1話「楽しかった頃もあったけれど」
「婚約できてうれしいよ、ベルリーズ」
「はい! 私もです」
あれはいつだったか。
今から数ヶ月くらい前か。
私ベルリーズ・ムーンは、新興領地持ちの家の子息である青年モルティンと婚約した。
あの頃は毎日がとても楽しかったし、彼と共に歩めると思うだけで明るくなれる気がしていて。これからきっともっと良いことがある、そう真っ直ぐに思えるくらい、未来というものに夢をみていた。
思えばあの頃は幸せで、それと同じくらい愚かだった……。
◆
「ベルリーズ、君との婚約は破棄とする!!」
モルティンからそう告げられたのは、ある春の日だった。
その時は驚くくらいいきなりやって来て。
言葉を失ってしまった。
何も言えなくなってしまった。
「え……えと、それは、一体……?」
「だから、婚約破棄すると言っているんだ!」
「ええっ」
まだ驚きの余韻が残っている。
まともな言葉は紡げない。
想定外のことを言われてしまった衝撃というのはかなり大きい。
「理由はただ一つ、君に飽きたからだ」
「飽きた……」
「そういうことだ! いいか? 分かったな?」
「……信じられません、いきなり過ぎませんか」
「まぁ確かにいきなりではあるな。ただ、だとしても、俺は君とはもうやっていきたくない」
この国の人間というのは大抵金髪だ。けれども私は美しい金髪ではなく薄めの茶髪で、やや地味な外見。――だからかもしれない、飽きられてしまったのは。
でも、だとしても、こんなことになるなんて夢にも思わなかった。
まさかいきなり捨てられることになるなんて……。
「だからこれで縁は切る。さようなら、ベルリーズ」
モルティンは私を切り捨てた。
冷ややかな笑みを浮かべながら。
こうして、私たちの関係は終わりを迎えてしまったのだった。
その後実家へ戻った私は両親や妹ミレナにその話を聞いてもらうことに。
「なんてことだ……」
「信じられないわ……」
父も、母も、話を聞いて驚いているようだった。
「まさか婚約破棄されるとは。それも喧嘩したでもないのに。何があったのか謎だしそれは納得できんな」
「そうよね」
そこへ口を挟んでくる妹。
「本当ですわ! いきなり婚約破棄するなんて、あり得ませんわ!」
二つ年下の妹ミレナ、彼女は私とは違い美しい金髪を持っている。
そして顔立ちも愛らしい。
黙って立っているだけでも人の目を惹きつけるような華やかな娘だ。
正直なぜ私と姉妹なのか理解できないくらい。
「お姉さま! 気になさらないで! 婚約破棄されたからって落ち込むことはありませんわ」
「ミレナ……ありがとう」
「お姉さまは素晴らしい女性ですもの、きっとより良いお相手が見つかるはずですわ。きっと! そうなると思いますの!」
「そう、そう言ってもらえると嬉しいわ」
「ええ! お姉さまにはきっと相応しい殿方がいらっしゃるはずです!」
……相応しい殿方?
少し不自然な言い方だな、とは思ったけれど。
でも気にはしなかった。
励ましてくれているのだと思っていたから。
彼女の心に何かあるのでは、なんて、欠片ほども思わず――それからの日々を過ごしていた。
だが。
「モルティン様! 今日はお会いできてうれしいですわ!」
「ああ、誘ってくれてありがとう」
ある日、家からそう離れていない街にて、モルティンとミレナが一緒にいるところを目撃してしまう。
ミレナは良い妹だと思っていた、なのに……。




