推しじゃない攻略対象なんてお断りです!
「生まれ変わるとしたら、どんな世界がいい?」
神の問いに、わたしは「推しがいる世界を」と答えた。
「それはつまり、この『ラヴァーズ・ファンタジア』の攻略対象であるグラファイト第二王子のいる世界、ということかな?」
わたしは頷いた。よく知っているじゃないか。話が早い。
魔法世界乙女ゲーム『ラヴァーズ・ファンタジア』の世界において、最強の剣士であるグラファイト様。
広い肩幅。刈り上げた黒髪。口数の少なさと強面の顔のせいで誤解されがちだが、質実剛健で優しい心の持ち主。
兄である第一王子のディアムトと比較される苦悩と戦いながら、自分の存在を肯定していく物語は涙なしには語れない。
儚く潰えたわたしの生涯における、一番の推しである。
「それで、その世界で君は何を望む?」
胸を張って答える。「グラファイト様と、主人公のアメスティアが結ばれること」と。
「なるほど。そして君がアメスティアになる、と」
は?
「え? 違うの?」
いや、わたしがあの天真爛漫なティアちゃんになれるわけないでしょ。
グラ様はあのティアちゃんじゃないと救えないの。そんなこともわからないの?
分かってると思ってたのに。神様も案外大したこと無いのね。
「じゃ、じゃあ、君は何になりたいのさ?」
えー、じゃあ同じ魔法学園のモブキャラでいいわ。
強いて言うなら、グラ様を特等席で拝めるポジションでよろしく。
「はー、欲があるんだか無いんだか……。まあいいさ、望み通りにしてあげるよ。ついでに、それなりのボーナスもおまけしてあげよう。ところで、」
何よ?
「君の望む世界の、君の望んだ通りの展開にするとして……その先のことは、分かってるんだよね?」
当たり前でしょ。
「じゃあ、もう何も言わないよ。好きにするといいさ」
そうさせてもらうわ。
そうして、わたしの意識はプツンと切れた。
それから16年ほどの時間が経った。
「グラファイト様! おはようございます!」
「……アメスティアか。おはよう」
ジュエル王立魔法学園の校門で、二人の生徒が挨拶を交わす。
一人は、幼なげな雰囲気の少女だ。
トレードマークの髪飾りを揺らしながら、隣の男子に明るい笑みを見せている。
一人は、背の高く体格の良い男子だ。
学生服の上からでもわかるガッシリした体型は、尋常ではない鍛錬の証。
ワイバーンも逃げ出すとさえ言われた強面の顔は、隣の少女に優しい視線を向けていた。
校内の誰もが、その二人を知っていた。
すなわち、平民でありながら特殊な光の魔法を操り、各地で目覚ましい活躍を見せている天才少女アメスティア・アダマンと。
ジュエル王国第二王子にして、魔法を使えず、しかし王国最強の剣士として名を馳せる『鬼神』グラファイト・ファーレンハイム・ジュエルである。
「ティア、で大丈夫ですよ」
「いや、しかし。愛称で呼ぶのは、まだ少し……その、緊張してしまってな」
「ドラゴン相手にも怯まない、グラファイト様がですか?」
「……そういうのとは、違うんだ。分かってくれ」
「はい。それなら、グラファイト様が緊張しないように、私も頑張りますね!」
同じ学園に通ってはいても、本来ならば結ばれることも、親しく話すことですら許されぬ身分の差を持つ二人。
それが原因で多くの困難に見舞われたが、それも今は昔。
今では、学園の全てが二人の恋路を祝福し、優しく見守っている。
そう。それは、わたしも同様である。
「無自覚距離感ゼロのティアちゃんに照れるグラ様、何度見ても、萌え……っ!」
学園の屋上から望遠魔法で二人を覗き込み、歓喜の声を上げる者。
それが、今のわたし──シーシュ・アーティフィカ公爵令嬢である。
もちろん、遮音魔法もかけているので、わたしの声が外に漏れることもない。
「もう付き合い始めて何日経ったと思ってるのよ、二週間と三日目よ!? それなのにこの初々しさ! 体格差がありすぎるせいで触れたら壊れてしまいそうなティアちゃんに上手く触れられないグラ様の不器用な優しさがまた、いい!!」
今、グラ様はゴツゴツした指をティアちゃんの手に近づけようとして、何度も躊躇している。
振り子のように、所在なさげに揺れるグラ様の右手に、ティアちゃんが気づいた。
「ッ、アメスティア……ッ!」
「大丈夫ですよ。グラファイト様がどう思っていたとしても、この手を汚いだなんて、私は決して思ったりはしません。私たちを、この国を守り続けてきた、美しい手ですから」
「……ありがとう」
「と、尊い……っ!!」
……さて。一応、わたしの現状にも触れておこう。
神様はわたしの要求を全て叶えてくれた。
すなわち、グラ様と同じ世界で、かつグラ様とティアちゃんを特等席で拝めるポジションへの転生だ。
それがこのアーティフィカ公爵令嬢という王族に近しい立場。
そして、最強とは言えないものの、あらゆる魔法への満遍ない適正を持つちょうどいい才能である。
多分神の言っていた『ボーナス』とは、これのことなんだろう。
正直、めっちゃ助かっている。現代知識と組み合わせれば、やりたいことは大体なんでもできてしまうから。
今使っている望遠も、遮音も、この魔法の才能を応用したものだ。その気になれば、偏光魔法で簡易的に身を隠すことだってできてしまう。
そんなわけで、わたしは幼少期からグラ様を比較的近い立場で見守ることができたのだ。
とはいえ、それも楽なことではなかった。
なにせ、グラ様を最終的に救うのは学園のティアちゃんでなければならないのだ。
それはつまり、わたしはグラ様に干渉していけないということを意味する。
グラ様がどれだけ苦しんでいようが、それを救う方法を知っていようが、わたしはそこに手を差し伸べてはいけなかったのだ。
だから、わたしは泣きながら見守った。
最低限の露払いだけを済ませ。
来るべき、その日を待ちながら。
だが、それももう終わり。
その日はちゃんと訪れ、二人はちゃんと結ばれた。
これでめでたしめでたし。
わたしは二人を愛で続ける日々を過ごせる……
……というわけには、いかなかった。
「毎度毎度、シーシュも飽きないねぇ。慌てるアイツを眺めることの、何が楽しいんだか」
……ぎろり、とわたしは後ろを睨みつけた。
細身で長身。さらりとした金の髪。
グラ様とは似ても似つかない、なのにどこか面影を感じる顔つき。
こいつこそが『ラヴァーズ・ファンタジア』のメイン攻略対象にして、ジュエル第一王子であるディアムト・セルシウス・ジュエルだ。
「あんたこそ、毎度わたしの周りをうろちょろしてるじゃない。ハエみたいに」
「君じゃなかったら不敬罪で捕まえてるよ、その言いよう」
「嫌なら近づくんじゃないわよ」
「嫌じゃないから、ここにいるんじゃないか」
……わたしがグラ様を間近で拝もうとする中で、妙に距離が近づいてしまった存在がいる。
それがこのディアムト第一王子である。
────君、アーティフィカ公爵家の子だったよね? グラファイトに興味あるのかい?
というか、こいつから一方的に接近してきたのだ。
わたしが遠くからグラ様を拝んでいると、どこからともなく表れては、わたしに話しかけてくる。
それも十年ほど、ずっとだ。理由もよくわからない。
わたしはグラ様に専念したいというのに、何度もちょっかいをかけてきて、鬱陶しい。
そもそも、わたしはこいつがあんまり好みではないのだ。
わたしはもっとガッチリした、筋肉質の男──いや、漢が好きなのよ!
それに対してディアムトはナヨナヨとした身体つき。ちゃんと飯食って筋トレしてるの!!?
性格だって八方美人で、ヘラヘラと笑みばかり浮かべている。ああもう、気持ち悪いったらありゃしない!!
それなのに、最終的にはコイツと結ばれるのがトゥルーエンドだったのだ。
わたしはコントローラー投げたよ。ふざけんなって。
ティアちゃんに相応しいのは、グラ様一択なんだよ!!
……とはいえ、王族というか次期国王なのはほぼ確定であり、ぞんざいに扱えない存在でもある。
だからこそ、余計に面倒なんだけど。
「で、今度は何よ? とっとと話してどっか行ってちょうだい。邪魔よ」
「いいねえ、その扱い。ゾクゾクする。実は最近病みつきになってきたんだ」
「キモいわ!」
「まあ、お遊びはこの辺にしておいて」
スッ、と。
ディアムトの顔から、笑みが消えた。
「『瘴気』が発生した。君の予言通りにね」
──ああ、やっぱりか。
わたしは内心で、ため息を吐く。
「シーシュの予言魔法は、恐ろしいほどに正確だね。これで三回連続的中だ。是非とも、その方法を教えてもらいたいものだよ」
「最初に約束したでしょ。わたしの予言について詮索はしないって」
「分かってるさ。言ってみただけ」
『瘴気』。
それが、この『ラヴァーズ・ファンタジア』の世界を蝕む病にして、星をも滅ぼす災厄だ。
周囲の物体と生物を軒並み侵食して魔獣化させるこの現象は、現在世界の各所でたびたび発生している。
瘴気を収めるには、光魔法による浄化が必須だ。それでも、根本的な解決には至らない。
そして、この『ラヴァーズ・ファンタジア』という物語は、トゥルーエンドに至らない限り、瘴気による緩やかな滅びが約束されている。
世界を救うカギは、ティアちゃんの光魔法とディアムトが握るジュエル王家の秘密。
それに加えて、二人の強く結ばれた愛という名の絆が起こす、奇跡だ。
それだけのものを用意して、はじめてこの世界は救われる。
つまり、ティアちゃんとディアムトが結ばれない限り、この世界はいずれ滅びてしまうのだ。
なんてひどい物語だろう。推しが救われると、世界が救われないなんて。
でも、もっとひどいのはわたしだ。
その二つを勝手に天秤にかけて、あろうことか世界よりも推しを選んでしまったのだから。
だから、これは罪滅ぼしだ。
「わたしは瘴気を予言して、光魔法で浄化する。あんたたち王国軍は、それを全力でサポートする。それだけの関係よ」
幸い、わたしが持つ満遍ない魔法への才能は、光魔法にも及んでいた。
ティアちゃんほど強くはなくても、小規模の瘴気であれば、わたしでも十分浄化は可能だった。
加えて、ゲームをプレイしたことでの知識と経験を『予言』として王国に提供する。
これによって、瘴気への対応力を盤石にすることに成功した。
わたしの願いはひとつ。
ティアちゃんとグラ様。わたしの推しが、戦いに行かなくて済むこと。
二人の代わりに、わたしが世界を救うのだ。
「分かってるさ。君が浄化に専念できるよう、僕たちが全力で君を守るよ」
「……というか、あんたは別に前に出なくてもいいんじゃないの? 第一王子が死んだら困るでしょ?」
一応、ディアムトも国内で最強クラスの水魔法の使い手である。
……確かに一騎当千の魔法は心強い。過去の瘴気との戦いでは、不本意ながら命を助けられる機会もあった。悔しいが。
とはいえ、わたしもただの公爵令嬢にすぎない。ディアムトの命とは、釣り合わないのだ。
「まあそうなんだけど。戦力を出し惜しみしてる余裕なんてないし、何より君に死んでほしくないからね」
「あんたにそう言われると、なんかキモイわね。わたしが大事だってことは分かってるつもりだけど」
「聞いておきたいんだけど……本当に、分かってる?」
念を押すような、ディアムトの言葉。
? 何を気にする必要があるんだろうか。
「分かってるわよ。予言も、光魔法も、そう代替の効くものじゃないもの」
答えた瞬間、ディアムトは大きくため息をついた。
「はぁあああああああああ…………」
「え、なに!? わたし何も変なこと言ってないでしょ!?」
「あのねえ、シーシュ」
ディアムトがわたしの名前を呼ぶと、ぐい、とその身を大きくわたしに近付けた。
細身とはいえ、長身のディアムトがわたしに近づくと、かなりの威圧感を感じる。
漢ではない。けれども、男として持ち合わせているその圧力に、わたしはたじろいだ。
「まさか僕が、戦略的な価値だけで君に近づいていると、本気で思っていたのかい?」
「え……っ?」
意味がわからない。
わたしに、それ以外の価値があるとでも?
だけど、ディアムトの顔にはいつものヘラヘラした笑みはなくて、真剣そのものだ。
ドン、と屋上の柵に右手を押し付けたディアムトは、わたしに触れずにわたしの身体を拘束する。
壁ドンの体勢だ。
さらに、空いてる左手をわたしの頬に添えた。
何!? 一体どういうこと!?
これじゃ、まるでディアムトがわたしを口説いてるみたいじゃない!?
驚いて、ディアムトを引きはがそうとするが、身体が上手く動かない。
筋力に差はあっても、魔法を使えばディアムトを遠ざけることだって簡単にできるはずだ。
なのに、それもできない。
その代わりに、心臓の音が、うるさいほど響いていた。
「僕が君にはじめて出会ったのは、十三年前。僕じゃなくて、グラファイトに熱い視線を向けている姿だ。あの眼差しに僕は魅入られて、同時に嫉妬した。どうしてあの視線が僕に向かないんだろうって」
「な、何をいきなりっ」
「君がグラファイトに惚れているのは分かってたさ。だから退いてやろうと思ってたのに。ところがなんだ、彼が他の女とくっつくのを黙認するどころか、遠くから応援してるじゃないか。一体どういうことなんだい?」
「ぐ、グラ様は推しだから……っ!」
「僕は? 僕は違うのかい?」
「あんたが推しなわけないでしょ……!」
わたしの苦し紛れの抵抗。
その言葉を待っていた、と言わんばかりに、ディアムトの口がにぃと釣り上がった。
「なるほど? じゃあ僕は遠くから眺めなくてもいいわけだ」
「……何が言いたいのよっ!?」
「君を、愛してる」
「はぁ!?」
ディアムトの端正な顔が、口づけをするかのように近付いてくる。
ま、まって、近い近い近い!!!
まつげ長っ! 顔整いすぎでしょ!?
思考が、どんどん奪われていく……っ!!
「王国なんてさっさと救って、はやく結婚しよう。ふたりでずっと、幸せになろうじゃないか」
そのまま、唇と唇の距離がゼロに……
「やめろぉああああああ!!!!」
「はぐぅ!!!?」
……なる直前、わたしはディアムトの鳩尾に、渾身の右ストレートを叩き込む。
一般人ならギロチンまっしぐらな一撃に、ディアムトの身体はくの字に崩れ落ちた。
「ど、どうして……ぐふっ」
「うっさい! 適当な嘘でバカにしやがって!! 殺すわよ!!!?」
「う、嘘じゃないっ、本当なんだ……っ!」
「信じられるかぁ!!!」
断末魔みたいに叫ぶディアムトを置き去りにして、わたしは屋上を走り去った。
「僕は、諦めないよっ!! 君に、僕の想いを、分かってもらうまで……っ!!」
……遮音魔法を残してやったのは、せめてもの情けだ。
「はーっ、はーっ、はーっ……!」
駆ける。階段を駆け降りる。
火照る顔。高鳴る心臓。
その理由が、あいつだなんて、思いたくないのに。
「ああくそ、知りたくないこと知っちゃった……っ!!」
考えてみれば、当たり前のことだったのだ。
例え推しじゃなくたって、大好きなゲームの攻略対象を、嫌いになんてなれるわけがない!!
「そりゃかっこいいに決まってるじゃん! だって、グラ様の兄で、キャラデザが同じ人なのよ!?」
わたしはメタ的な悲鳴を上げる。
だがその時、わたしはあることに気づいてしまう。
世界を救う鍵。
光魔法と、王家の秘密。
そして、二人の愛という名の絆。
それはもしかして、わたしがディアムトと結ばれることでも代用ができるのでは……?
「い、いやダメ!! その可能性は考えちゃダメなやつ!!」
わたしの愛は、グラファイト様を陰から見守るために全て捧げるの!
たとえ攻略対象でも、推しでもない男とくっつくなんて、絶対にお断りよ!!
絶対だからね!?