帝都「グランベル」へ
―――カーティス伯爵邸
父様の言葉がグルグルと頭を回る。
(帝国が落ちた……? ハッ……、世界最大の武力を持つ帝国が……?)
ドサッ……
ディナ姉は力なく座り込むと、
「……そ、そんなはずは……、リリが、リリが敗北するなんてあり得ない!!」
唇を噛み締める。
「ギル! ゆっくり話している暇はない! 私はすぐに出立する! ……ディナ君。悪いが、ギルにはカーティス家の者として、この地に残ってもらう!」
「……はい。……わ、私も帝国に……、リリの元に!」
「ディナ君。君はもう責任のある立場……。その発言は聞かなかったことにしよう」
父様とディナ姉の会話をしているのを、ぼんやりと見つめる。
――ギルは絶対に私が守るからね?
――姉さんに任せなさい!
――ギルは何も心配しなくていい!
幼い俺にかけてくれた言葉の数々。
――ギルは最強よ! 絶対に世界を救うわ!
いつも俺を過信して、包み込むような笑顔を浮かべる姉様の愛情に満ちた眼差し。
いつも暑苦しいほどにベタベタと俺に擦り寄り、過剰すぎる愛を恥ずかしげもなく伝えてくる姉様の温もり。
「……俺が帝都に行きます」
自然と口から出た言葉に我に返り、やっと頭が回り始めたのを感じる。姉様を、家族を失うわけにはいかない。
そんな『不幸』だけは絶対に許さない。
(……これが『本命』か……)
"反動"の正体にゴクリと息を飲み深く息を吐く。
もし、万が一があってみろ……。
……誰だろうと、この"世界"が相手であろうと、許さないからな。
言いようのない焦燥は憤怒に変わる。
――『僕のせい』で母様は死んでしまったの?
"不幸体質"に生まれた俺の疑問。
――ギルは何も悪くない。可愛い可愛い俺の弟だ。大丈夫だ。ずっと俺がそばにいる。
兄様はそう言って抱きしめてくれた。
――ふふっ、そんなはずないよ。絶対にギルのせいじゃない! ……でも、ギルが気になるなら『大切な物』を守る方法を教えてあげる。
そう言って戦う術を教えてくれたのは姉様だ。
父様は俺の言葉に、部屋から飛び出しそうな足を一瞬止めたが焦ったように口を開く。
「ギルには"ここ"を頼む! 私はすぐにリリの元へ急行、」
「父様!! ……父様は、ここの守護者にして領主。万が一の場合、カーティス領の守備兵を率いる事が出来るのは父様か兄様だけです。今一度、冷静に……」
「……」
「それに……、世界最大の武力を誇る帝国が……、姉様が……、そう簡単に敗北するとは思えません」
「竜種に魔物の軍勢。魔王の存在も確認されている。私は……、そんな場所に娘だけでなく、息子まで行かせるわけにはいかない……」
「父様……、俺は『勇者』ですよ?」
「……ギル」
便利な言葉だ。『勇者』と言う言葉には、有無を言わせないだけの力がある。
本音を言えば、かなりビビっている。
どうせ、俺が行ったところで何かが変わる事はないのかもしれない。
でも……、
――ギルは姉さんの宝物よ!
何もしないわけにはいかない。
『大切な物』の守り方は教わっている。
カタカタカタッ……
頭ではわかっているのに、冷静になれない。
微かに震える手は魔王や竜種に対する恐怖などではなく、姉様を失ってしまうことに対する恐怖だ。
ギュッ……
ミーシャは俺の手を握り、潤んだ瞳で父様に声をかける。
「アルマお義父様。ここは旦那様に……。『全てをひっくり返す』には"ギル"しか……。お願い、ギル……。リリム姉さんを……うっ……リリム姉さんを……」
ポロポロと涙を流し始めたミーシャを抱き寄せる。
「……う、嘘だ。リリは……。リリが……? そんなはずない! リリは、リリはッ!!」
父様に駆け寄るディナ姉。こんなに取り乱す姿に姉様との見えない絆を見せつけられるが、
「冷静になれ、ディナ!! 『お互いすべき事』を!」
ディナ姉は俺の言葉に、唇を噛み締めツゥーッと血を流し、「……しょ、承知致しました、勇者様」と呟きながら涙を拭い、瞳にグッと力を込めた。
「父様。……姉様は絶対に俺が救います」
「ギル……」
「父様には、ミーシャとユノをお願い致します。俺にとって何よりも大切な者たちです……」
父様は目を閉じ深く息を吐き出す。
ゆっくりと目を開いた父様は一瞬、驚いたように目を見開くと俺の肩をガシッと掴む。
「リリを頼んだぞ、ギル……」
俺はいつも通りの優しい笑顔にコクリと頷く。
「ディナ姉。悪い……。"そっち"には行けないかもしれないが……」
「……こちらはお任せを。……何も問題ないです。リリを……お願い致します。勇者様……」
うるうると涙が溜まっていくが、芯のある真紅の瞳はしっかりと前を見据えている。
「ユノ! 父様が率いるカーティス領は1番安全だと思うが、ユノの力が必要になる場面もあるかもしれない。頼んだぞ……!」
「……はい! ギル様! 僕に任せてください!」
「ミーシャ……。ユノを頼む! 心配するな。姉様なら、きっと俺が行ったら、死んでても飛び起きるさ!」
「旦那様……」
2人の頭を撫でて、セリアに視線を向ける。
「行くぞ……。帝都に……!」
「はい、ご主人様」
俺たちは真っ白の世界に包まれた。
※※※※※
(血は争えんな……)
実際には初めて見たセリアの『閃光』。それに対する驚きよりも、先程のギルベルトの頑固そうな黒眼を思い返しながら、アルマは心の中で呟いた。
――アル……、子供たちを任せましたよ?
有無を言わせぬ綺麗な瞳。
自分の身を顧みず、自分にとって大切な物……、家族をなによりも第一に考えていたギルベルトの母親"マリア"の瞳にそっくりだった。
(頼んだぞ、ギル……。どうか見守ってくれ、マリア……)
眩い光は空をかけていった。
アルマは皮肉なほどに青い空の、その奥を見つめた。
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