4-17 癒しの力を使えない聖女ですが、ガチヲタゆえ【漫画スキル】で奮闘しますぞッ!
わたくし、物心つく前からヲタク人生を歩んできました。
とある深夜、同人誌の〆切に追われ必死に原稿を描いていると、部屋の中に魔法陣が出現。
それを踏んだら異世界へ飛ばされてしまったのです!
目の前に広がる戦場さながらの光景。
入り乱れて戦う人間とモンスター。
聞き慣れない異世界の言葉。
周囲の状況から、わたくしは自分が聖女として召喚されたのだと悟りました。
これ、もしかして、わたくしがなんとかしなきゃ全滅エンド!?
しかも特殊スキルが【漫画】って、どういうことですかなッ!?
もしかして漫画を描けと? この異世界の戦場のど真ん中で――ッ!?
スマホを使いながら手探りでどうにかスキルを発動させたものの、有効時間があまりに短すぎるッ!
先行きは不安だらけですが、こうなったらナーロッパ取材だと割り切るっきゃない!
このわたくし、異世界でもヲタク街道を猛進しますぞッ!
深夜1時53分。
真夜中だというのに、わたくしは同人誌の〆切に追われてパソコンに向かっておりました。
「寝るな千影ッ!! 寝たら新刊が落ちますぞッ!!!」
三徹目のまぶたは重く、気を抜けば一瞬で眠りの世界へ引きずり込まれそうになります。
だがしかし! 本日中にデータを入稿しないと次回の同人誌即売会に出す本が間に合わなくなってしまうのです!
ヲタクの端くれとして、作品を愛する者として、それだけはなりませぬ!
サークルスペースの机に「新刊落ちました」と書いた看板を掲げなくてはならぬ、あの絶望と屈辱。想像するだけで身が震えます。
ああ、時よ止まれ。
止まってください、お願いしまぁぁぁすっ!!
朝から5億回はそう願っているのに時が止まる気配はありません。ぴえん。
「おっしゃオラオラァッ! ファイトォォオ一発ッ!」
ブーストをかけるべく、机の上の栄養ドリンクに手を伸ばします。
だが悲しいかな、あるのは空の瓶ばかり。これは早急に物資を補給せねば。
疲労ピークもなんのその。愛用の黒縁眼鏡をグイッと上げ、気合でどうにか椅子から立ち、パーカーのポケットにスマホとお財布を突っ込みます。いざ行かんと振り返ったとき、視界に青白い光が飛び込んできました。
う~ん、朝日が青い。
徹夜のし過ぎで目がおかしくなりましたかな? しかし時刻はまだ深夜。
よく見れば、床の上に人ひとりが乗れるほどの大きさの円と不可思議な文様が描かれ、清らかな光の柱が立ち昇っていました。なんかセーブとかできそう。
「おや、こんなところに魔法陣が」
かような物を作った覚えはありませんが、コスプレ用の小道具でしょうか。
それにしても見れば見るほどハイクォリティですぞ。LED? ホログラム? それとも三徹目の幻覚?
はてな、と首を傾げながら魔法陣を踏んだ刹那。
わたくしの体は、光の中心に向かって勢いよくシュポッと吸い込まれたのであります。
「うひゃあぁあああぁッ……ぁあ、あれ?」
吸引力を感じたのはわずか一瞬。
はは~ん。さては、ただの立ちくらみですかな?
などと思いながら足を踏み出すと、靴下ごしに伝わってきたのは我が家の絨毯ではなく砂利の感触。
「えッ?」
おそるおそる目を開くと、眼前には戦場さながらの光景が広がっていました。
もうもうと舞い上がる砂埃、漂う血のにおい。
響き渡る怒号や唸り声、硬い金属同士がぶつかり合う音。
周囲では鎧をまとった者たちが武器を手に戦っています。魔導士や神官のようなローブ姿の者もいます。
しかし、その戦いの相手はどう見ても人間ではなく異形の生き物。
まさにゲームや映画で見たゴブリンやコボルトそのものです。人間離れしたその体躯は、着ぐるみや特殊メイクなどではなく、機械の動きとも思えません。
「な、なんぞこれ……!」
困惑していると、周囲の人々がわたくしを見ながら口々に何かを言っていることに気付きました。
異国の言葉らしく、意味はわかりませんが、やたらと【セイジョ】という言葉が耳につきます。
しかも、心なしか皆さん期待を込めるような目でわたくしを見ているような。
「セイジョ、せいじょ――――えっ、せ、せせせせ聖女!?」
ひょっとして【セイジョ】って、あの【聖女】でしょうか!?
その瞬間、わたくしはすべてを悟りました。
これ、漫画とかアニメとかラノベとかWeb小説とかで見たやつだ!
主人公が異世界に飛ばされて、勇者だったり聖女だったりチートだったりレアスキル持ちだったりで、追放されたり無双したりざまぁしたりするやつだ!
「つ、つまり異世界ッ? ここ異世界なのですか!? わたくし異世界に召喚されたのですかッ!? わたくしが聖女!? ただのヲタクですぞ!?」
どっ、ど、ど、どうしたらいいんですか!? これ、もしかして、わたくしがなんとかしなきゃ全滅エンド!?
今まで読んできた数々の作品がぐるぐると嵐のように駆け巡ります。
とりあえず、こんなときに使える言葉をひとつだけ知っています。
わたくしは声高らかに叫びました。
「ステータスッ! オォォォプンッ!!」
やけくそでしたが、なんと空間に画面のようなものがシュンッっと開きました! さいわい日本語にも対応している様子。助かるッ!
【名前:未登録】
【職業:聖女】
【HP:1】
【MP:∞】
【レベル:1】
【スキル:なし】
【特殊スキル:漫画】
うわぁあん、やっぱり聖女だったーッ!
そんなことより、うわっ……わたくしのHP、低すぎ……? ミジンコ並みじゃないですか! かすり傷で致命傷になるレベルなのではッ!?
こんな危機的状況で知りたくありませんでしたぞ!
そして気になる特殊スキル。
「……えっ、ま、漫画ッ!?」
もしかして漫画を描けと? この状況で?
この異世界の戦場のど真ん中で――ッ!?
何を隠そうこのわたくし、今までどんな状況でも漫画を描いてきました。
試験の前日だろうが、台風の夜だろうが、インフルエンザで40℃の熱を出そうが、お構いなしに描いてきました。だが断る。さすがにこの状況で描けるわけなかろうッ!?
そのとき、頭上にぬっと影が落ちました。
振り返れば3メートルはあろうかという巨体。他のモンスターとは桁違いの大きさ。ぎょろりとした単眼がこちらをロックオン。
「びやぁあああァッッ! さ、サイクロプスッ!?」
こっ、このままでは殴り殺されてミンチになってしまうッ!
逃げたいのに足腰はまったく言うことを聞いてくれません。
サイクロプスが腕を振り上げたその瞬間。
一人の男がわたくしの前へ飛び出したかと思うと、剣を鋭く閃かせました。
斬られた指が宙を舞い、ぼとりと地面に落ちます。断面からは黒い血のようなものが滲み出て地面を濡らしています。
ギャアアアアアアァア!!!!!
サイクロプスは悲鳴を上げ、標的を彼に変えて襲いかかります。
そのとき、他の剣士たちが駆けつけてサイクロプスを取り囲みました。入れ違いに下がった男がこちらを振り返って何か言いました。
「―――――――――――――――――――――!」
この戦場のさなか、不思議なほどよく通る声。
言葉の意味はわかりませんが、「描け!」と言われているような気がしました。
しかし、ここにはパソコンもタブレットもありません。
紙もペンも鉛筆もないし、足場は踏み荒らされ線を一本引くことさえできません。せめてスマホでもあれば……。
「あッ、スマホ!?」
祈るような気持でパーカーのポケットを探ると、硬くひんやりした感触がありました。
すぐさま取り出し、もどかしい気持ちでペイント系アプリを起動させます。
震える指先で「新規作成」を選び、ファイルを作成。
見慣れた白い画面が表示されると、いくらか平静を取り戻しました。
しかし、何を描けばいいのでしょう?
こうしているあいだにも戦いは続いています。
ああ、もう少しだけ考える時間が欲しい。時よ止まれ!
「……時を、止める?」
わたくしはサイクロプスに視線を向けました。
素描は得意です。一瞬で形を正確にとらえ、いざ線を引き始めれば15秒足らずで画面の中にサイクロプスが現われました。
さらに、対象物が止まったような効果と「ピタッ」という文字を描き入れます。
しかし、敵が止まる気配はありませんでした。
どっ、どうして!? そうだ、スキルといえば呪文ッ!
「え、ええーっと、荒ぶる邪悪なサイクロプスよ、〆切後の絵描きのごとく沈黙せよ!」
サイクロプスは沈黙しませんでした。
違った! は、は、恥ずか死ぃ~~~!!
だがしかし、恥ずか死んでる場合ではありませぬッ!
「漫画と言えばコマ!?」
慌てて枠線を引き足しますが、これも効果なし。
たしかに枠線のないコマだってあるもんなぁあ~~!!
「サイン!? サインですかなッ!?」
わたくしは絵の片隅に【千影】と描き入れました。これでどうだッ!?
画面から指を離した瞬間、荒れ狂っていたサイクロプスがぴたりと静止!
「やったッ!」
人間もモンスターも、その場にいた全員が異変を感じ取った様子でした。
一瞬、戦場が水を打ったように静まります。剣士たちは好機とばかりにサイクロプスを攻撃しますが、皮膚が硬く致命傷を負わせることができないようです。
モンスターたちは戸惑い、じりじりと後退を始めました。
でも気は抜けません。張りつめた膠着状態の中、どうかこのまま撤退してほしいと祈っていたそのときでした。
グァアアアアォオオオオ!!!!
空を切り裂く怒号。
見れば、静止していたはずのサイクロプスが動いています。
「な、なんでッ!?」
スマホに目をやると、描いたはずの絵が消えていました。
最初に動いたのはあの男でした。彼は瞬時に敵の内へ飛び込み、斬撃を与えます。
わたくしもぼんやりしてはいられません。サイクロプスの形ならすでに把握しています。
先ほどより素早く指を走らせ、効果とサインを入れた瞬間。
敵の巨体が一気に収縮しました。
すかさず剣が振り下ろされ、おぞましい断末魔が響きます。祈るような気持で見澄ますと、サイクロプスの体はほどなく元の大きさに戻ったものの既に絶命していました。
モンスターたちは総崩れとなり、我先にと逃走。
ようやく困難が去ったのだと理解した途端、わたくしの意識はぶつりと途切れました。





