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4-03 婿養子先はド田舎でした ~都会っ子伯爵子息の、婚約者が居るから頑張れる畜農奮闘~

 この度俺・イーセリックは、豪農男爵家の婿養子になる事が決まった。

 相手はなんと社交界一の花、容姿はもちろん心優しく、優秀と名高いセフィリシナ嬢。

 一抹の不安を抱えつつも、心は浮足立っていたのだが、着いた先は思っていたよりもずっと田舎過ぎる土地で……?


 豪農男爵家の畜農生活は、田舎初心者にはかなりハード。

 でも「もう都会に帰りたい」と思う度に未来の嫁が可愛くて、チョロい俺の男心は息つく間もなく大忙し。


 過酷な畜農生活と癒し(婚約者)の間で俺が手に入れるものは何か。

 先天スキルも『不発』な上に平凡な俺が婿に来た事を、セフィリシナ嬢はどう思っているのか。

 そして父から言い渡された黒いミッション『懐柔し、我が領地への輸出物の値を全て下げさせろ』の行方は?


 婿入り畜農ほのぼの(?)コメディー、はじまります!

 暑い、疲れた、もう帰りたい。

 のどかな田園風景の中で流れる汗を(ぬぐ)いながら、思わず疲れたため息を吐いた。


 ルメルン男爵領へとやってきて、今日でちょうど一か月。それまでずっと都会の貴族暮らしだった俺がまさかこんな短期間で農作業に慣れる事が出来る筈も無く、既に昨日から筋肉痛第七波目と戦いながら生きている。


 ほつれかけの麦わら帽子に、泥に汚れたシャツとズボン。軍手までつけた今の俺を見て「あ、貴族だ」と思えるヤツは、きっとどこにも居ない筈だ。

 もちろん実家の伯爵家と比べれば少しは生活も変わるだろうと、覚悟はしてきたつもりだった。しかしまさか、生まれてこの方ずっと人に世話をされつつ生きてきた俺が世話をする立場に、しかも相手が人ですらないだなんて、一体誰が思っただろう。


「植物なんてほっとけば、勝手に育って実も成るだろうに」


 思わずこんな愚痴だって出る。


 辺りは一面見渡す限り、畑、畑、田んぼに畑。あとはたまに民家である。どこまでも続いている様に見える田畑を前に「もしかしたらこの作業、永遠に終わらないんじゃないか」と途方もない気持ちにさせられた。

 こんなの最早、拷問だ。あぁ帰りたい、もう帰りたい。

 既にやる気は空っぽどころか、マイナスにさえ傾いている。そうだ、ちょっとサボろう。良しサボろ――。


「イーセリック様ー」


 喜色交じりの優しい音色が、俺の耳朶をサラリと撫でた。少し辺りを見回せば、少し離れた所からこちらに手を振る人が居た。

 太陽に透けるような色白の肌。ほんのりとピンクに染まった唇に、スッと綺麗に通った鼻筋。深い碧眼が印象的な、二つ年上の女の子。

 照れ交じりに俺も手を上げて答えれば、ふわりと笑顔が深まった。より大きくなった手ぶりに麦わら帽子の下から覗くポニーテールのしっぽが大きく揺れている。

 

 あ、可愛い。


 ダイレクトにキュンとした。たったあれだけという事なかれ。男は誰しも大体チョロい。


「……よし、じゃぁ続きやるか」


 さっきまで重かった腰は一体何だったのだろう。体は筋肉痛も忘れ軽々とまた動き出した。




 俺がこの領地に初めて来た日も、とてもよく晴れた日だった。

 ピーヒョロロロロと鳴く鳥に、青い空に白い雲。にも拘らずあまり清々しい気持ちじゃなかったのは、多分尻が痛かったからだ。

 スプリングが意味を為さないくらいの悪路なのか、それとも当てがわれた馬車が嫌味なくらいの年代物だからなのか。さっきからずっとガッタンガッタンと馬車が縦揺れするせいで、心はすっかり低空飛行だ。


「こんなに田舎だったか? ルメルンって」

「国内屈指の農業地帯ですから」

「そうは言ってもなぁ、ローフォード」


 それにしたって何事にも限度はあるだろう。

 実質都落ちも同然な俺にイソイソとついてきたこの物好き執事はあまり気にしていないようだが、馬車の窓から見える風景はさっきからずっと草花の緑と土の茶色ばかりだった。

 栄えていた自領じゃ見ないくらい自然が溢れすぎた景色だから観光がてら眺める分には物珍しさがあっていいが、今後住む場所ともなればちょっと話は変わってくる。


「イーセリック坊ちゃんの関心は、すっかりセフィリシナ様に持っていかれていましたからなぁ」


 暗に「下調べもサボったのでしょう」と言われてしまった。図星なので反論できない。

 しかし俺にも言い分がある。ダンッと床を踏んで立ち上がる。


「仕方が無いだろ、だってあのセフィリシナ嬢だぞ?! 社交界一の花。見目麗しく、誰に対しても分け隔てなく優しい上に、才色兼備なセフィリシナ嬢だ。そんな相手との婚約に、どうして浮足立たずにいられる!」

「まぁまぁ坊ちゃん、落ち着いて」


 ローフォードに宥めすかして座らせられた。

 直後、ガタンと大きく馬車が揺れる。きっと大きな出っ張りか何かに馬車が乗り上げでもしたのだろう。立ったままだと多分よろけていたに違いない。

 執事の先見に命拾いをしながら、痛む尻で座り直した。よし、気を紛らわせるためにもこれから会う婚約者の事を考えよう。


 ――セフィリシナ・ルメルン。彼女自身ももちろん噂に名高いが、そもそもルメルン男爵家という家そのものがこの国では有名だ。

 国内随一の農業地帯を統治する一家でありながら、爵位の代わりに広大な土地を欲するような変わり者の家。次代は男児が生まれなかったから、長女であるセフィリシナ嬢が領主に着くと決まっている。


 俺の父上は、正にそこに目を付けた。


『分かっているな、イーセリック。お前ももう十四だ。娘婿に入り、懐柔し、我が領地への輸出物の値を全て下げさせろ。伯爵家の面汚し(お前)が駒として出来る事など、精々そのくらいしかない』


 誰もがみな生まれもってスキルを持つこの世界で、持ってはいても発動しない『不発』の人間が稀に居る。俺がそうだと分かった時から、家至上主義の父親を始めとして、家族から愛情を注がれた記憶は皆無だった。

 幸いだったのは、使用人や友人に恵まれた事だろう。お陰で捻くれずにここまで来たけれど、家族との間には精神的な溝がある。故に、邪険に家から追い出された事は、別にいい。

 問題は、セフィリシナ嬢だ。


 もちろん彼女に不満は無い。むしろ嬉しい。が、あちらはどうだろう。

 これまで取り立てて交流など無かった人間が、特出すべきところも特にない『不発』の俺が婿だなんて、一体どう思っているのか。もしかして父上が、伯爵家の権力でゴリ押ししたんじゃないだろうか。そんな不安が頭を過る。


「もし万が一あのセフェリシナ嬢に邪険にされたら、俺、絶対落ち込むな……」

「ほっほっほっ、頑張ってください、イーセリック坊ちゃま」

「あぁ、心を強く持つよ……」


 邪険にされない自信は無い。だから俺は耐える覚悟を早々と決めた。


 馬車は屋敷の前で止まった。

 扉が開いてタラップを降り、玄関前へと降り立って面食う。

 目の前にあったのは、小さくみすぼらしい家だった。もちろん「貴族の家にしては」という枕詞が付くし、流石に壁に蔦が這っていたり、蜘蛛の巣が張ったままになっているという事はない様だ。しかし建物自体古く、外壁もおそらく塗り替えていない。『最低限の管理がされた家』という言葉がピッタリだった。

 伯爵家の見栄というやつで、これでも一応生活水準それ自体は、これまでずっと他の兄弟と変わらなかった。だからこそ「本当に俺、大丈夫だろうか」と一抹の不安を抱いた。

 と、その思った時だ。


「ほら急いでっ!」


 聞こえてきたのは、誰かを急かす声。少女の少し怒った……否、切羽詰まったような声だ。

 同時に建物の裏からザカザカと足音が聞こえてくる。「何だろう」と目を向けると、建物の脇から一組の父娘が走ってきた。

 先を走るのは少女だ。腕まくりしたシャツに薄汚れたズボン、頭のてっぺんまで上げたお団子からはおくれ毛が幾つも落ちている。年はおそらく十くらいか。顔立ちの良い可愛らしい子だが、間違ってもめかし込んでいるとは言えないような風体だった。

 彼女は俺を見つけると、怪訝そうに眉を(ひそ)めた。しかしそのまま何も言わず、何処かへ走り去っていく。

 一方父親はというと、日焼けに無精ひげ、砂まみれの服を着た男だった。鍬を持ったまま急かされるままに娘の後を追っていたが、俺を見てすぐに「あっ」という顔になった。


「もしかして君、ドボルベルグ伯爵家の?」

「あぁ、今日から――」

「お父さん! ウメ子がもう限界だって!」

「えっでも」

「はーやーくー!」


 来ない父親を連れに来たのだろう。戻ってきた少女が両手を引っ張り、何故か一緒に現れた馬が父親の背中を鼻筋でグイグイと押した。結局男は何を言いたかったのかも分からないまま姿を消した。


「一体何だったんだ……?」


 唖然としながら呟くと、答えるようにまたパタパタと足音が近づいてくる。

 現れた人を見て、思わず「あ」と声を上げた。いつもの煌びやかなドレス姿とは似つかない、ロングスカート姿の女性。何なら頬には擦ったような泥の跡まで付いているのに、不思議と「みすぼらしい」とは感じない。

 俺は彼女を知っていた。ポニーテール姿も初めて見るけど、もしかして彼女――。


「ちょうど良かったです、手伝ってください」


 穏やかな海のように澄んだ青の瞳が、柔らかく細められ淡い弧を描く。やっぱり思い違いじゃない。これは彼女の笑い方だ。

 パシッと手首を取られるままに、彼女に連れられ歩きだす。ローフォードは去り際に「あ、荷物は中に入れておいてください」と彼女に指示をされ、執事の一礼を返していた。お陰で今は彼女と二人。突然の事で驚いたが、一体どこに行くのだろう。

 正直言って、浮足立っていた。しかしそれは、どこからともなく漂ってきたつんと鼻を刺す臭いと次の音によってかき消される事になる。


「んもぉぉぉおぉ!!」

「えっ何?!」

「大変、生まれちゃう!」


 更に強く手を引っ張られ、必然的に駆け足になる。


 連れ込まれたのは、一軒の小屋。鼻にむぅんとあの刺激臭が押し寄せたが、「発生源はココか」と思う暇なんて無かった。


「ひっぱれぇぇ!」

「んもぉおぉぉおお!!」


 そこは一種の戦場だった。

 太い縄を引っ張る爺さん、悲鳴を上げる一匹の牛。縄はどうやら牛の後ろから出っ張っている棒の様な何かに繋がれていて、まるで「やめろ」と叫ぶように牛から悲鳴が上がっている。正に未知との遭遇だ。


 いいい一体どういう状況?! 何コレ今すぐ帰りたい!

 この時やっと、俺は自分が大変なところに連れて来られたと気が付いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 歳上の嫁は金のワラジを履いてでも探せ!とも言われますからねぇ。 良き良きですね。もうニヤニヤが止まりませんね。もうスキルが不発のままで良いじゃないですか!身も心もポニーテールの彼女に委ねて幸…
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