レイナと迷子とアルケの街
「オークの解体が出来ないの? それとも体調が悪いとか?」
「……どっちも?」
気分は悪いしオークの解体? に至っては意味が不明だ。まさか捌くのだろうか。
「じゃあ私が解体しようか? 体調はこの薬草を……」
私が困っていると思ってか、少女が色々世話を焼こうとしてくれる。
「いや、薬草は大丈夫……解体はお願いしてみようかな」
「うん、わかった!」
アイシェは笑顔でそういうとオークの死体に向かって走り出す。
あんないい笑顔で巨大な豚の魔物に走っていく絵面は中々にシュールだ。
「はあ……まさか本当に異世界とかじゃないよねえ」
アイシェには聞こえてないだろうし、聞こえても意味が分からないだろうから一人ごちる。
これが異世界転生だったら由々しき問題だ。
何せほら、えっと、何。あれ?
私は元の世界に残して来たものについて考えて、ふとあまり問題が無いことに気づく。
元の世界の私は半分以上機械に生かされている身体で自由も無く、心配なのは私に良くしてくれた叔父さんくらいだがそれでも新しい人生を得られたと考えたら案外悪くない?
私がそんなことを考えていると、走って来る足音が聞こえる。
「お姉ちゃん、解体終わったよ」
「え、もう? 速いんだね」
「えへへ、そうかなあ」
思ってたより長いこと考え込んでいたのか、それともアイシェの解体スキルが高いのか、一般的にそんなものなのか……まあとにかくアイシェの笑顔が見れてるし、いいとしよう。
「それで、レイナお姉ちゃん」
「うん?」
レイナお姉ちゃんか、良い響きだね。
「解体したオークは売るんだよね?」
「え? あー。うん、そうだね」
よくわからないけど話を合わせる、駄目な日本人らしさが出てしまった。
「それじゃあ町まで一緒に行ってもいい?」
「うん? いいけど」
それは願ったり叶ったりだ。こんなわけわからない森の中で一人とかシャレにならない。
「それで、解体したオークなんだけど」
「あー、どうやって運ぼうか……」
オークの体積は結構ある。女手二つで持っていくには手に余る。
……そういえば。
「アイテムボックス」
「?」
私がシステムコールするとアイテムボックスが開いた。おお、素晴らしい。
これは絶対異世界チートの範疇だね。所謂何でも入るボックスだね。
しかしどうやって収納すればいいんだろう?
「インベントリにオークを収納」
試しに言葉にしてみるとオークがインベントリのウィンドウがあった辺りに吸い込まれて行ってインベントリに『オーク=解体済み』と表記されたアイテムが表記されている。
うわあ、便利~。
「え、え?! お姉ちゃん何をしたの?!」
「え、あー、魔法、的な?」
上手く誤魔化す方法を思いつかなかったのでうっかり適当な事を言ってしまった。
ちゃんと言ったら伝わるのかな? この世界……この状況の一般的反応がわからないから困る。
「魔法でそんなこともできるんですね」
「ま、まあね」
とりあえず今は魔法ってことにしておこうと思う、面倒だから。
「それじゃあ街に行こうか」
「あ、はい!」
とはいえ私は道なんて知らないのでアイシェの歩幅に合わせる感じで上手く一緒の方向に歩いて行く。
まさか知りませんなんて言ったらここが異世界なら怪しまれるかもしれない。
そんな常識も知らないの? 貴女何者? なんてなりたくない、面倒くさい。
「それにしても私、エルフの方を初めて見ました」
「え?」
エルフ? 私が……?
そう思い耳に手を当ててみると……え、長い。嘘。
「エルフの方って美形が多いって聞いてたんですけど、本当にお綺麗なんですね!」
「えあ、あ、ありがとう」
余りの事に変な声が出た。
なんで私エルフ――恐らくハイエルフ――で転生してんの?!
「私も大きくなったらレイナお姉ちゃんみたいに綺麗で強いカッコイイ大人になりたいです」
「きっとアイシェならなれるよ、うん」
見た目も可愛いし解体も上手なんだろうし、きっと将来はナイフとか剣を自在に操れるようになる、と思う、多分。
まあ私の場合ソードビットって言うチート装備使っての不意打ちからの瞬殺だからあんまり私みたいになれると思われても困る気がするけど。
「それにしてもアイシェはあんなところで何してたの?」
「そ、それは……」
事情を訊くと。なんでもアイシェのお母さんが病弱で父は他界、そんな中妹二人を養う為に薬草採取の仕事に来たところ、あの場違いなオークに襲われたらしい。
「この辺りでオークは珍しいんだ?」
「そうですね、この辺りは初心者冒険者の狩場ですから、弱い魔物ですらほどんど出会うことはありません」
「今の言葉だとオークが強い魔物って聞こえるんだけど」
「強いですよ、とっても強いです。初心者が出会ったら必ず逃げるように言われているくらいですから」
「そ、そうだったんだ」
それを瞬殺した私って一体。
「でもレイナお姉ちゃんみたいな強い人に出会えて幸運でした」
「あははは、どうも」
素直に褒められるというか、喜ばれると照れるものがある。
「そういえば、レイナお姉ちゃんは森で何をしてたんですか?」
「えっと」
ヤバいどうしよう。気づいたら森の中で目が覚めましたとか言えないし。
かといって迷子って言うのもなんとも気恥ずかしい……うーん。
「ちょっと散歩を……ね」
「お散歩ですか。エルフの方って自然を愛するって聞いてたけど本当なんですね」
「うん」
いや、ホントは全然そんなことないんだけど、うまく説明できない以上、勘違いしてくれてるならそれに乗っておくべきだよね。
騙しているみたいで気は引けるけどさ。
その後も私達は他愛ない話をしながら街へと歩いて行った。
しばらくすると目的の街らしきものが視えて来る。
「あれが街か~」
「? レイナお姉ちゃんはアルケの街を知らないの?」
「あ、……うん、ちょっと遠くから来たからね」
「そうなんだ?」
散歩に行くのに遠くに来ましたっていうのもおかしな話だけど、なんとか誤魔化せているみたいだ。
街はといえば、外観は西洋風、いかにも異世界ファンタジー丸出しな感じだ。
よくみればお城のような大きな建物まである。まさか街といいつつ城下町ってオチかな。
「あの、レイナお姉ちゃんは街の入り方は……知ってるよね?」
「え、入り方とかあるの?」
そんなの知るわけがない。どんな入り方だろう。壁を上るとか?
というかそれ以前にまずはこの物騒なソードビットをしまうところからだろうか?
「門番の人にステータスカードを見せるんだけど、持ってるよね?」
「……」
持ってないですとは言えない。かといって代わりになるモノも……お?
そういえば私のステータスって確認できるのだろうか。
「アイシェ、ちょっと待ってくれる?」
「うん? いいけど」
私は街に入る前に準備としてできそうなことをやってみる。
「ステータス」
私がシステムコールをするとステータスが空中に表記される。
レベル100……ゲーム内のステータスのままだね。
あ、ついでにソードビットをインベントリに入れて……。
「レイナお姉ちゃん?」
「あ、えーっとアイシェにはこれって見えるかな」
私は確認の為にステータス欄をアイシェの前に移動させてみる。
「? 何かあるんですか?」
「見えないかあ」
困った。これではステータスカードとやらを調達するところから始まってしまう。
「あ、でも、カードがない人は門番さんのところで発行して貰えるって聞いたことがあります」
「そうなの? それは助かるね」
そういう事なら問題無さそうだ。唯一問題があるとしたらステータスとかいう極秘情報を確認される可能性くらいだ。
そういえば私の強さってこの世界ではどのくらいなのだろう。
うーん、考えても答えは出ないし、出たとこ勝負ってところかなあ。
そんなことを考えながら歩いている間に、遂にアルケの街の門についてしまった。
「ステータスカードを」
「はい」
アイシェは言われた通りにステータスカードを出す。
「朝出かけて行った嬢ちゃんだよな。そっちのエルフは?」
「あ、レイナお姉ちゃんは森の中でオークに襲われていたところを助けてくれたんです」
「ども」
私は軽く会釈をすると門番も頷く。
「それではそちらのエルフもステータスカードを」
「持ってないので発行していただけませんか?」
「持ってない?」
「田舎から出てきたもので、そういった物を持っていないんです」
完全に口から出まかせだけど、大丈夫かな。
散歩だとか遠くから来たとか、適当な事ばかり言っている気がするよ。
「そうか、なら銅貨100枚だな」
「あ、はい」
言われて私は返事をしたものの金があるかどうかを考えた。
お金……持ってる??
「ちょっと失礼……」
私は門番に背を向けるとこっそりとインベントリを開いた。
お、よく見るとゲームの時に持ってた全額を所持している、これなら結構な大金なんじゃないかな?
「銅貨100枚っていうと、えー、このくらいですか?」
私は分らなかったのでとりあえず元の世界のPASM〇が500円なのを参考に500リーネを出した。
リーネはゲーム内の通貨だったけど、ここで使えるのだろうか。
というか銅貨100枚と言われたのに500出すのはおかしい?
「ちょっ!! 嬢ちゃんそんな大金人前で出すもんじゃない!!!!」
「え」
っていっても高だか500リーネだ。初心者でもすぐに稼ぎ出せる正直言えばはした金という奴だ。
「この硬貨一枚で十分だ! むしろお釣りが出るくらいだぞ? まったくどんな田舎から出て来たんだ?」
「アハハハハハ……」
乾いた笑いしか出てこない。まさかこんなところでいきなり無自覚無双――金銭だけど――を行うことになろうとは。
「それじゃ、カードを発行するに当たっていくつか説明するぞ?」
「あ、はい。お願いします」
その後私は門番さんからいくつかの注意や説明を受けた。
まず、再発行には銀貨1枚必要になってしまう事。
ちなみに銅貨1000枚で銀貨一枚分だから10倍の値段だ。なくしたら大変だね。
次に盗まれた場合これも直ぐに再発行すること。
次にステータスは基本人には見せない方が良いこと。――これは門番にも同じで門番さんもステータスの詳細までは見ない決まりらしい――
ステータスの詳細は本人が魔力を通さないと見れない事。
最後にこのカードは何処に言っても身分証明になるので大切にすること。
そんなところだった。
「人によって魔力の波長が違うから見れないんだ……へぇ」
不思議な物だ。世界中探したら誰か一人くらい同じような波長で見えちゃう人とか出てきそうなものだけど、そういう話はないらしい。
「それじゃ、気を付けてな」
「街中なのにですか?」
「エルフは高く売れるからな。奴隷商に狙われるかもしれん」
「こわっ」
何それ怖いんですけど。ロクな街じゃないんじゃないのここ。
「取り締まりはしているが、未だに奴隷の密売は無くならないようだ」
「そうなんですね」
これは忠告に感謝だ。なんて怖い世界なんだろう。
「ご忠告ありがとうございます。気を付けます」
「そうしなお嬢さん」
そんなこんなで、遂に初、異世界の街に足を踏み入れた私。
異世界ファンタジーの王道な街並みとはいえ、日本に無い景色なだけに新鮮味はバッチリある。
転生? 前の私の体は13の頃から動かなかったからやはり新鮮だ。
そういえば今の私の年齢っていくつの設定なんだろう。現実的には16のハズだけどアバターのハイエルフは数万年生きたエルフが転生の儀を行う事で成れる特殊な種族だ。
そう考えると私って数万と何歳になるの?? やだやだ、考えないようにしよう。
「レイナお姉ちゃん、ここまで一緒にありがとうございました!」
「え、あ。そうだよね、うん、私の方こそありがとうね」
私達はそれだけ言葉を交わすと別々に行動することになる。
これが異世界転生物なら初めて会ったキャラはその世界のガイド役というか、俺TUEEEの見届け役とかだったりするんだろうけど、あの子とはここまでのようだ。
さて、とりあえず宿でも探さないとね、後今後も考えれば職も必要だ、あるなら冒険者とかにでもなるのが一番手っ取り早そうだね。
ご読了ありがとうございます。
この次辺りから内容が変わってきます。