしくない。
それだけは絶対に。
「言ってくれ、なずな。君がしたいことを」
「わ、私、は……」
「うん」
舌を縺れさせながら抱いた思いを紡ごうとするなずなを焦らせないように、静かに頷く。
そして、顏を跳ね上げたなずなは、いつものように強い光を宿した瞳を揃えていた。
「私は——っ!」
わかってるよ、なずな。
君のことはなんでもわかってる。
君は一度振られたくらいで諦めるような人じゃない。
君はまた、一直線に進んで行ってくれる。
それを思えば胸が痛いのを無視できないけれど、もういいんだ。
僕のことは、もうどうでもいい。僕の事情など忘れてしまえ。
だって僕は、この望みだけは絶対に捨てはしないのだから。
一度、君が壊したからなんだ。ずっと前からわかっていたことじゃないか。
全部が元に戻ることは、決しない。この関係に戻ることはあり得ない。
でも、諦める必要は全くない。またみんな一緒に居られるはずだ。
でも、君が自分のしたことに後悔してしまったのなら、君が再び立ち上がることは無くなる。
それじゃあだめなんだ。それじゃあ本当に四人はばらばらになってしまう。
僕らがもう一度一緒に居られるには、君が自分の思いを叶えるしかない。
それだけが、まだ僕らが一緒に居られる条件だから。
願わくば、洸太郎の思いを変えて、どうかまた一緒に居たいから。
———そうだ、そのためなら、僕は全てを捨てられる。
なずなが走り去った公園で、僕は一人、呟いた。
「——そんな君が好きだったから、一石二鳥だね」
その声が少し震えていたことは、僕だけが知っていればいいことだ。
その、はずだった。
「何で……何で、ずっと嘘ついてるの……陽」
「ああ……」
砂場に一人、力なく座り込む僕に向かって歩いてくる覚えのある姿に、疲れたように笑みを零した。
「聞いてたんだ……凜さん」
————————————————————
凛さん。
洸太郎の実姉である。
僕らとは二つ違いの現在大学一年生、来年大学二年生だ。
背まで伸ばした明るい茶髪は毛先までまっすぐに伸び、夜明かりに美しく照らされ、何処か動揺に揺れる双眼は、猫のようにまん丸で可愛らしく無表情の僕を映している。
「盗み聞きなんてどうしたの? そんなことする人だったっけ」
「そ、それは……」
きまり悪そうに口籠る仕草一つでも、気品があるように感じる。流石モデル。
一体何処で聞いていたのか、せっかくの綺麗なコートに草が付いている。
「た、たまたま通りかかって……ごめんなさい」
「たまたま通りかかったらって、理由になってないじゃん」
「ご、ごめんなさい……」
少しイラっとしてしまったからか、棘のある言葉が出てしまった。
なんか今日はやけに謝られるな……大体僕が悪いか。
少し空気を変えよう。
「いつから聞いてたの? あと、草ついてるよ」
「え? ど、どこ⁉」
凜さんは素っ気なく言った僕の言葉に、顔色を変えると慌てて自分の体を見渡し始めた。
……まったく、そんなに焦っても仕方がないじゃん。
「わきの下だよ、凜さん。そそっかしいね」
「あ、ホントだわ……ありがとう」
「いいえー」
暗闇では分かりづらいけど、凜さんは恥ずかしそうにお礼を言ってくれる。
結局質問には答えてもらえてないわけだが、まあもういいか。
一気に緩んでしまった空気に僕も当てられてしまった。
葉を取った凜さんはあからさまにほっとしたように肩を降ろしている。
(ホント、わかりやすい人……)
変わらないものがあることに、少しだけ笑みを零してしまう。
「よっと……」
地面に座っていたら全く視線が合わないので、さっきまでなずなが座っていた滑り台に腰を下ろした。
「凜さんも座れば?」
「あ、うん……どこに?」
「…………」
考えてなかった。流石に凜さんに砂場に座らせるわけにはいかない。
「えっと……どうしようかな」
暗闇の中で所在なさげに土を踏み鳴らす音が耳朶を叩く。
「はぁ」
のぞき見をしていた手前凜さんからは何かを提案することはできないだろう。
別に話なんかないんだけど……仕方がない。
なんか気まずい空気が流れてるので、僕が言うしかないか。
「ごめん。話があるなら、ベンチに座る?」
「あ……うん。ありがとう」
嬉しそうに微笑む綺麗な顔が月明かりに照らされて僕の視界にも入ってきた。
見惚れるほど綺麗だ。ファンがたくさんいて当然。
でもホント、似てないよな、洸太郎。
「何気に初めて座るかも、このベンチ」
「そ、そう? 私は結構あるかも?」
「へぇ」
公園の入り口の近くにあるベンチに腰を下ろすと、凜さんが少し躊躇しながら僕の隣に腰を下ろした。
この椅子あんまりきれいじゃないし、何でそんなに座る機会があるんだろうか。
興味なさそうに返事しといてなんだけど、少し気になるな。
と、そんなことを考えていると、何やら隣で物言いたげにもじもじする凜さん。
「どうしたの? なんかずっと何か言いたげだけど。言いたいことがあるなら早くしてね。僕夕ご飯も食べてないんだ」
「そ、そうなの? もう十一時近くなのに……」
「そうだよ。そんな時間に揃いもそろって女の子が……」
「わ、私は仕事だったから……! 車で送ってもらったしっ」
「じゃあここまで来れなくないですかぁ? ここに降ろしてもらったの、わざわざ?」
「うっ⁉」
図星だったのか、うめき声をあげてバツが悪そうにそっぽを向かれてしまった。
ただでさえ盗み聞きしたことを気に病んでいるようなのに、追い打ちをかけてしまった。
……ホント、僕の悪いところだ。ひねくれてる。
そんな僕に、隣に座ってるだけでそんな赤い顔しないでよ……困るって。
(どこがいいんだか……)
内心をそんなことを吐き捨て自嘲に笑う僕。
唇をゆがめる僕に気づかず、せっかく変えた空気が元に戻ってしまった中でも帰ろうとしない凜さんは、膝の上でこぶしを強く握りしめていた。
「………話、そらしちゃったね。聞くよ」
「ううん、私が悪いんだもの……」
凜さんは小さく首を横に振ると、覚悟を決めるようにグッと拳を強く握った。
そして顔を俯かせたまま、その感情を隠せない声を零した。
「陽……なずなのこと、好きだったんだ、ね……」
「うん。そうだよ」
震えを隠せてないその言葉に、僕は何でもないことのように返した。
凜さんは酷く顔を真っ青に染めると、一層震えがひどくなった唇を動かす。
「い、いつから……?」
「十年前だよ」
「……十年。それって陽のお母さんが……」
「そう、離婚した時辺りだね。父さんの浮気で」
「…………っ」
凜さんは何かを堪えるようにグッと下唇を噛み締めた。
なずなのことをよく知る彼女のことだ。その時にどんなことが起こったのか、なずなが僕に何をしてくれたのか、よくわかるはずだ。
でも、貴方が何を思うが全部終わったことだ。
そう……たった今、今日、全部が終わったことだ。
「でも聞いてたなら知ってるでしょ? なずなは洸太郎が好きなんだ。あの子は一度振られたくらいで諦めるような子じゃないよ」
「それでいいの……? 好きな子が、他の人のところに行っちゃうんだよ……?」
自分は耐えられないとでも言うように、まるで自分のことのように眉を顰める凜さん。
「いいって、何が?」
何を言っているのかまるで分らない。
全て僕のためにやってことだ。
いいも何も、僕はなずなのことを心の底から思ってやったことじゃない。
「好きな人に幸せになってほしいって思いは、間違ってるのかい?」
「間違ってないっ! ……間違ってないけど……」
悲し気に笑ってみせると、凜さんは咄嗟に身を乗り出して否定するが、僕の顔を見ると眉を下げベンチに座り直した。
「……それは、嘘よ」
そして、顏を俯かせ、独白するように。
「意味が分からない。何も嘘はないよ。僕は本気でそう思ってる」
「絶対嘘! 本当にそう思ってたら……そんな悲しそうな顔してないよ」
凜さんは悲痛に嘆いた。
悲しそうな顔……? そんなわけない。
確かに好きな人が好きになった人であってほしいというのも、みんな一緒に居たいというのも僕の事情だが、極めて自然な願いのはずだ。
何よりなずなに、なずなのまま幸せになってほしいという思いに嘘はない。
それをどうして、貴方が嘘だなんて言えるのか。
「こんなに頬が緩んでるのに何でそんなこと言うんだい? 何を以て?」
「そんなの、見ればわかるよ……わかるに決まってる」
「…………」
断言。凜さんはわかりやすく微笑む僕を確然とした目で見た。
わかるに決まってる、か。
答えになってない。なってないけど……。
「ホントは、ショックだったんでしょ……? なずなが洸太郎に告白して……」
「そんなことはないよ。もう何年も前から知ってたからね。覚悟もできるさ」
「覚悟ができることと実際に見て感じることは別でしょ……?」
気遣うように柳眉を寄せる凜さんは、飄々と肩を竦める僕に騙されてはくれなかった。
……そこまで見られていたとは、思わなかったな。
なずななんて馬鹿みたいに正直に信じて走っていったのに。
それでも突き放さなければならない。そうでなければなずなにしたことの意味がなくなる。
「それで? だから何? もしそうだったとして凜さんにはあまり関係ないでしょ? もう終わったことじゃないか」
およそ心配してくれる友人に言う言葉ではない。
凜さんは僕のろくでもない発言に、一瞬傷ついたように悲し気に口を歪めた。
「それは……」
きっと何かを言おうと思っていたのだろうが、口籠り視線を彷徨わせる。
凜さん、貴方も僕と一緒だよ。
結局何も言えない。関係が変わることを恐れて本音を出せない。
そう、思っていた。
「——ッ」
凜さんは、何を思ったのか突然立ち上がると、僕の目の前に立った。
「どうしたの?」
「………さっき言ってたでしょ? 好きな人には、幸せなってほしいって」
真っ直ぐ僕を見る凜さんとしっかりと目を合わせると、彼女は一瞬動揺に瞳を揺らし、頬を紅潮させていく。
「うん、言ったけど……」
「わ、私だって陽には悲しい顔してほしくない……っ」
「——っ⁉」
凜さんの緊張で強張りながらも必死に吐露したその言葉に、僕は大きく目を見開いた。
……うそでしょ。
そう思っても、もう止められない。
真上に上がった満月は明るい彼女の髪を照らし、はっきりと僕に凜さんの表情を叩きつけてくる。
目尻に涙を浮かべ、紅が指した頬をぐっと持ち上げ、そして凜さんは、
「だって、私は———貴方のことがずっと好きだったもの!」
咄嗟に手を伸ばした僕に、はっきりとそう叫んだ。
「うん———」
凜さんは一転して真っ赤に染めた表情を浮かべ潤んだ瞳を揺らし、その中に表情を無くした僕を映していた。
———ねぇ、なずな、洸太郎。
もう、無理のようだ。そして、淡い期待だったようだ。
四人一緒はやっぱり絶対に無理だよ。
だって、なずなが洸太郎を好きでも洸太郎が受け入れることは、どうしても考えづらい。
何故なら、洸太郎は実の姉である凜さんのことを、愛してるのだから。
そしてその凜さんが僕のことを好きでいる以上、この歪んだ関係が明確になった時点で綺麗な姿を失い、ドロドロとした気味の悪い何かに変じていく。
(ああ、ほんと、余計なことをしてくれたね、なずな、凜さん)
こんなことを思う僕は、きっと地獄に落ちるだろう。
「凜さん、僕はね———」