4-05 君が歌う、僕の詩。
クラスのトップカーストグループに位置していながらも、密かに趣味で小説を書いていた貴水優李は、とあるガールズバンドのボーカル『touka』のお願いでオリジナル曲の作詞をすることになる。
最初はメンバーにその存在を認められず、関係性に苦戦するも次第に打ち解けていく優李。
しかし、ガールズバンド『super are ignis』が向かう先には圧倒的な才能が立ち塞がっていた。
絶頂の人気を誇る若手女性歌手の『燈火』(あかり)。
『super are ignis』のバンドメンバーは燈火と少なからず何かしらの因縁があった。
音楽素人の優李は、自分の書く歌詞でどこまで才能に近づけるかを模索する。
周りが羨むような環境も、望んでいるものと違えば苦痛でしかない。
それでも、笑って受け入れている。ただ流されるままに。
だから僕は、自分を物語の中に閉じ込めた。
朝登校して教室のドアに手を掛ける。鬱屈な心境とは裏腹に、自然と笑顔が張り付いていた。
「みんな、おはよう」
僕は手を挙げてクラスメイト達に声をかける。
「お、貴水。おはよう」
僕の挨拶に真っ先に返したのはクラスの中心である佐藤。爽やかなイケメンだ。
「うぇ~い。今日も一日ヨロシクぅ!」
佐藤の隣にいた鈴木も小うるさい笑顔で返す。クラス一のお調子者。しかしイケメンだ。
「はぁ……鈴木、朝からそのウザいテンションどうにかなんないワケ?」
イケメン佐藤に吸い寄せられるようにクラスのギャルの篠倉が加わる。
「あー確かに。ちょっとウザさあるよね」
篠倉に連れ添うような形で山田も話に参加する。ギャルではないがかなり垢抜けた子だ。
「鈴木は構うと調子に乗るから放置が安定だよ」
そして、僕こと貴水優李は自然な流れでこの四人の輪の中に入っていく。
クラスのカーストトップグループ。クラスメイトの僕たち五人に対する認識はそんなとこだろう。高校に入学して半年が経った今、僕が獲得していた立ち位置だった。
思えば中学の頃から僕はクラスの中心的な人物と共にいる機会が多かった。理由は単純で僕のこの生まれ持った髪色のせいだろう。両親とも純血の日本人だというのに髪の色素が薄い。比較的明るめの茶髪だった。
こんな髪色で過ごしていると、どうしてもチャラい奴に見られやすい。否定することもせずに話しかけてくる相手に合わせているとこのような立ち位置に落ち着いてしまうようだ。
場の空気を読んだり相手に合わせることは得意だった。だから自ら進んで今の立ち位置を崩すような面倒な真似はする気はない。しかし――――。
「なんだよ優李ぃ~! 放置とか寂しいこというなよ~!」
鈴木がふざけて僕の肩を軽く押す。力は強くなかったが、バランスを崩してしまった僕はよろけて一人の女子とぶつかった。
「あ、ごめん。大丈夫?」
僕が声をかけると彼女は黙って俯いたまま自分の席へ移動した。
「……大丈夫かな?」
「はあ? あんな地味子気にしなくてもよくない?」
ギャルの篠倉が吐き捨てるように言う。
ぶつかってしまった女子は朝倉透歌さん。黒縁の眼鏡に長い三つ編みをしている見た目からもかなり地味な印象の子だ。普段も誰とも関わらず、自分の席で本ばかり読んでいる文学少女。
たまに思う。朝倉さんの立ち位置こそが、僕にとっては羨むべきものだと。
そんなある日、いつもの五人でカラオケに言った。流行の曲や人気のボカロ曲が次々と選曲されていく。一応僕も付き合いで歌えるようなレパートリーはいくつか持っていたが、ただそれだけ。さして興味を持っているわけではない。
そして今日は、いつもに増して早くこの場から離れたい気分だった。
そして苦痛な時間が終わり、五人で駅へ向かった。
「はあ~やっぱ音楽いいわ~~、バンドしてぇ~~」
テンションが高いままの鈴木が唐突に言う。
「楽器は苦手だけどバンドに憧れる気持ちは分かる気がする」
「だろ!? これ俺らでバンド組むしかなくね!?」
佐藤と鈴木の軽快なやり取りを、僕は横目で聞く。バンドを組むなんて勘弁して欲しい。そんなものに興味はない。
「なあ、優李はバンドやるとしたらなにやりたい? 俺、絶対ギター!!」
鈴木が僕に話を振る。
「まあ、そこはギターでしょ」
「じゃあ俺もギターだな」
佐藤も僕に続いた。
「なんだよそれ~~!! ギター三人なんてバンド成立しないだろ~~!!」
項垂れる鈴木を見ながら僕らは笑い合う。
「はあ……男子ってそういうの好きだよね。私は絶対パス」
ギャルの篠倉がため息交じりに割って入る。
「私もパス、かなあ……」
少し名残惜しそうに山田も続いた。
「え~~なんだよ~~! 二人には華のボーカルやってもらうつもりなのに!!」
「はあ!? ふざけんなし!! あんたの妄想に私を巻き込むな!」
篠倉が鈴木をどつく。早く終わってくれないかな、この茶番。
そして駅に着き、乗車線が違う僕は四人に別れを告げた。
四人の姿が見えなくなったのを確認すると、僕は来た道を小走りで戻っていく。そのまま目星をつけていたチェーンの喫茶店へ駆け込んだ。
店内を見渡す。ざっと見た感じ同じ学校の生徒は居なさそうだ。一人だけ同年代くらいの女の子がいるけど、ツインテールの髪型に全身黒を基調にしたパンクファッション風の格好をしている。どうも地雷臭がする感じだがうちの学校では見かけない顔だ。
だったら問題ないと僕は窓際のカウンター席に座る。そしてバッグの中から薄型のノートパソコンを取り出しWord開いた。
頭の中にある文字列をひたすら打ち続ける。僕が書いているのは小説だ。
5人でカラオケに行っている間もずっと頭の中を巡っていた物語。家に帰るまで待てなかった。スマホで書くこともできるけど、どうしてもキーボードの執筆速度に頼ってしまう。
僕はひたすら物語を書き連ねた。
そして数千字の短編を書き終えるといつものウェブサイトへ小説を投稿した。そして椅子の上で軽く伸びをする。
周りの顔色を窺って、合わせて生きていくのは窮屈だった。
それでも、我を通して得る自由よりは生きやすかった。
だからこそ、自分の思い描いた物語を書いている時間だけが、僕が僕らしくいられる唯一だ。
投稿作業を終え一息つくとトイレに行くのに席を立った。
ウェブに投稿しているが、僕の物語を読んでくれる人は殆んどいない。PVだっていつも一桁だ。それでもこうして書き続けるのは、必ず読んでくれる人がいるからなのかもしれない。
いつも評価を入れてくれる、名前も知らないただ一人に。
トイレから戻ってくると、店内にいた地雷系女子が僕のパソコンを覗き込んでいる。
まずい。ロックを掛け忘れた。パソコンには小説を投稿した画面が映し出されたままだった。
しかしあんな格好の女の子が僕の書いた小説に興味があるわけがない。そう高をくくって席に向かうと女の子はこちらを向き、真剣な眼差しで言った。
「私のために歌詞を書いてください!」
「は???」
何の脈絡もない唐突な申し出に言葉を失う。
「ずっと前から思ってたんです! この人の書いた詞を歌ってみたいって! 小説としてはイマイチなんだけど、何にも縛られない自由さがとっても好きなんです! こういうのは絶対私には書けないなって!」
「小説としてはイマイチ……」
どうしてもその部分だけが耳に残ってディスられた気しかしない。
「じょ、冗談ですよぉ! ちゃんと小説としても面白いです! そ、それにホラ! 私、全部の作品に評価入れてますし!!」
そういいながら僕の作品ページを開いたスマホの画面を僕へ向ける。
僕の小説に評価を入れてくれたただ一人がこんな女の子だとは思わなかった。きっと僕は、目の前にいるこの子のために小説を書いていたのだろう。奇跡的なこの出会いを素直に喜ぶことが出来ない。
「僕に歌詞を書いてくれって、どういうこと?」
「あ、私ガールズバンドを組んでいて、そのボーカルをやってるんですよ。といってもコピーばっかりなんですけどね」
見た目の雰囲気からしてそれはすぐに理解できた。
「それで今、どうしてもオリジナル曲を作らなきゃいけないんですけど、どうしても自分で歌いたいような歌詞が書けなくて……。小説とか読んでいろいろ参考にしてるんですけど、どれもピンとこなかったんですよ」
「それで、僕の書いた小説はピンときたと?」
「それはもうビビッと!! 作者が貴水くんだったのは驚いたけど!!」
そう言って女の子はしまった、という顔で視線を逸らす。
「……なんで僕の名前を知ってるの?」
「あー……えーっと……ご存じないかもしれませんが、私、朝倉透歌と言いまして……」
「え??? 朝倉さん!!??」
クラス最底辺の超絶地味子がこんなド派手なバンドガールなんて誰が思うだろうか。なかなか脳が理解の処理をしてくれない。
「これでも私のバンド、動画サイトで演奏してみた系の動画を投稿してるんですけど、登録者数も一万ちょっと超えてるのであんまり学校では目立ちたくないというか……他にもいくつか理由がありまして……」
「はあ、訳ありなんだね」
「だからこのことは内緒にしておいてください!! バレたら私、他のメンバーに怒られる!!」
朝倉さんは両手を合わせて懇願する。
「事情があるなら誰にも言わないよ」
そう言いながら僕は朝倉さんの横を通り過ぎ、静かにパソコンを閉じた。そのまま片付けの支度をしていると、朝倉さんはどこか不安そうな目でこちらを見る。
「それであのー……歌詞って書いてもらえます?」
パソコンをバッグに仕舞い伝票を手に取る。
「ごめん。バンドには興味ないんだ」
そうして僕は会計を済ませると、一人喫茶店を後にした。
自分の意思で何かを断るのは何度目だろうか。きっと片手で数えられるほどだろう。
複雑な心境のまま帰路に就く。
僕は作詞するために小説を書いていたわけじゃない。
だから分からなくなっていた。これから誰に向けて小説を書けばいいのかを。
それでも――あんな無下に断らなくても良かったかなと、少しだけ後悔した。