4-20 闘京デスティニーランド
「今さら戦争の後始末だァ? まったく、オレ様をなんだと思ってんだ!」
裏稼業集団"闘京デルタ"。日本と異世界との全面戦争が終結した後の、焦土と化した世界を生き延びてきた3人組だ。
ある日彼らのもとに舞い込んだのは、先の戦争で日本側が開発した自律型兵器"頂獣"の撃破依頼。"頂獣"は戦後、出撃基地であった海上要塞に閉じこもり、近づく者たちを根こそぎ屠っていた。脳筋大男に長身キザ男に狂信少女シスター、最凶のでこぼこトリオが絶対的脅威に立ち向かう!
――しかし、
「オレ達も過去の遺物だってのか」
やがて彼らは、自らの出生の秘密と対峙する。
深夜にレジャー用クルーザーをカッ飛ばす輩は、まずまともではないだろう。
2階建ての真っ白な船体が東京湾を突き進む。目的地は、第二海堡と呼ばれる海上要塞だ。
「なあツヴァイ、この船とろくねえか?」
自動操縦機構にすべてを委ね、船室のソファに寝そべる大男。派手に刈り上げた銀髪ツーブロックと頬の傷跡、"アイン様"の文字がでかでかと踊る白Tシャツ。額には大砲と台車を模した刻印。脱力していようとも、それらが威圧感を放っている。
「たしか最新モデルのはずだぞ。当然、速度も折り紙つきだ」
足をクロスして立つ、ツヴァイと呼ばれた長身の男。青黒い髪をかき上げれば、アインと同様の刻印がのぞいた。
「なーにが海上自衛隊の高官様だ。偉ぶって依頼する前にてめえでどうにかしろよ」
全身で反動をつけて、アインは荒々しく跳ね起きる。ソファのスプリングが窮屈そうに鳴った。
「そのソファ――というより、この船のすべてが高級品だ。少しは大事にしてやれ」
「うるせえ。これくらい自由にさせろ!」
ソファから立ち上がりつつ拳を振りかぶるアイン。
「喧嘩はいけませんよ」
絹糸めいたやわい声音が、船室を満たした。
「……フィーア」
気の抜けた声はアインのもの。
顔を覆う白いベールの奥に笑みと刻印を透かし、やわい声の主は優雅に立つ。男たちより顔ひとつ以上低い背丈。だというのに、言い知れない凄みを放っていた。
「身のない争いは穢れのもと。あなたたちが穢れるようなら、救済の準備はできていますよ?」
「んなわけねぇだろ」
「……御免だね。清潔がモットーなんだ、君も知っているだろう?」
「ふふっ。それならいいのです」
救済はもっといいものですけど、と続けるフィーアの白肌は、照明の中でひときわ輝いていた。
裏稼業集団"闘京デルタ"。そのヒエラルキーの頂点は彼女である。
気圧されて、しばらく沈黙が続く。それを破ったのはソファに戻ったアインの愚痴。
「やっぱ納得いかねえ。今さら『そろそろ戦争の後始末をせねば』だと? オレ様は掃除屋かっての」
「何か理由があるんだろう。まあ、いかに凶悪な兵器とはいえ、20年以上も処分を先送りしていたのかとは思うが」
東京都心の、"お台場"と呼ばれる地域。その地下には閉鎖された巨大駐車場がある。廃墟と化したその駐車場の最奥部が、今から30年前の2005年、とある異世界と繋がった。
日本政府と異世界側の王室は当初、友好関係を築きつつあった。しかし、技術流出と貿易を巡って次第に関係が悪化。異世界側の宣戦布告を皮切りに、関東は戦火に包まれた。
異世界の兵士たちが放つ魔法の破壊力に抵抗できるはずもなく。自衛権によって防衛に当たった、自衛隊および日本の同盟国の軍隊は、壊滅寸前まで追い込まれていた。
しかし、日本側には朗報がふたつあった。
ひとつは魔法粒子を浴びた影響で日本人口の約3割が魔法に目覚めたこと。もうひとつは、学者たちが土壇場で魔法の原理を解き明かしたことだ。
解析の結果を活かして造られた、最先端AI搭載の動物型戦術魔法兵器。それらの名を――
「……"頂獣"」
恐れるようにつぶやくフィーア。
頂獣は戦後、出撃基地として供用されていた第二海堡の残存人員を皆殺しにし、そこに閉じこもるという惨事を起こした。以来、第二海堡に上陸できた者はいない。
「けっ、名前も聞きたくねぇ。あんな戦争の遺物、潮風にやられてスクラップになっちまえ」
「貴様の下品な物言いは好かないが、今回ばかりは同意だな。なにゆえ戦争の記憶もおぼろげな俺たちが処理せねばならない?」
「ツヴァイも戦争の記憶ねえのか」
「生まれて数年で終戦のはずだ。伝聞でしか知らない」
「そうか。たしかにフィーアなんざ、オギャアして2,3日で終戦だったはずだしな……ん?」
アインの表情が、眉をしかめたまま固まる。
「なんだいきなり」
「気づいちまったんだがよ。その、なんだ」
「どうした。歯切れ悪いぞ」
アインには珍しく、絞り出すような声だった。
「オレ様、お前らに出会うまでの記憶がねえわ」
「何を言う。俺たちは戦後のスラムを生き延びた孤児だ。それが縁で出会ったんだろう、あの酒場で……え?」
まるで先ほどのアインを真似るかのように、ツヴァイの表情も凍りつく。
「言われてみれば、わたくしも」
つぶやくようなフィーアの同調。
――緊張が走る。
「……そんなことがあるのか?」
常に冷静な表情のツヴァイが、眉間にしわを寄せていぶかしむ。
「まあおかしいだろうな。理由? 知るか。どっかのお偉いさんが裏でコソコソしてんじゃねえの――あがっ!」
何の前触れもなく、絶叫とともにアインがよろめいた。ごつい両手で頭を押さえている。その体勢ゆえに、ツヴァイとフィーアは気づかない。
――アインの額の刻印が、彼を苛むかのように明滅していたことを。
「……クソっ、なんなんだおい! んなもん適当に言っただけじゃねえか!」
ツヴァイはそれを無視して告げる。苦々しい顔で、それでも何かを振り切るように。
「作戦会議を始める」
彼が手首の腕輪型端末を操作すると、向かい合う3人の真ん中に1体の頂獣が浮かび上がる。本物ではない。AR技術が活用された、半透明のループ映像だ。
ゆっくりと羽ばたきを繰り返す鋼鉄の鷹。それを見ながらツヴァイが話し出す。
「作戦名は《頂獣ぶちのめしたれ!大作戦》……相変わらずひどいセンスだな、アイン。達成目標は偵察・遊撃用鷹型頂獣"不死鷹"の撃墜。可能であれば残りの頂獣を相手にしてもいいが、くれぐれも無理はするな」
釘を刺さねば誰かさんが考えなしに突っ込むからな。ツヴァイが小声でぼやく。
「続いて作戦概要。不死鷹は偵察が主任務だが、高密度の魔法弾幕をばらまく芸当も可能だ。よって、クルーザー全体に障壁を貼って手動操縦で逃げながら、隙を見てフィーアの広域魔法を撃ちこむのが基本方針となる。俺はクルーザーの操縦という役割があるが、アインに出る幕はないだろう。俺とフィーアが狙われたときに肉壁となるくらいだな」
「やなこった。相手がどいつだろうと、オレ様は本気の殴り合いがしてえんだよ。隙見つけてカチこんでやる」
「勝手にしろ。だが、俺たちは――」
「3人でひとつ。忘れちゃいねえぜ」
「ええ、そうですね。戦に囚われた迷える小鳥さんを、わたくしたちで救済いたしましょう……ふふふっ」
お互い目は合わさない。合わす必要もない。
誰からともなく動き出し、会敵に備えて準備を始めていく。ひとりは操縦室へ向かい、ひとりはウッドデッキの甲板でバフや障壁の魔術を唱え、ひとりはその隣で筋肉を盛り上げた。
ほどなくして周囲の空気が震え、
「キエエエエエエエエエエエエエエ!!」
甲高い咆哮とともに、黄金色の装甲をまとった鷹が姿を表した。
身をすくませるほどの衝撃波の中、3人に怯えはない。啖呵を切る。
「来たぞ!」
「ようやっとお出ましか、腕が鳴るぜ!」
「あなたに、最高の殲滅魔法を♡」
不死鷹の動きは早い。咆哮で相手を固めている間に、雷をまとった魔法弾の弾幕を張る。
一つひとつの直径が1メートルもあろうか。両翼の先端から機関銃のように撃ち出されるそれは、当たればひとたまりもない、はずだが。
「自衛隊からのデータ通りだ。魔法弾幕に追尾性はなく、射出速度も言うほどではない。これならある程度余裕をもって避けられる。急旋回に備えて何かにつかまっておけ」
「でかした!」
小型クルーザーの旋回性を活かして、間を縫うように交わしていく。しかし、それが5秒、10秒と続くにつれて、ツヴァイの中で疑念が高まりつつあった。
「おかしい。狙いが雑すぎる。まさか、意図的に外して……?」
「ヨク気ヅイタ、哀レナ尖兵ヨ」
「――なにっ!?」
弾幕が止む。代わりに、先ほどの咆哮と同じような甲高い声。
「今スグ此処ヲ立チ去レ」
上空数十メートルでホバリングする不死鷹。真紅の瞳が3人を鋭く射抜いていた。
しかし、闘京デルタはここで引き下がるような集団ではない。
「オレ様のスーパーな筋肉が唸ってんだ。一発殴らせろ!」
「海自のお偉方からの依頼だ。あれだけの報酬をみすみす逃すわけにはいかないな」
「怯えを虚勢でひた隠す、かわいそうな小鳥さん。わたくしが救って差し上げましょう♡」
飛び出す反論。
不死鷹はそれらに、青白い電流を全身へまとうことで応えた。
「ヤハリ、何モ知ラナイカ。実ニ哀レダ」
「あ? 俺たちになんか文句あんのか?」
なおも反論するアインを、背後からツヴァイが突き飛ばす。
「たしかにあいつの発言は気になるが、言い返すだけ無駄だ。防御態勢! アイン、前に出ろ! フィーアは個別に反射障壁を張れ!」
「しょうがねえなァ……!」
「かしこまりました、ツヴァイ」
不死鷹のスパークが激しさを増す。
「我ヲ倒ソウガ、逃ゲヨウガ……オマエタチハドウアレ――」
甲高い声。甲高い声。甲高い声――
切り替わる。
「死ヌ運命ダ」
海ごと震わせるかのような、戦慄を呼ぶ低い声。
クルーザーを丸ごと飲み込むほどの雷撃が3人を襲う。障壁で持ちこたえられるのもせいぜい数秒だろう。
「仕方がない、奥の手を……アイン!」
雷の光線を撃ち出し続ける"不死鷹"の背部装甲。
その中心に刻まれた大砲と台車の刻印が淡く光っていたことを、誰も知らない。





