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今日から始まる逃亡生活!

作者: 夜凪

「うふふふ………」

どこからか虚ろに響く笑い声。

あら嫌だ、何かと思えば、わたしの口から漏れてるじゃない。


ダメね、淑女としてはしたないわ、こんな笑い方。

私は、この国の第二王子の婚約者。皆の手本にならねばならない存在なのだから。


いつものように、そう自身を嗜めてみたけど、効果なんてある訳ないわね……。

だって、現在進行形で、私の目の前でその第二王子及び側近達に盛大にディスられているんだもの。

正確には扉の隙間から聞こえてるんだけど……。


曰く「真面目すぎてつまらない」「正論なのはわかるが、臨機応変に対応できる柔軟さも必要だろう」「笑い方も人形ぽくてなんだか気持ち悪い」などなど……。


真面目………。

あなたが適当だから、代わりに私が頑張るしかなかったんですけど。


なんでか、貴方の失敗で私が怒られる理不尽が罷り通っておりましたからね。

息子ちゃんラブな王妃様を筆頭に、王子の周辺貴方に甘い方多すぎです!


ちなみに本日も、貴方が途中で放り出した公務を代わりに始末してましたわ。

まだ学生だから大した事は任されていないとはいえ、自分の分も合わせて2人分はとても大変でした。


やっと全部終わって午後からでも講義を受けようと登校し、取りそびれていた食事でもとやってきたら、この有り様ですよ。


いくら貴人用の特別室だからって、食堂で迂闊すぎやしませんかね?

せめて扉を閉めてくれてれば、声が外に漏れることもなく気づかなかったのに………。


「アリオス様、相変わらず溜まってますねぇ。でも、真面目なお陰で公務も生徒会の仕事も頑張ってくれてるんだし、いいじゃないですか」


「それくらいのメリットがなきゃ付き合えん。2年後には嫌でも結婚して一生顔つき合わせなきゃいけないんだぞ?あれと」


「え〜〜、キャリー様美人じゃん」


「確かに整ってるとは思うが、俺の好みは笑顔の可愛い癒し系だ。しかもどっちが前か後ろかも分からない体型とか……マイナスしかない」



ええ。

分かってましたけどね。

あなた方が私を都合良く使っているのは。


分かってたつもりでも、実際に聞くと心が抉られますわね。

すみませんね、癒されなくて。

確かに、私の顔は《氷華の薔薇》と喩えられるお母様にそっくりで、色味も銀髪にアイスブルーの瞳と涼しげですけどね。

体型は‥…まだ14歳ですもの。将来に希望はあるはずです!


笑い声と共に続く会話がいつの間にかスタイルの良さは誰々が……癒し系なら…‥って話題に移ったあたりで、私はそっと踵を返しました。


食欲?そんなものもうありません。




というか、もう帰っちゃおうかな……。

どうせ、王城で強制参加の王子妃教育で学校で習う範囲はとっくの昔に終わってるし。


それでも無理して時間をあけて学校に来てたのは単に人脈を作る為でしたから。

ええ。将来のために同世代の人と交流して人心を掴むのは王族としての必須だそうですよ?


トボトボと歩いて行くと中庭のベンチにお友達の姿。

ああ、今日はお外でランチでしたのね。

食堂のランチボックス、美味しいですものね。


私も混ぜてもらおうかしら。

皆さんと楽しくおしゃべりしてお茶でも飲めば、気分転換になるでしょうし……。


丁度死角にいたみたいで、皆さんまだ此方に気づいていないみたい。


ふと、脳裏をよぎる「真面目すぎてつまらん」という婚約者の声。


このまま背後から忍び寄って脅かしたら、皆さんビックリするかしら?


なんて慣れない悪戯心をだした私を殴ってやりたい。


「今日はキャリー様は1日お休みかしら?」

「どうでしょう?相変わらずお忙しそうですし?」


聞こえてきた自分の名前に、ドキリと心臓が跳ねます。


「いつでもパタパタお忙しそうにしてて、お気の毒ね」

「そうね。お声かけるのにも緊張しちゃう」

「完璧すぎるのよね〜。こっちまで体に力が入っちゃって……」


そこまで聞いて、私はクルリと踵を返しました。




仲の良いお友達だと思ってたのに……。

みんなで楽しむお茶の時間は、私の数少ない癒しの時間だったのに……。

皆んなは緊張してたのね。


公爵家の令嬢で第二王子の婚約者。

そんな立場の私から誘われたら断れなくて、しょうがなくお付き合いしてただけなのでしょう。


私だって最初は、将来の人脈のためって言われて動いてたんだからお互い様じゃない。

そう自分に言い聞かせてみても、心がキシキシと音を立てて軋みます。

込み上げてくる涙をグッと飲み込みました。


だめよ、こんなところで泣くなんて。

王子妃教育ではもっと辛い事は幾らでもあったじゃない。

せめて馬車の中までは我慢して……。


半ば駆け込むように馬車へと乗り込むと、いつにない私の様子に驚いた様子の御者へ頼んで、自宅へと向かってもらいました。


本当はこの後、王妃様とお茶会のお約束があったのだけど、もう今日は微笑(わら)えそうにありません。

申し訳ないけど、体調不良でお断りの連絡をいたしましょう。


耐えていた涙が、ポロリと頬を零れ落ちました。




お家に着きました。


予定にない時間に帰ってきた私を、執事長が微かに目元に驚きを滲ませて迎えてくれました。

どうにか馬車の中で気持ちを立て直したつもりだったけど、幼い頃から私を見てきた執事長にはバレバレだったのでしょう。


「奥様が領地より無事にお着きになられてますよ。

今はラウンジでラミアお嬢様と、今度作るドレスを相談されています。

キャリーお嬢様も参加されてはどうですか?」

だけど、赤い目元に触れる事なく、明るい声で勧めてきました。


一つ下のラミアは、お父様にそっくりの明るい金髪と榛色の瞳をした、無邪気で可愛い妹です。

いつもお勉強に忙しくあまり交流できないけれど、そんな私でも会えば「お姉さま」と慕ってくれます。


そういえば、今年度から学園に入ったのだけど、最近さらに忙しくて最近殆ど顔も見ていなかったですね。


朝は早めに出て溜まっている生徒会の業務を処理して日中は学園、それが終われば王城に向かい、終わらない王子妃教育や王妃様とのお茶会(という名の作法チェック)及び王子妃としての心構え講座(別名うちの可愛い息子ちゃんをしっかりと支えるのよ!な姑の説教)。


これまたお作法チェックな夕食をいただいて、王子が溜め込んだ書類の手伝いをしていれば、帰る頃には家族は部屋に引き上げた後です。

お父様はともかく、お母様と妹の夜は早いので既に夢の中。


そういえば、まともに家族と食事をとった記憶も殆どありませんね。

婚約者へと決まった8つの頃から、みっちりと詰め込まれた王子妃教育で殆ど城に軟禁状態でしたから。


辛いと泣いても、もう嫌だと両親に駄々をこねても「皆が通る道だから」「婚約者として必要な教育なのだ」と馬車に乗せられ送り出され……。


褒めることのない教師陣は、基本できて当たり前。出来なければ叱責してさらに課題が増えるという地獄。

コレだから、できる人間はできない人間の気持ちがわからない、と揶揄されるんですわ!


家に帰っても持たされた課題を終わらせる為に家族の食卓につくこともままならず、軽食を摘みながら自室で机に向かい、そのまま寝落ちしてはそっとベッドに運ばれる日々。


あれ?私ってもしかして不憫?


気づいてしまった己の不遇さに遠い目をしながら、お母様たちがいる部屋へと案内されれば、華やいだ声が聞こえてきました。


「この色素敵」とはしゃぐラミア。

「こっちの方が似合うんじゃない?」と優しい声の母。


そして……。


「そのデザインは少しラミアには早いんじゃないか?」

柔らかに響く低い声。


「………お父様もいらっしゃったのね」

聞き覚えはあるけれど、すごく違和感。

そんな優しい声、初めて聞いたわ。


開け放たれた扉の影から中を覗けば、柔らかな午後の日差しの中、たくさんのドレスの生地やデザイン画を囲んで、和やかに笑い合う家族の姿。


それは、胸が痛くなるほど幸せな光景。


立ち止まった私に、不思議そうに中へ声をかけようとする執事長を咄嗟に止めたのは、何かを考えてのことではありませんでした。


ただ、声をかけることで。

私がその中に入り込むことで、その幸せな光景が壊れてしまうような気がしたのです。


だって、そんなに楽しそうにはしゃぐお母様の顔なんて知りません。

そんなに穏やかな声で、優しく頭を撫でてくれるお父様なんて初めて見ました。


手本を示すように淑女の笑みを浮かべ穏やかに話すお母様。

スッと伸びた背筋と少し眉間に皺を寄せ、低い声で私を諭すお父様。

それが、いつも私が見ていた2人でしたから。


ああ。

心がひび割れてしまいそう。


微動だにせずジッと家族を見つめる私を執事長が心配そうに見つめているにはきづいていました。

だけど、ごめんなさい。

どうしても、ここから足が動きそうにありません。


「お姉さまも、ご一緒できたらいいのに」

少し拗ねたようなラミアの声。


ああ、もうこのパターンはお腹いっぱいです。

早くここから逃げなければ、きっと私はもう……。


だけど、足は凍りついたかのように動いてはくれず、最後の足掻きとばかりに私はギュッと目を閉じました。


「キャリーは忙しいからしょうがないのよ」

少し困ったようなお母様の声。


「そう言って、もうずっと一緒にご飯も食べてないし、お話だって出来てないのよ!学校でも、どこにいるのか捕まらないし。………つまらないわ」

ラミアの声は完全に拗ねていて、私と会えないのが本当に寂しいと言っているのがわかる。


ああ、この子だけは本当に私を思ってくれているんだ、と目を開け足を踏み出そうとした時、響いた声が再び私を凍りつかせた。


「アレは不器用だが真面目だからな。教師陣が手放したがらん。まだ出来るはずとの一点張りでな」

眉間に寄った皺と低い声。

そこには見慣れたお父様の姿。


「そうね。毎日王城に取られて、まるでもうお嫁に行ったかのよう。あの子の成長を楽しむ暇もなかったわ」

困ったように笑うお母様は、どこか諦めたかのようにため息をついた。


ああ、やっぱり。

盗み聞きなんてろくな事にならない。

婚約者にも友人にも……。家族にすらダメ出しされて……。


押し込めたはずの涙が再び込み上げてきます。


「お嬢さま、アレは違うのです。旦那様も奥様も言葉が足りなくてですね……」

執事長が焦ったように何かを言おうとして、それに覆い被さるようにラミアの叫び声が響き渡る。


「もう!お姉様には会えないし!お母様とお父様にこんな顔させて………。もう!もう!!大っ嫌い!!」





パキン





どこからか聞こえたのは、多分私の心が割れた音。

あんなに慕ってくれていた妹までも、ついに私に愛想を尽かしてしまったのね。


遊びたい気持ちも、甘やかしてほしい気持ちも押し込めて。

我慢して頑張って。

貴族の義務とか選ばれたものの定めとか、そんな難しい言葉はよくわからなかったけど。


ただ、両親に誇りに思って欲しくて。

「コレから一緒に頑張ろう」と笑ってくれた王子様の支えになりたくて。


大嫌いな勉強も苦痛で仕方なかった礼儀作法も。

頑張って頑張って。

コレが終わればゆっくり出来る。そう慰めてくれた言葉を信じて。


だけど。


自国の歴史を納めれば隣国のものを。

1つ言葉を覚えれば、では次は同盟国のものを覚えましょう。礼儀作法も他国では違う場合がありますからね。


次々と湧いてくる終わりのない教育に泣きそうになっても、誰も助けてはくれなかった。

最初は褒めてくれていた人達も次第にできて当然という目を向けるようになり、その内、出来るのだからとアレもコレもと押し付けだした。


いつしか自分でもそれが当然になって考えることをやめてしまってたんだと思う。


でも、本当は。


家族でご飯食べたかった。

大好きと抱きしめてもらって、よく頑張ったと頭を撫でて欲しかった。

庭を妹と走り回って、木登りして怒られて、池の魚を釣って執事長に説教されて。

1日の最後にはお休みのキスをして、そっと布団をかけて欲しかった。


『婚約者』になるまでには確かにあった当たり前の日々が、泣きたくなるほど恋しかった。





「馬鹿みたい」

ぽつりと小さくつぶやいてみる。

頑張った。自分の心を押し殺して限界以上に頑張った結果が、コレだなんて。


「おねえさま!?」

私の声に振り返ったラミアが、驚いたように駆け寄ってくる。


「今日はお帰りの予定でしたか?もう今日はおしまいですか?!だったらラミアと………お姉様?」

嬉しそうに声をあげるラミアが、何も言わない私の様子に不安そうに首を傾げた。


「どうしたの?お姉さま。泣きそうなお顔。誰かに意地悪されたの?ラミアがカタキを「いいの、ラミア」

俯いた私の顔を覗き込むように話しかけてくるラミアの言葉を遮って、私は顔を上げた。


「もう良いのよ。そんなふうに私に気を使ったりしないで………」

ニコリと笑った頬をポロリと1つ涙がこぼれ落ちた。


「キャリー?」

不穏な空気を感じたのか、お母様が何かを探るような視線を向ける。


「寂しい思いをさせてごめんなさい、お母様。頑張ったんだけど、不出来な私は与えられる課題もうまくこなせなくてお家に帰れなかったの。とても領地まで行き帰りするお休みなど貰えなかった」


父は王城勤めのため、その代理で領地の様々な問題を切り盛りするお母様は忙しくて中々王都には出て来られない。

会いたいなら、自分から行かなければいけなかったのに。


「お父様も、ごめんなさい。

いつも難しいお顔をしていたのは私のせいだったのね。期待に応えられなくてごめんなさい」

王城に勤めるお父様。きっと先生方に不甲斐ない娘のことで嫌味を言われたりしたのだろう。


視線を振り切るように言葉を紡ぐ。

うまく笑えてるかな?

自分の気持ちを隠すために、どんな時でも笑顔を浮かべられるようになさい、と礼儀の先生が仰ってたから、頑張ったの。成果、出てると良いけど。


「キャリー、何を」

驚いたように立ち上がるお父様に、少し吹き出しそうになった。

だって、本当にびっくりしてるみたいなのだもの。

眉間の皺がない顔、久し振りに向けられた気がする。


「本当に頑張ったのよ?勉強も嫌いだし、ジッと座ってるのも苦痛だったけど。

だけど、もう無理みたい。

だって王子様も友達も………家族も。みんな私のこと苦手で必要ないみたいなんだもの」


ああ、やっぱりダメね。

笑顔が保てないや。自分の顔から、どんどん表情が消えていくのが分かる。


「ああ、でも魔法の勉強は楽しかった。細かい魔力操作は苦手だったけど。成果が明確に見えてわかりやすかったし」


適性のあった水と空間の魔法は王宮魔術師並みに、風と光は人並みに、他はそこそこだったけど。

ああ、魔道具作りは楽しかったし、もう少し勉強したかったかな?


「だけどもういいの。頑張る意味も分からなくなっちゃったし、疲れちゃった。不出来な娘はもういない事としてください」


渾身のカーテシーを1つ。


コレは自信があるのよ?

何しろ8つの時から6年間、鍛えに鍛えられたから。

綺麗な形に保つには下半身の筋力がモノをいう。

だけど筋肉はつけすぎるとみっともない、と、筋力強化の魔法を覚えるまで本当に地獄だった。


一定時間停止した後、ふっと体を起こせば、何かに威圧されたかのように固まる家族……だった人達。


「お世話になりました。御前失礼致します」


そうして、私は一気に秘密基地へと転移した。

後に残された人たちが、どうしたかは知らない。

知りたくも、ない。


少なくとも、今はまだ………。





て、訳で転移したのは私の秘密基地。


場所はこの世界ではないどこかの亜空間の中。

得意の空間魔法で作れるというマジックバックの解説を聞いてる時に思ったんだよね。


この中に、入れたらいいのにって。


確か10歳くらいの時で、王子妃教育に疲れ切ってて、誰も目にもつかない場所があればいいのにって。


普通なら、そんな事、怖くてできないと思う。

だって、自分で作成しててなんだけどマジックバックの中って未知の空間だったし。

人が入り込んだなんて、聞いたことない。

一応、理論上はどういう場所か解明されてるけど、当時の私には難しくてよくわかんなかった。から、私の中では《なんでも入る不思議な空間》でしか、なかった。


「でも食料を入れてもそのまま出てくるし、肉がいけるなら人もいけるんじゃない?」という謎理論の元、ああでもないこうでもないと試行錯誤(現実逃避とも言う)しているうちに。


出来ちゃきました!

その間、約3日。私、すごい!


最初はクローゼットくらいの広さしかなかったお部屋も四年経った今では、自宅の部屋くらいの広さになった。

こだわりの家具を置いて、趣味100%の寛ぎ空間になっている。

大人が4人は寝れそうな大きなベッドでゴロゴロするの幸せすぎた。


ちなみに、入る時はお部屋を思い浮かべる事で、出る時は扉を行きたいところを思い浮かべて開けるだけで、どこにでも行けた。

まぁ、脳裏に思い浮かべないと行けないから、行ったことのある場所じゃないと無理だけど。


さらに、ちょこっとだけ時空魔法の適性もあったおかげで、今では外との時間の流れが2倍差くらいゆっくりに出来た。サボる時に短時間で寛げて重宝してる。

最終目標は時間停止だけど、私の適性率だとちょっと難しいかな?


ココのおかげでたりない睡眠と癒しの時間が取れて、どうにかやって来れたのだ。

当然、みんなには秘密。

こんな空間魔法聞いた事なかった。


バレたら細かい解析だのなんだのでさらに忙殺されるのは分かりきってたから。

癒しを求めて作った魔法空間のせいで、忙殺されるとか何その本末転倒。


なので、この場所には誰も来れないし、誰も私を見つけることは出来ない。

私に付いてくれてる()の人は、どこかに行っている(・・・・・・・・・)事は薄々気づいてるみたいだけど、何故かお目溢ししてくれてる。

ありがたや。


それにしても。


「ああ〜〜やっちゃった〜〜。でも、なんかスッキリ〜〜」

大きく背伸びをして、大声をあげる。

外でやったら「はしたない!」と説教2時間コースだけど、ここには咎める人は誰もいない。


と、言うか、コレからはもう誰も私を止めることはできない。


だってみんな放り出してきたしね!


頑張ってきたけど、もう知らない。

嫌われてるのに便利遣いされて喜べるほどマゾじゃないし。

薄々気づいてるのと、はっきり聞いちゃうのじゃ、違うよね〜、やっぱり。


王子様との婚約放り投げたらお家的には大変だろうけど、腐っても公爵家だしお取りつぶしとかにはなんないでしょ。

諸々調整大変かも知んないけど、それくらいは頑張ってもらおう。


父は優秀らしいし、いけるでしょ。

私の6年間の精神的苦痛の慰謝料って事で。

し〜らない!


「コレからどうしようかな〜〜」


まぁ、しばらくはここに引きこもってダラダラするとして、飽きたらどこか遠くの国で冒険者でもするかなぁ?

せっかく鍛えた魔法もあるし。

あ、どっかに弟子入りして魔道具作りを極めるのも楽しいかも。


なんだか楽しくなってきて、大声をあげて笑ってしまった。


やりたかった事もやってみたい事も山程ある。

行きたい場所にだってどこにでもいけるし、前移動の馬車の中から見た他国の市場は楽しそうだった。


しばらく感じてなかったワクワクとソワソワが堪らない。




「私は自由だ〜〜!!」








「なに?どういうこと?お姉様、どこ行っちゃったの?」


久しぶりに会えたお姉様は、泣きそうな顔をしてた。


だけど次の瞬間、とても綺麗な笑顔を浮かべ、一方的に喋ってるうちに表情がなくなり、そうして最後は見惚れるほどの綺麗なカーテシーを1つ残して、消えてしまった。


茫然とするお父様とお母様。

怒ったような困ったような、なんとも言えない顔で立っている執事長。


「予定にないお帰りでしたが、とてもお辛そうな様子だったので、少しでも元気がでればとこちらにご案内したのですが………」


執事長は、お父様、お母様と視線を流し、最後に私へと視線を止めた。


「ラミアお嬢様。先程の「大嫌い」はどちらへ向けてのものでございますか?」


突然、尋ねられ、こてんと首を傾げる。

大嫌い、をどちらにって、そんなの私たちからお姉さまを奪っていくお城の人達に決まってる。


優しくて賢い自慢の姉は、第二王子の婚約者に抜擢されてから、王子妃教育とやらで中々お家に帰って来なくなっちゃったの。


1つしか歳の変わらない私たちはとても仲が良くていつでも一緒だったから、すごく寂しかった。

こんな事なら、王子様の婚約者なんて、さすがお姉様!って喜んでいた私を殴ってやりたいって何回思った事か。


そんな事、耳にタコが出来そうなくらいみんなに愚痴ってたと思うんだけど、なにを今さら?


ちなみにお母様と領地で暮らしていた私は、今年から学園に入るために王都に引っ越してきた。

だから、少しはお姉様とお話しできる時間が増えると期待してたのに。


王子様のフォローで走り回るお姉さまはとても忙しく、なかなか思うように会えないのが現状だ。

私の大嫌いリストの堂々第一位は第二王子になった。


「まあ、そうでございますよね。ですが、あの言葉だけ聞くとラミアお嬢様がキャリーお嬢様を嫌いとおっしゃっているように聞こえましたよ?」


執事長の言葉に唖然とする。

私が・・お姉様を・・・・きらう?・・・・)

「いやいやいやあり得ないでしょう!天地がひっくり返たとしてもそんな日は来ないわ!!」

あまりの衝撃に天に向かって吠えた後、ふと先ほどの執事長の言葉を思い出す。


「おねえさまがきいていた?」

ギギギっとやけに動きにくい首を動かして、執事長へと視線を向ける。

こくりと執事長は首を動かした。縦に。


「で、私がお姉さまを(・・・・・)嫌いと叫んだって思った?」

「おそらく」

再び執事長の首が、縦に振られた。


「涙ぐまれておいででした」

「いやあああああ~~~~~!!!お姉さま、誤解です~~~~!!!!」

衝撃の一言に、私は消えてしまったお姉さまを探して走り出した。





その後ろ姿を見送って、私はふうっとため息をつきました。

叫びながら走り出すなど、ラミアお嬢様の淑女教育はもう少し厳しくした方がよろしいですね。


それから、いまだにキャリーお嬢様から投げつけられた言葉の衝撃から抜け出せずに固まっている旦那様と奥様を眺めます。

・・・長いですね。


「旦那様、奥様生きておられますか?」

私の声にようやく旦那様が反応されました。


「バッカス、気のせいかな?キャリーが絶縁宣言のような事を言って消えたんだが・・・」

「現実を見てください、旦那様。見事な絶縁宣言でした」


再びの沈黙。

・・・・・・・・後。


「いやああああ~~~!!!」

「なんで?なんでそんな事になったんだ?!?」


錯乱して叫びだすお二人に、思わず主に向けてはいけないような視線を向けてしまいました。

私も、まだまだでございますね。


「理由は判りませんが、 突然ご帰宅されて様子もおかしゅうございました。馭者の話では、いつもは考えられないほど足早に馬車に駆けこまれ、中で少し涙されていたようだと。詳細は・・・ライ、いるのでしょう」


「はいは~~い」

声をかけた途端、黒ずくめの細身の男が姿を現します。

覆面をつけているため表情はうかがえませんが、唯一隙間から見えている目が面白そうに細められています。この状況を面白がっていますね。


「バッカスさん、お嬢隠れ家(・・・)に逃げ込んだみたいだ。いつも通り気配すら掴めねえ」

不敬な言葉遣いのこの男は王城からキャリーお嬢様につけられている影で、こんな口調ですが腕は若手の中ではピカ一です。

その彼から気配もつかませないということは、お嬢様はいつもの場所に入ってしまわれたという事でしょう。


私も気配察知の魔法を展開してみますが、お嬢様の気配を見つけることは出来ませんね。

あ、ラミアお嬢様が転びました。階段落ちしましたがすぐに立ち上がって走り出したので大した事は無いのでしょうが、ドレスを破られていたらお仕置き確定ですね。


何かがあるとどこかに隠れてしまうのはキャリー様の癖のようなもので、大体隠れた場所で泣いて叫んで怒ってストレスを、発散させている様子でした。

そんな時は、気づかないふりでそっと見守っていたのですが、ある日を境に気配が消えるようになったのです。


人は、生命力とは別に大小の違いはありますが皆、魔力を持っています。

気配察知の魔法はその魔力を見つけるものです。

魔力操作で自分の魔力を限りなく薄くして隠匿することは可能ですが、ライは腐っても王に仕える影のエリートです。

たかだか10才程度の子供に出し抜かれるなどあり得ません。


だけど、お嬢様は消えました。


その日は苦手な作法の時間でうまくいかず叱責され、涙目で次の魔法学の教室へと移動している途中だったようです。

廊下の角を曲がり、ライの死角に入った一瞬に、存在そのものが消えたそうです。


生きている限り消えることの無いはずの魔力。姿と共にそれも察知できず、最悪を想定しながら走り回ったライは、10分後、何事もなかったように魔法学の教室のドアの前に立つキャリーお嬢様を見つけたそうで、いわく「突然現れた」との事でした。


その後、プロ意識を刺激されたライは昼夜問わず張り付き、何度か同じ現象に遭遇し、何か不思議な空間の中に逃げ込んでいるのではないかと予想をつけました。

もともと、いやなことがあるとどこかに隠れて泣いていたお嬢様です。

短いときで10分、長いときで一時間ほど。

詰め込まれた行き過ぎな王子妃教育に疑問を抱いていたライは、危険もなさそうだしと目をつぶることにしたそうです。


「あんなちっさい子が、遊ぶことも弱音を吐くことも無く頑張ってるんだし。どこかに逃げ道作ってやらないと潰れちまうよ」

バレれば厳罰物の秘匿を「なぜ」と聞いた私に、ライは少し困ったようにそう答えました。

その瞬間から、私は顔も知らないこのを信頼することにしました。


ちなみになぜこの事をライが私に話したかというと、落ち込んで帰ってきた様子のお嬢様が気になり、夜にそっと様子を覗きに行った際部屋に姿が見えず、慌てて動こうとしたときに姿を現し、秘密を教えてくれたためです。

日ごろの様子を見ていて、私ならお嬢様の不利になることはしないだろうと判断したそうです。

ええ。その評価は正直嬉しかったですね。


私たちは、主に仕えるものです。

しかし、考える力のある人間である以上、好悪はありますし、心に従って動くことはあるのです。

それに、ここの家の采配を任されている執事長としては、主をいさめるのも仕事と愚考いたします。


というか、日ごろから言葉が足りないとお諫めしていたのに、対応を怠りましたね、旦那様。

奥様は日ごろ領地にて采配を振るっているため物理的にも触れ合う時間をとることは難しかったと思いますが、旦那様は違いますよね?

お忙しいのは分かりますが、努力すれば半時でも一時間でもお話しする時間くらいは捻出できたはずです。


物分かりが良く賢いキャリーお嬢様に甘えていたつけ、ここでしっかり払っていただきましょう。


「パニックになっている場合ではございませんよ旦那様?キャリーお嬢様を本当に失いたくないのであれば、しっかりされてください」

その言葉に、旦那様の瞳に光が戻ります。


「そうだ、まずは、現状把握をしなければ。一体、何が娘を追い詰めたのか。そして、娘はどこに行ってしまったのか」

ショックで気を失っていた奥様もメイドの持ってきた気付け薬のおかげで我に返り、キャリーお嬢様を探してむやみに屋敷内を走り回っていたラミアお嬢様も、ようやくその無意味さに気づいたのか戻ってこられました。


「・・・・・・ライ?」

にやにやとその様子を観察していたライを促せば、軽く肩をすくめて見せました。

「一言でいえば、タイミングが悪かった。だけどずっと見守っていた俺に言わせりゃ溜まり続けた何かが、たまたま今日噴出したってだけの話だな」


すっと表情を消したライは、覚悟を見るように一同を見回します。

こくりと息を飲んだのは、お三方ほぼ同時で。

震える声を振り絞ったのは、暗い目をした奥様でした。


「教えてください。あの子に何があったのか。私たちの何が、全てを投げ捨てて逃げるほどにあの子を追い詰めてしまったのか…。恥ずかしい話ですが、自分で悟れるほど私は、あの子を…。キャリーを知らないのです」






「………探さない方が、いいのかしら」

こぼれた言葉は自分で聞いても嫌になるほどに震えていました。


久しぶりに領地から出て、王都の屋敷に足を運んだ日。

大切な娘が、消えました。


8つの時、第二王子の婚約者に抜擢された娘は、王子妃教育を受けるために王都に住むようになりました。

領地でのびのびと育ったあの子が、窮屈な王城で生活できるのかしらと心配でしたが、案の定、最初の頃は泣いて駄々をこねて大変でした。

しかし、王命をそう簡単に覆せるはずもありません。


「今頑張っていれば、後で必ず役に立つから」と嫌がる娘を、宥め、励まし、時に貴族の定めを説き、最後には叱責するように王城に送り出し続けました。

他の同じ年頃の令嬢に比べて、多少おてんばに育ってしまった娘に対する焦りもあり、厳しい態度をとってしまったことも間違いありません。

しっかり者で負けん気の強いあの子には、その方が効果があると判断した為でもあります。


それでも、共に過ごしている間は、しっかりとフォローも出来ていたと思います。

王都の屋敷に移って半年。

領地で問題が起きました。

詳細は省きますが家令だけには任せておけないほどの大問題で、どうしても旦那様か私が対応に当たらねばならなかったのです。


王城での仕事がある旦那様は動けず、しょうがなく、下の娘だけを伴って領地へと戻りました。

そうして、どうにかひと段落付け王都へと再び戻る事が出来たのは、1年後の事でした。


そうして久しぶりに会ったキャリーは見違えるほどの成長を見せ、まるで別人のような立派な令嬢へと生まれ変わっていたのです。

お転婆で、屋敷を駆けずり回っていた娘はそこには居らず、おしとやかなしぐさでカップを傾け穏やかに微笑む小さな淑女が居ました。


感動のあまり抱きしめてほめそやす私に、キャリーは少し困ったようにおずおずとほほ笑みました。

その様子に、勝手ながら一足跳びに大人になってしまったのだと少し寂しい思いをしましたが、王子妃となる未来を思えば必要な変化なのだと呑み込みました。


その後、しばらくはともにいる事が出来たのですが、ラミアが気管支の病を患った事と、まだ長い時間目を離すには不安定な領地の問題もあり、私はラミアを連れ再び領地へとこもる事となりました。


時折届くキャリーの手紙は、まるでお手本のような美しい筆跡とそつのない言葉選びで、成長を嬉しく感じつつもどこか他人行儀な娘に少し寂しい思いをかみしめていました。


その裏で、キャリーはもっとさみしくつらい思いをしているなど、気づきもしないで。


年に二・三度顔を合わせ、その度に「おしとやかになった」「淑女の鑑ね」とほめる私に、どうして辛いと弱音をこぼす事が出来たでしょう。

領地でお父様の分まで頑張っているのだから、と。心配をかけないように口をつぐんでしまったのでしょう。


ただの淑女教育以上の教養を求められる教育が、辛くないはず、なかったのに。

お転婆だけど、人の気持ちを思いやれる優しい子だと、知っていたのに。


頑張って、我慢して。

頑張って、頑張って、頑張り続けて。


そうして、折れてしまった娘の心に、最後の最後まで気づくことのできなかった私に・・・・。私たちに、娘を連れ戻す権利などありはしないのではないかしら。


ああ。でも願わくば。

願ってもいいのなら・・・。


もう一度娘を抱きしめたい。

気づいてあげられなかったことを謝って、頑張ってたのねとほめてあげたい。

6年分の辛さと痛みを・・・そして怒りを全て受け止めたい。


その為に、今度はお母さまが頑張るわ。

今度こそ、間違えない。今度こそ守って見せる。

貴女が自由に生きていけるように。

もう我慢しなくてもいいように。


だから、どうか。


泣いていませんように。幸せでありますように。

そうしていつか、もう一度だけでも、会いたいわ。







読んでくださり、ありがとうございました。


この後、テンプレの成り上がりになる予感(笑


お父様視点を書きそびれましたが、おそらくお母様とあまり変わらない感じになる、はず……。


母親⇒物理で距離がありうまくフォローできず

父親→言葉足りずで誤解生まれる

な、感じです。


妹ちゃんは、本当に裏表なく《お姉ちゃん大好き〜》な、良い子です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 婚約者の低評価からの家族評価勘違いものはあまり見ないので新鮮でした。 [気になる点] 続きが気になります。 [一言] 執筆がんばってください。
[一言] 短編ガチャって言葉の正確な意味はわからないのですが多分…プロローグを短編としていくつも投稿して好評な物だけを連載化し書籍化を狙う作者が増えていますのでそのあたりを揶揄った言葉かと思います。 …
[気になる点] 随分中途半端なところで切れてますね。途中送信されたんですか? 短編ならちゃんと書き切ってからコピペしたほうがミスがないですよ。
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