4-02 軽音楽部エース×××事件
彼女は太陽だった。根暗でスポーツと勉強がまるでダメな自分に対し、性別年齢問わず分け隔てなく仲良くできる憧れの人。文化部花形の軽音楽部のボーカルとしても大人気だ。いとこという立場がなければ何も接点の無い底辺男。広告部を担当している自分はスランプに悩んでいた。しかし校内一番の大ニュースを手に入れ、舐め腐っている後輩と共に事件を解決することに。前途多難な出来事が多い中で見つけた一つの真実とは。
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尻に衝撃が走った。地震⁉ すぐさま机に突っ伏していた顔を上げ、周囲の状況を確認した。ドアを全開にして避難経路の確保。机の下に隠れ身の安全を守らなければ……しかし先ほどの衝撃以降一向に揺れが訪れない。視界がやけにぼやけるのは、常に身に着けていた眼鏡が鼻付近までずれ落ちているからだ。
正しい位置に装着し、改めて見渡してみる。校内の備品を詰め込んだ段ボールが至る所に積み上げられ、事務用の長机一脚とパイプ椅子数脚あるだけの味気ない部屋。
「ちんたら寝てる場合? だっさ」
敵意をむき出しにしている成犬のような声。その言葉が発せられた方向に目配せすると、自分から二メートル程の離れた場所にパイプ椅子に我が物顔で座っている茶髪ロングヘアの女子が一人。ミニスカートから伸びた足を組んだ状態でスマホを眺めていた。
「……寝ていた?」
まだボケているらしい。質問の意図が理解できず彼女に聞き返した。質問に質問するという行為はするなと親に叱られているが仕方ない。
「目の前のパソコン! 見てみなさいよ」
彼女はスマホから目を離さず一気にまくし立てた。机上の去年高校入学記念で父親に購入してもらったパソコンに目線を落とすと、意味不明なアルファベットが画面に羅列されていた。この展開を察するに寝落ちした自分を蹴り起こした……ってところか。
「起こすんだったら肩揺するとかしてよ。マジで地震かと思った」
「絶対嫌。あんたみたいな陰キャに触ったら移る」
「そこまで言わなくったって……」
相変わらず彼女はスマホから目を離さないまま悪態をついてくる。眼鏡着用だからって勉強できるわけでもないし、160cm未満の低身長。猫背気味。今まで恋人なし。陰キャなのは認めるが移るはないだろ、移るは。
「そんなことよりこれ見てよ。いきなりにしてはよく撮れたと思うんだけど」
そう笑いながら彼女はずいと目の前に己のスマホを突き出してきた。再生し終わると何度も繰り返す最近流行りの動画サイトだ。どうせ同じクラスか校内の内輪ノリだろう。万が一バイトテロなんてものだったら警察に通報しなくては。……でもさっき『いきなりにしては』と言っていたような。
内容を認識した途端、自分でもどう具現化して良いのか理解しがたい声を発し彼女のスマホを取り上げようとしていた。まさか先ほどの寝落ちからいきなり起こされて慌てふためく様子を録画していたとは誰も思うまい。しかし彼女は伸ばした腕を引っ込め、自分のリアクションに満足しているのかより一層大笑いしている。
「ちょっとやめてよ」
「『ちょっとやめてよぉ』ぷっ。だっさ」
「僕はそんなナヨナヨしてない!」
「出た~。今時高校生で『僕』なんて一人称金持ちの成金バカ息子くらいしか使わねーよ!」
仕方ないだろ、小さい頃から『俺』禁止だったんだから。なんでも下品とかで。父親も家庭内で自分の事を『私』と呼ぶしこれが僕にとっての『普通』なんだよな。
「この動画コモ先輩にシェアしちゃおーっと」
「マジでそれだけはやめて! 一か月はネタにされるから!」
「でも傑作だしもったいないし!」
「何が傑作だって?」
心地の良い声が僕の鼓膜をくすぐった。少し高めの女性らしい声。昼間なのに薄暗い廊下の方に視線を向けてみれば、どうあがいても追いつけない憧れの人物が出入り口に立っていた。
「あ、コモ先輩! お疲れ様です! これから練習ですか?」
「うん、そんな感じ。あと広告部部長代理の様子をチラッと見たくて」
「大丈夫です! 私がしっかりと見張っているので!」
「ホント? キラルちゃんいつもありがとう」
コモちゃんはそう言うと彼女の頭をそっと撫でた。されるがままのキラルはまるで飼い猫のごとく見ていて腹立たしい。文字通りの猫被りが。見張っていると言ってもずっとスマホいじっていたクセに。でも170cm弱ある身長のコモちゃんは子供を見守る母親のようだ。それを言うと怒られるんだけどね。
ひとしきりキラルの頭を撫でたあとふと僕と目を合わせた。僕とはいとこ同士の関係で親戚同士なわけだけど全く似ていない。その端正な顔立ちに不覚的にもドキリとしてしまうのだ。
「ところでさっき言ってた傑作って何のこと?」
「そうそう! コモ先輩に観てもらいたい動画があって!」
「ちょっと! それはいいから!」
話題を蒸し返されて僕は反射的に立ち上がった。勢い余ってその拍子に鈍い音を立てて椅子が背もたれから倒れてしまった。それを見た女子二人は驚いた表情をしたが、それは一瞬の事でまたいつものいたずら顔に戻った。コモちゃんは困ったような笑みを浮かべ一つ息をつくと出入り口へ足を進めた。
「やっぱりタカシ関係の動画か。キラルちゃん、あんまりいじめないでね。普段頼りなくて泣き虫で勉強も運動もできないけどやる時はやるヤツだから」
「コモちゃん! フォローになってないって! いくら生まれたときからの付き合いだからって、言っていい事と悪い事があるよ!?」
「この話も何回したかわからないよね。じゃ、そろそろ行ってくるわ。ちょっと練習の時間過ぎちゃったから急がないと」
「また遊び来て下さいね! アタシいつでも待ってるんで!」
キラルが両腕をブンブン振りながら見送ると、コモちゃんは微笑み廊下を歩き始めた。顧問にいくら蛍光灯を取り換えるようお願いしてものらりくらりと交わされ一向に電気の付かない閉鎖空間。同じ学校内でも自分がどこか取り残されたような気持ちになるのだ。窓一つではどうにもならないので暗くなると、自腹で買ったコードレスデスクライトを使用してどうにかやり過ごしている。しかしこんな誰も寄り付かない場所にコモちゃんが来ると一気に明るくなるんだ。無意識に頬が緩んでいたのだろう、キラルが指で思い切りつねってきた。
「いてててて! なんでつねるの!」
「いとこ相手に見惚れるとかキモ過ぎなんだよ!」
「見惚れてないよ! ただ練習頑張ってほしいなぁって思ってただけだ!」
「どうだか。でも軽音楽部のエースだし頑張ってほしいのはアタシもだけど」
コモちゃんこと上原小桃は僕と同い年の十七歳で、部活内でボーカルを担当している。イキったモテたいだけの下心丸出しのリア充(笑)と違い、歌手を目指して真面目に取り組んでいる努力家だ。彼女とクラスメイト男女五人で組んだバンドは演奏と歌唱するなり瞬く間に話題となり、本校初のインディーズデビューを獲得した。要するに人生の勝ち組達。
一方僕はというと、発声の為トレーニングジムやボイスレッスンに通わせてくれる金持ちのコモちゃんの両親と比べ、平凡そのものの家庭に生まれ育った。父親同士が兄弟でお互い一人っ子という事もあり、毎日のように顔を合わせている。流れで同じ高校に入学し、特にやりたい事もなかった僕は広告部に入部した。月に一度学校の出来事やちょっとしたニュースを取材し、まとめたものを掲示板に貼るのだ。小説や新聞を読む事は嫌いじゃないので僕にピッタリだと思った。
最初の一年は充実そのものだった。先輩は優しいし学校の先生と近隣の人達も気前よくインタビューに応じてくれた。掲示物は毎回好評でクラスの何人かは応援してくれるのだ。しかし僕が二年になった現在、三年は受験の為引退し、他の二年と一年は面倒事を僕に押し付けるようになった。次期部長もインフルエンザとかで学校を休んでいる。唯一部室に残っているキラルもコモちゃん目当てだし全く役に立たない。下の名前だけでもインパクト大なのに、苗字は『鬼島』だというから驚きだ。
『コモ先輩が男だったら結婚して苗字変えられるのにぃ』
『でもタカシも同じ上原だからそっちの方が手っ取り早いと思うけど』
『誰がこんなチビと!? 天地がひっくり返ってもありえませんって!』
いつ話していたか忘れたが本人を目の前にしてもこの態度である。同い年であるはずのコモちゃんには礼儀正しいのに、僕に対してはあいつ呼びだしタメ口だ。なんでもレベルが違うんだそうで。
思考を現実に戻し、立ち上げっぱなしのパソコン画面を見てみる。相変わらずの解読不明のアルファベット。一週間後には次期部長が登校して来るのだが、原稿の締め切りが五日後で、僕が打ち込もうにも取材メモを誤ってトイレに流してしまい手元にないのだ。
「まぁ、やるしかないよなぁ……どっかにネタ降ってこないかなぁ」
「独り言キモイ。空気重いから窓開けてよ。ちょっとはマシになるでしょ」
キラルの言い方はキツいが確かにその通りだ。嘆いていても現状は変わらない。僕は意を決し、窓にかかるカーテンを一気に開いた。
コモちゃんと目が合った。
そんなはずはない。僕は今三階にいるんだ。窓越しに目が合うなんて可能性は一つしかない。
「ちょっとここにいて! 中庭行ってくる!」
「え? ちょっとどういうこと!?」
疑問を投げかけるキラルを尻目に一目散に駆け出した。大げさでもなんでもなく十七年生きてきて一番の全力疾走。最低だけど別の誰かであってほしいと願う。
息を切らせ上履きのまま中庭に出ると既に人だかりができていた。僕も一目見ようと野次馬をかき分けると……
膝を折り畳み結束バンドで固定され、半袖Tシャツの中に両腕を収めダルマ状態のコモちゃんがいた。
ドクン……心臓が一つ高鳴る。
これでネタができた……
僕は自分の腹黒さを呪った。