【SSコン:明後日】終わる世界の誰も知らない小さな幸せ
世界が滅ぶらしい。
それを知ったのは、今日の朝のニュースだった。
曰く、超巨大隕石が地球に接近、衝突すると。
曰く、それは避けられえないとも。
曰く、衝突すれば人類の絶滅は免れ得ないだろう、とも。
そして、世界中が阿鼻叫喚の渦中にいるという。
そのタイムリミットまであと52時間――つまり、明後日だ。
「無理してまで学校に来ようとするんじゃなかったな」
電車は不通、タクシーも走ってない。自転車を使おうにも、そこかしこで交通事故。電気やネットがまだつながってるのが救いと言えば救いだが、いつ止まるかわかったものじゃない。日本人は勤勉だというのはどこへ行ってしまったのか。
あるいは、こうなるからNASAはこの事実を最後まで伏せようとしていたのか。
「どうでもいいか、別に」
教卓を手でなぞりながら一人溢す。教室には僕以外の姿はない。西野や高田なんかとどうでもいいことでもしゃべりながら時間を潰したかったんだけどな。
なんだかんだ、あの日常が好きだった。時間を無駄に贅沢に使うように、誰それが好きだの、ゲームのイベントが来るだの、マックのチョコパイが美味しいだの、どうでもいいことをしゃべりながら馬鹿笑いをしてるのが好きだった。
人生最後の瞬間を過ごすなら、そんな何気ない日常がいい。そう思ってたんだけど、
「まあ、普通は家族と一緒に過ごすか。そうだよな」
さて、これからどうしようか。どうせ地球が終わるのだ。どうせならビール飲んだりタバコ吸ったりしてみたい。このご時世だ、止める人間なんていないだろう。
「よし」
そう思って立ち上がろうとした瞬間、
「すいません! 遅れました! その、電車もバスも止まって、て……。あれ?」
息を切らせながらクラスメイトの雨宮が飛び込んできた。
「あれ、移動教室だっけ? 長崎君一人だけ?」
「いや、僕一人だけど……」
雨宮香織――、クラスメイトの女子で、あまり話したことなかった。体が弱くて学校をよく休みがちだったとか、大きな手術をしたとかそんな話も聞く。
「ひょっとして、雨宮さんってニュースとか見てない? 今大変なことになってるよ」
「ホント? 起きてからスマホ見てなかった」
「ほら」
そう言って、ヤフーニュースのトップページを開く。彼女は『超巨大隕石が地球に衝突! 人類滅亡!?』という見出しに目を見開いた。
「これって、ホント? リアル? 現実?」
「たぶん……」
そう言った瞬間、彼女はくたっと力が抜けたように倒れ伏した。慌てて頭を支える。
「はは、通りで何も動いてないわけか」
「みたい。学校も、さっき探検したけど僕ら以外いなかったし」
「そっかー、世界滅んじゃうかー」
そう言いながら、気の抜けたような声で僕にもたれかかってくる。
……まあ、ショックだよね。地球が滅ぶ=僕らも死ぬってことなんだし。それを受け入れた上で最後の時間を過ごそうとしている僕の方が異端なのだ。
「これから、どうする? 僕はもうちょっと教室でのんびりしていこうかと思うけど」
「これからって……、ホントどうしよう。とりあえずちょっと休憩」
「了解」
体をもぞもぞと動かす。いつまでも僕にもたれかかってちゃ申し訳ないとでも言うように。ただ、息の上がった体は思ったより動かないみたいで、びたんと床に滑り落ちた。
「あれ、あはは。ちょっと力はいらないや」
「雨宮さんって体弱かったよね。無理しなくていいから。何だったら保健室まで運ぼうか?」
「それは……いい」
力なく首を振る。床は痛いだろうから、近くの椅子から座布団を取ってきて頭の下に敷く。
「ありがと」
「どういたしまして。まあ、落ち着くまで僕もここにいるからさ。どうせ、家で何かをするわけでもないし」
母親はいないし、父親はちょうど出張中だ。
「でも……、なんかその、申し訳ないというか」
「別に気にしなくていいよ。その状態の雨宮さん一人きりにしてたら大変なことになりそうだしさ」
「あ、ありがと。ちょ、ちょっと寝るね」
そう言って、雨宮さんは瞼を閉じた。ハアハアという荒い息が教室に響いた。
ふと雨宮さんを見る。接点こそあんまりなかったけど、結構かわいい。というかめっちゃかわいい。白い肌に耳がちょっと出るくらいの短めの黒い髪。走ってきたせいかちょっと髪は乱れて広がり、玉のような汗がにじんでいる。なんていうか、その、艶っぽい。
そんな彼女に見とれて、僕はその場を動けなかった。
「ふう、ちょっと落ち着いたかも」
「それはよかった」
雨宮さんが体を起こす。膝枕したりとか、髪をなでたりとかしてみたかったけど、チキンの僕には無理でした。
どうせこの世界が終わるのなら、そういう悪魔の気持ちもわかる。だけど、僕からすればそれは人間らしくない。そんな気がするのだ。最後まで人間らしい小さな幸せを求めていたい。そんな感覚。
「ずっといてくれたんだ」
「まあね。どうせなら、最後の瞬間までかわいい女の子と一緒ってのもいいかなって思ったし。それより、体痛くない?」
「あ、ありがと。大丈夫」
かわいい女の子って言った瞬間、ちょっと雨宮さんが顔を赤らめる。それをみて、ほんのちょっと幸せな気持ちになった。なんか今なら、いつもは言えなかったことも素直に言える気がする。
「かわいいよ、雨宮さん。すごくかわいい」
「ちょ、ちょっとそれ反則、やめてってば!」
その照れる姿がかわいくて、つい意地悪したくなる。
「本当だって。こんなにかわいいんだったらもっと早く告白とかしとくべきだったなんて。いやマジで」
「やめて、やめてってば」
ぽかぽか胸を殴られる。全然痛くなかった。全然ダメージが入ってないのが分かったのか、雨宮さんがこっちを見る。そして、2人して笑った。
「ごめんって、調子乗り過ぎた」
「いいよ。許したげる」
「そりゃどーも」
そして、あーあとでも言うように埃なんて気にせず床に寝転がった。
「長崎はいいなー。こんなときでも幸せそうでさ」
「まあ、人生楽しく! がモットーだし。それに、幸せって気持ちの持ちような気がするしさ」
「どういうこと?」
「だからさ、その、何でもないような日常でもさ、それってやっぱり幸せなんだよ。それを見つけるのがうまいか下手なだけか、それだけ」
「じゃあ、私はすごい下手なのかな」
「それは……」
言葉がうまく出てこなかった。
「私さ、子どものころから体弱くて、みんなと遊べなかったんだよね。いっつも病院で検査ばっかしてて。ようやく手術して、これからさあ人生楽しむぞって時だったのに」
諦観の笑みが雨宮からこぼれる。残酷にも彼女を傷つけていたことを僕は悟った。
……見たい。彼女の笑う姿が見たい。そう思った。心の底から、強く。
「私の人生、なんだったんだろうなって、思っちゃうよ」
きっと彼女の笑顔をもう一度見れたなら、それは人生最良の瞬間になるに違いない。理由もなくそう思えた。だから、
「いろいろ、やりたいことあったのに。元気になったらやってみたいことたくさんあったのに、一つもせずに終わるなんてさ」
「やろうよ」
彼女に手を伸ばす。
「やろうよ、今から。雨宮がやりたかったこと全部。全部やろう? 僕が協力する。全部バックアップする」
「でも、長崎は、それでいいの?」
「どうせこのままでもやることないし、せっかくなら、さ」
そう言って笑いかける。彼女の手を取って。
「人生絶望するにはまだ早いって。だって、まだ明後日まで時間は残ってるんだから」
そう言って、彼女に笑いかけた。