4-08 宇宙戦艦アンタレス 反撃の狼煙
共和国宇宙軍所属のブライアン・ハンター中佐は最新鋭宇宙戦艦の副長に着任した当日、同艦の停泊する基地が連邦の奇襲攻撃を受けた為、右も左も分からないまま実戦での指揮を任される事となった。
そして、これが後に『第2次星間大戦』と呼ばれる事になる共和国と連邦の全面戦争の始まりだった。
銀河歴205年10月37日 首都星標準時0945時
アルファ星系 共和国軍宇宙艦隊基地
敵として1年半に及ぶ戦争までした連邦との国交正常化70年を記念する合同観艦式が共和国の首都のある惑星で行われる当日、共和国宇宙軍士官のハンター中佐は同じ星系内に多数が点在する小惑星の1つにある共和国最大の宇宙艦隊基地を訪れていた。
「本日付けで当艦の副長に着任したブライアン・ハンター中佐だ。よろしく頼む」
同基地に停泊中の最新鋭宇宙戦艦『アンタレス』の重力制御が行われている艦内を歩いて艦橋へとやって来た中佐は、自動で開閉する気密扉を抜けて航海指揮区画へ入るなり姿勢を正して当直の士官達に向かって敬礼をしながら着任の挨拶をする。
「ところで、艦長は……」
「艦長は緊急の呼び出しがあって艦を離れています。なので、先に主要クルーの紹介をするよう命令を受けています」
ここで艦長が待っていると勝手に思っていた中佐が傍らにいた案内役の下士官に尋ねると、彼は事情を簡単に説明してくれた。
「そうか。では早速、始めてくれ」
そう言って中佐が促した時だった。突然、緊急事態を告げるけたたましい警報が鳴り響き、艦橋内にいた全員に緊張が走る。
◆
同時刻
共和国宇宙艦隊基地司令部
当直士官からの報告を司令官室で受けた基地司令は即座に基地全体へ警報を発したものの、実際には彼らも正確な状況を把握できずにいた。
「第4惑星の統合参謀本部との通信は!?」
「ダメです! 繋がりません!」
「呼び出しを続けろ!」
「了解!」
その後、基地司令が大急ぎでやって来た基地内の作戦指揮センターでは他基地との通信が遮断された事や早期警戒システムの異常などの対応に追われ、基地司令が入室した事さえ気付かない者がほとんどだった。
それも仕方のない事だと割り切った彼は、自分の席に座ると生体認証でコンソールのロックを解除して空中投影ディスプレイを起動し、AI(人工知能)が優先度の高い順に並べた情報に目を通しつつ必要に応じて命令を出して状況の把握と事態の収拾に努める。
「接近中の飛行体群の光学映像、メインモニターに出します!」
「まさか……!」
オペレーターの声に釣られて作戦指揮センター正面のメインモニターに映し出された物体を見た人物が驚愕の表情と共に声を上げた。なぜなら、そこには合同観艦式を行っているはずの連邦宇宙軍で使用されているのと同じ宇宙用UAV(無人航空機)の集団が映っていたからだ。
もちろん、同型だからといって連邦宇宙軍所属だと決めつける訳にはいかないが、テロ組織が運用するには高価すぎる上に共和国の支配領域の奥深くにまで侵入させられる組織も限られている。
また、タイミングから考えて基地の通信網や早期警戒システムに対する大規模な電子攻撃も同じ連中の仕業だろう。そして、これらの状況証拠から導き出される結論は連邦による軍事侵攻だった。
「対空戦闘システム起動! 迎撃戦闘、始め!」
「対空戦闘システム起動! 迎撃戦闘、始め!」
覚悟を決めた基地司令が命令を発すると副司令が復唱し、それを受けて全員が一丸となって事態に対処すべく行動を開始する。
「EMP防空システム作動! 目標、敵第1群!」
「了解!」
防空部隊の指揮官が指向性EMP(電磁パルス)を利用した防空システムでの迎撃を命じ、担当オペレーターが自分の席にあるコンソールを操作してシステムを稼働、ディスプレイ上でより多くの目標を攻撃範囲に収めていく。
その特性上、UAVは有人機に比べて機体サイズやRCS(レーダー反射断面積)が小さく、1度に飛来する数も多い事から広域防空を担う対空ミサイルとは相性が悪いのだ。
「EMP照射開始!」
「照射開始!」
そして、指揮官の命令でオペレーターがシステムに発射許可を与えると基地の各所に設置されたEMP防空システムが実際に動いて目標を捕捉、コンピューターが自動で照準を微修正しつつ最適なタイミングで照射した。
「EMP効果なし! 目標、なおも接近中!」
ディスプレイ上で目標を示す光点を見ていたオペレーターが叫ぶ。このUAVには対EMP処理が施されていたらしく、電子回路に受けた過負荷でシステムに異常をきたした数機が撃墜されたものの大多数の機体は何事もなかったかのように飛行を続けていた。
「EMP停止! 全近接防空システム、自動迎撃モードで作動! 各個に目標を攻撃しろ!」
「了解!」
防空部隊指揮官の命令でオペレーターが素早くコンソールを操作し、迎撃方法をEMPによるソフトキルから多数が配備されたRAM(近接防空ミサイル)・対空パルスレーザー・CIWS(近接防御火器システム)によるハードキルに切り替えた。
「ミサイル接近――、いえ、着弾します!」
「なんだと!?」
その時、どういう訳か正常な状態に戻っていた対空レーダーの捉えた索敵情報を空中投影ディスプレイで見ていたオペレーターが警告すると、誰かが聞き返した直後に爆発と思われる連続した振動が作戦指揮センターにまで伝わってくる。
実は、多数のUAVとは別に連邦のステルス戦闘機編隊も接近しており、電子攻撃を解除するのと同時に各機がEMP照射装置を狙って極超音速ARM(対レーダーミサイル)を発射していたのだ。
これは射程は短いが、1度標的をロックすれば目標が作動を停止しても直前まで捕捉していた電波発信源に誘導されるため固定目標にとっては回避困難な兵器だった。また、飛翔速度が極超音速という事もあって各種近接防空システムでは対応できない。
「EMP防空システム、稼働率が30%に低下!」
担当オペレーターの切羽詰まった声が響く。だが、そうしている間にも別のステルス戦闘機編隊が基地上空に高速で侵入すると、それぞれの担当範囲に分かれて稼働を始めたばかりの近接防空システムを狙って対空兵器制圧用の誘導クラスター爆弾を投下していた。
このクラスター爆弾は内部に納められている子弾の数こそ少ないが、個々の子弾に誘導装置が備わっており、自前の捜索/追尾/照準レーダーを持つ自律型の近接防空システムが出す電波を捉えると一瞬だけ加速(真空なので充分な速度になる)して目標へと向かう。
もちろん、何発かは近接防空システムに撃墜されたが、それでも基地全体の防空網に深刻な損害を与えるのに充分な数が撃墜を免れ、子弾が1発でも着弾すればモンロー/ノイマン効果を利用した弾頭は確実に対空兵器1基を破壊していた。
◆
警報から5分後
宇宙戦艦『アンタレス』CIC
ハンター中佐を始めとする艦橋要員は万が一の事態に備え、全員が宇宙服を着用してCIC(戦闘情報センター)で配置に就いていた。
「こちらは副長のハンター中佐だ。艦長不在のため今回は私が指揮を執る。総員、ただちに出航準備に取り掛かれ。以上だ」
彼は艦内放送でクルー全員に事情を伝えた上で出航準備を命じ、空席になっている艦長席に一瞬だけ視線を向けてから自分の席に腰を下ろして気を引き締める。
そこには着任直後に実戦での指揮を任されたという緊張感に加え、建造の遅れで艤装の一部が未完成(だから観艦式には不参加)のまま出撃する事への一抹の不安があったからだ。
「緊急対応マニュアルにて機関始動。外部電源、接続確認」
「外部電源の接続を確認。システムチェック、全て問題なし」
「機関始動」
「機関出力5%、10%、30%――、95%、機関始動!」
それでも機関長指揮の下、機関員達は手際よく作業を進めて艦のエンジンを始動させる。同時に艦内システムを動かす電力も自力で確保できるようになったので、航行システムや火器管制システムを起動させて出航準備を整えていった。
◆
攻撃を受けてから10分後
作戦指揮センター
基地司令は次々と入ってくる戦況報告を険しい表情で聞いていた。
「戦闘機隊の損耗率が70%を超えました! 航空優勢が失われます!」
「第21駆逐隊、全艦轟沈! 第22駆逐隊、轟沈3!」
「G54区画で侵入してきた敵と守備隊が交戦中! 敵は戦闘用強化外骨格を装備した特殊部隊、こちらの装備では歯が立ちません!」
そして、ここが潮時だと判断した彼は全員に聞こえるよう大きな声で命じる。
「コード999を発令する!」
その声が聞こえた途端、ほんの僅かな時間だが室内の騒々しさが消えた。なぜなら、それは基地を放棄して脱出するという命令だったからだ。
◆
5分後
宇宙戦艦『アンタレス』CIC
ハンター大佐はストレスで胃がキリキリと痛む感覚を味わっていた。あの後、基地司令からの最後の通信で『アンタレス』が脱出艦隊の旗艦に指定され、基地内を移動中に戦死した艦長に代わって大佐に昇進した上で新艦長兼艦隊司令代行に任命されたからだろう。
最新鋭艦という事でイージス宇宙巡洋艦と2隻のイージス宇宙駆逐艦が直衛に就き、戦闘機隊の援護も優先的に受けられたので今のところは被弾していない。だが、艦自体は未完成で乗艦するクルーも定数を下回っていて不安が残る。
「こちらは艦隊旗艦の『アンタレス』だ。これより敵包囲網を強行突破して当星系を脱出する。艦隊各艦は我に続け!」
それでも彼は艦隊司令らしく堂々とした口調で艦隊内通信を使って各艦に呼びかけ、艦の航路を恒星系外縁部に設定した。しかし、その航路上には連邦が派遣した2隻の宇宙戦艦を中核とする打撃艦隊と大型宇宙空母を旗艦とする機動艦隊が待ち構えていた。