逃亡生活の終わり?
しばらく放心し続けた俺を現実に引き戻してくれたのはユノだった。
「ギル様ぁあ!! すごいです! 本当にギル様はッ!! 邪竜を相手に無傷なんてッ!! 仕留めるところが見れなくて、僕は本当に残念です……!」
俺の腰に抱きついて、少し口を尖らせるユノの可愛さで我に帰ったのだ。
「ギ、ギル! な、なんて可愛い子なの!!」
「……ギ、ギルと一緒に帝国に来なさい! 一生養ってあげるからッ!!」
「フォッフォッ! 可愛らしい子じゃなぁ!」
ユノは3人から愛でられ、少し照れながらも恥ずかしそうに俺の後ろにちょこんと隠れた。
「ギル様。この人達は……? 『良い人』みたいだけど……」
「俺の親友と世話になった執事。それから……姉様だ」
「ギル! 何で姉さんのところだけ、小さい声なのよ! 私はこんなに愛してるのにッ!!」
「……」
(恥ずかしいからだッ!!)
「……『婚約者』だもん……」
「ん? ミーシャ? 何て言ったんだ?」
「い、いや! なんでもない! あ、後でゆっくり説明するからッ!」
ミーシャは真っ赤な顔になり、レム爺は「フォッフォッフォッ!」と楽しそうに笑顔を見せたが、俺は少し首を傾げた。
「ギル様の大切な人達なんですね!! 僕はユノです! よろしくお願いします!!」
パーッと弾ける笑顔のユノに3人はうっとりとした表情を浮かべた。
ぞくぞくと姿を現したエルフ達の顔は本当に歓喜と安堵に満ちていて、怖くても立ち向かってよかったと心から思ったが、鳴り止まない歓声と「ギル様コール」には顔を引き攣らせる事しか出来なかった。
姉様やレム爺、それからミーシャはエルフ達に大きく目を見開き、少し狼狽えていたようだが、可愛すぎるユノにメロメロになっていたから、とりあえずは大丈夫そうだとその場を離れた。
決してファーストキスに狼狽えて、避難したわけではないとだけは言っておこう。
◇
「大丈夫か? セリア……」
「……はい。ご主人様」
少し離れた場所で『閃光』の反動で動けない様子のセリアに声をかける。
ミーシャ達の来訪の意味はまだわかってはいないが、なぜかセリアと少し話したいと思い横に腰掛けた。
でも、いまいち何を話せばいいのかわからない。
「……この逃亡生活はおそらく終わりなのですね」
いつも通りの無表情でセリアは小さく呟いた。
「……そうなのか?」
「ご主人様がミーシャ様のキスで放心なさっている間に、ストロフ家の執事長、レム爺様に少しお話をお聞きしました」
「……な、何か棘がないか?」
「いえ、そんな事はありませんよ?」
いつも通りのセリアの表情。少しキョトンとした紺碧の瞳にはまぬけな表情をした俺が写ってる。
(な、なんだよ! 俺の事好きなくせにッ! よく、わからないが、少しは可愛く拗ねて見せろ!)
確認したわけでもないのに、俺は心の中で口を尖らせる。
あのキス未遂が何だったのかは聞けていない。
勘違いでも恥ずかしいし、事実だとしてもどうすればいいのかわからないから、結局問いかける事が出来ずにいるのだ。
セリアは小さく首を傾げると言葉を続けた。
「……殿下は王宮の自室にて謹慎中です。ご主人様は殿下の過ちを正した『学友』にして災厄級の魔物を討伐した『英雄』になっているそうです」
「……はっ?」
「それに……、カーティス家は公爵の爵位を拒否したそうですよ?」
「……えっ?」
「『弟の手柄を私共が頂くわけにはいきません』と、イルベール様が国王陛下に直接言い切ったようです」
「……ハハッ。兄様らしい……」
(……ん? それってめちゃくちゃ失礼じゃん! ってか、なんだよそれ! めちゃくちゃ面倒な事になってるじゃないか……!!)
セリアは、苦笑を貼り付ける俺から視線を外し、エルフの里を綺麗な無表情で眺めている。相変わらず、俺の心の機微には無頓着のポンコツのようだ。
「おそらく、『翼の生えたオオトカゲ』の討伐で更に地位を高められた事でしょう……」
「……か、勘弁しろよ」
「仕方ありません。ご主人様は世界を導くお方なのですから」
「……ギリギリだったんだ! あんな化け物は2度と相手にしないとここに誓うぞ! 俺はエルフ達に恩を返しただけだし、この宝剣が果てしなく優秀だっただけだ!」
「……大変、美しかったですよ、ご主人様。ですが、たとえナイフ一本だけだったとしても、ご主人様なら翼の生えたオオトカゲなど一蹴されたとセリアは判断しました」
「……」
(その目をやめろ!!)
セリアに何を言っても逆効果にしかならない事はよく知っている俺は押し黙った。
サァー……
穏やかな風が丘に吹く。
心地よい沈黙を破ったのはセリアだった。
「いかがでしたか……?」
「……何がだ?」
「逃亡生活です」
「……お前はどうなんだ? セリア」
「セリアはご主人様が快適な逃亡生活を送れたのだとしたら、それだけで幸福です」
ユグドラシルを見つめるセリアの横顔は、恐ろしいほどに綺麗だが、どこか寂しそうに感じるのは気のせいなのだろうか……?
盗賊に絡まれるし、獣人達と再会してゴブリンキングの討伐……、エルフの里に、最後は竜種……。
俺の求める平穏なスローライフからはかけ離れてはいたが、なかなかどうして、悪くはなかった。
美しい横顔を見つめながら心の中で呟く。
(……お前が居たからだ、セリア……)
俺はゴクリと息を飲んで決意を固める。
「セリア。お前……、俺の事好きなのか……?」
セリアはユグドラシルを見つめたまま大きく目を見開くと、少し頬を染めた無表情で俺を見つめて固まった。
「……」
(な、何か言えよ! このポンコツッ!!)
尋常ではない心拍数に激しく狼狽える俺を見つめ、セリアはグッと唇を噛み締めると俺から視線を外した。
「セリアはご主人様の専属メイド。ご主人様が快適で幸福な毎日を過ごして頂く事しか考えておりません。それがメイドの勤めにございますので……」
「……気づいてないのか?」
「……何をでしょうか?」
「……」
(お前は嘘を吐く時、俺の目を見ない事を……)
俺は「ふぅ〜……」っと深く息を吐きながらセリアの頭をクシャッと撫でる。
「ハハッ……。セリア、お、お前、そんなに俺の事が好きなのか? じゃ、じゃあ……、これからも一生、俺だけのメイドでいればいいぞ!」
「……」
顔の熱は半端じゃないが、セリアは紺碧の瞳を潤ませる。
「ど、どんな時でも、どんな事になっても、俺のそばにいる事を許可してやるからな?」
セリアは涙を頬に走らせながら、恐ろしいほど綺麗に微笑み、俺は見惚れてしまったが、恥ずかしくなってしまいすぐにユグドラシルに視線を移した。
「はい……。セリアはご主人様の専属メイド。どんな時も、どんな事になったとしても、側に控えております……」
「あぁ」
「……う、うぅ……。ありがとう、ございます……。ご主人様……。セリアにとってそんな幸せな言葉はありません……」
セリアの泣き声に慌てると、そこには無表情からはかけ離れたセリアがいる。
「……ふっ。泣くなよ」
また一つ頭を撫でながら、「これでよかったのか?」と自問する。
セリアからの好意はぶっちゃけ死ぬほど嬉しいし、セリアを妻にすれば、最高の人生を送れるはずだ。
でも、俺は『セリアの嘘』を尊重した。
自分のメイドがそれを望んでいるのだとしたら、主として、幸せにしてやろうと思ったのだ。
それに、この逃亡生活で気づいた事もある。
俺のメイドはセリアだけでいい。他のメイドなんて必要ない。セリアが居てくれるだけで、俺は幸せで居られる事を知れたのだ。
(ふっ……、泣きすぎだ。ポンコツメイドめ……)
俺は上着のポケットからハンカチを手渡すと、セリアは少し頭をさげてそれを受け取ったが、めちゃくちゃパンツだった。
「……い、今、感動のシーンだろ!! 何してくれてる! このポンコツメイドめッ!!」
「……ふふっ。ご主人様にこんなに大切にして頂いて、セリアのパンツも喜んでおります」
クスクスと笑うセリアの表情に一瞬だけ硬直する。
「……お、お前が忍ばせてたんだろう!? 洗濯とか支度はお前がしてるんだからッ!!」
「……ご主人様に愛用して頂けて幸いです。屋敷に戻りましたら新しい物も用意させて頂きますので」
涙を流しながらも、セリアは嬉しそうに笑顔を浮かべている。
(……メ、メイドに手を出すのは紳士としてどうなんだ!? い、いいよな? セリアは俺が好きなんだしッ!! いや、ダメだろ! でもッ……!!)
所詮、俺は『下賤のクズ』。
自分のメイドが笑顔を取り戻したのを見ただけで、決意はブレっブレだった。
〜作者からの大切なお願い〜
「面白い!」
「次、どうなる?」
「更新頑張れ!」
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