第74話 偽装デート 前編
休憩時間ではゆっくりできるだろうと思っていた七星祭。
フィー先生ことステファニー総司令官のお願い事を聞いたために、2日間の俺は想像以上に忙しくなっていた。自室に帰ってきて、すぐに寝る。試合に出ない日は捜査。暇がなかった。
事件があった手前、さすがにフィー先生も申し訳ないと思ったのだろう、3日目は暇をくれた。
幸い、大会3日目は大きな事件はなかった。俺は試合があり、出場し勝った。試合は午前中のみであったため、時間はあった。興味のある試合は観戦し、なければ他のことをしていた。
その暇な時間を使って、ようやくマッチャ・メガネ先生の新作を読めた。まだ途中だが、ちょっとずつ読みたい。帰る頃にはブレアと語りたい。
あの魔王軍幹部クローバー乱入事件は、新聞の一面を飾った。一大ニュースとなっていた。俺が収集をつけたこともあって俺まで載せられた。
カトリーナやイツキ先輩だけ載せればいいものを。最悪だ。
そして、今回の事件の中心となったリコリス。大きくではないが、リコリスの存在を訝しむ者もいた。
しかし、多くの人から、リコリスは可哀そうな子として認識されていた。
というのも、リコリスは魔王軍幹部クローバーと以前遭遇したが、運よく逃げられた。だが、お馬鹿過ぎて魔王軍幹部クローバーに目をつけられたという、どこから生まれたのか分からない噂により、みんな勘違いしていた。
学生だけでなく王都の住民からも、リコリスは運だけは強い可哀そうな子として見られている。朝もリコリスは、食堂にいた子はもちろん、食堂のおばちゃんにまで憂いの目を送られていた。
しかし、当人は気にする様子はなく、幸せそうに朝食を食べていた。呑気になやつだ。
大会は7日間だが、3日目と4日目の間には休日があった。今日はその休日だ。
多くの学生たちは観光に出かけたり、次の日の試合に備えて自室で休んでいる。俺もそうしたい所だったが…………。
「ネル、デートに行こう」
「ああ」
カトリーナとデートすることになっていた。
先日の事件のせいで、カトリーナの婚約者でありながら、俺はリコリスとキスをしている。実際はカトリーナの婚約者ではないし、キスも暴走を収めるためにも必要不可欠なことだった。
だが、世間は知らない。少なくとも俺は不埒な人間だと思われるだろうし、婚約自体が偽物だとバレるかもしれない。
『みんなの前で私とキスをすればいいよ、ね?』
とルンルンで迫ってきたが、断った。実際には婚約者ではないし、信者たちが暴動を起こすかもしれない。普通に怖かった。
ならば、とカトリーナが提案してきたのが、デートだった。偽装デートだ。
「ふーふん、ふーんふん」
カトリーナは俺の腕に自分の腕を絡め、身を寄せている。鼻歌を歌っている。楽しそうだった。
すれ違うみんなが見ているが、おばさんは「あらまぁ、若いわねぇ」と嬉しそうに微笑んでいた。ごめんなさい、おばさん。これ、偽装なんで。俺たちに偽物の婚約者なんで。
このデートの本当の目的は調査だ。
『兄様、そこの女ばかりデートなんてずるいです。私も兄様とデートしたいです』
出かける前、メミが迫ってきていた。
『折角王都に来たのです。兄妹水入らずで観光したいです。兄様は私がお嫌いなのですか?』
『いや、そういうわけじゃ……』
『うん、そう。ストーカーシスコンは嫌いだって昨日言ってたよ』
『なっ』
たじろぐメミ。この前ほどカトリーナに噛みつかない。先日、小姑と呼ばれたことがかなり衝撃を受けたらしい。
『兄様はそんなことは言いません……私は大体ストーカーなんかではなありませんし………』
ぷくぅと両頬を膨らませるメミ。
メミは俺がカトリーナばかりと過ごしているのが不満なようだ。
『兄様は……私のことがお嫌いですか………? 嫌いだから、私とのお出かけは嫌なのですか?』
『嫌いじゃないって』
メミはブラコンな所があるなぁとは思うが、これまでまともに話せず遊べなかった過去がある。最近は構ってやれていない。メミが出かけたくなる気持ちも分かる。
だが、今はすべきことがある。帰った後に、メミとは後でとことん付き合ってあげよう。
『好きだよ、メミ。大会が終わったら、メミのしたいこと全部付き合ってやるからさ。今は大会に専念してくれるか?』
『…………』
俯き、口をすぼめるメミ。俺はわしゃわしゃと頭を撫でる。
『………分かりました。兄様がそういうのであれば、仕方がありません……絶対に私が兄様としたいこと、絶対に付き合ってくださいね。全部ですからね。約束ですよ』
『ああ』
メミはキィとカトリーナを睨む。カトリーナもまたメミに目を細める。
『あとその女とは……適度に距離を保ってください』
『え? …………分かった?』
『その反応は分かってないですね、兄様。そんな鈍感な兄様も可愛いですけど……カトリーナさん、兄様に何かしたら絶対に許しませんから』
バチバチと火花を散らすメミとカトリーナ。
うーん。2人とも仲良くしてほしんだけどな………笑っている方が2人とも可愛いし。
そうして、メミと別れ、俺とカトリーナは街へと出た。私服とはいえ、俺は新聞の一面を飾った人間であり、カトリーナは姫と慕われる有名な勇者。そんな2人が出歩いているとなると大騒ぎとなってしまう。
遮断魔法をかけていれば、よほどの高位魔術師でなければ見破られないし、他の人からは俺たちは一般人として認識されている。
途中まで婚約者の俺とカトリーナが、デートをしていることを見せつけた後、認識遮断魔法をかけた。これで捜査の邪魔はされないだろう。
今日は大会半ばの休みということもあり、大通りは朝市目的に来た人やカフェでモーニングを楽しむ人たちで溢れていた。
揉みくちゃにされるほどではないが、人も多くカトリーナの固有魔法の調整は苦労するのだろう、と思ったのだが。
「凄い……ネルの近くにいるとやっぱり声が聞こえてこないね」
そう呟いてカトリーナは、俺の手をぎゅっと握る。俺も真っ白な手を握り、意識を集中させる。意外と感覚共有は、集中力を必要とする。
行方不明となった子について話している人がいないか、探していく。
「全然見つからないね………犯人、かなり高位魔術師なんだね……ネルの力を借りても残存が見えないし、聞こえない……」
「それだけ相手も用心しているってことだな」
「うん」
なぜ生徒たちを攫うのか、その目的すらまだ判明していない。
だが、俺は一つ分かったことがあった。
先日フィー先生から行方不明者の情報を貰った。1つ1つプロフィールを確認していくと、彼らには似た共通点があった。
それは魔力量が人一倍多いということ。
フォーセブンのオッカム様や俺ほどではないが、選手の中でも並外れて魔力量が多い。
一体何を目的に彼らを誘拐しているのかは憶測でしかないが、その魔力を使って何かを企んでいる。
「あれ、ネル? あんたもここにいたの」
振り返るといたのは私服のリコリス。屋台で買ったのか、鳥の串焼き10本を器用に持ち、むしゃむしゃと食べていた。
声をかけられるとは思ってもいなかったので、カトリーナはびくりと肩が震えた。
「リコリス、なんで俺たちが見えるんだよ」
「そんなの、バカでも分かるわよ。おもちゃはどこに行っても見つけれるわ」
とんっと、串焼きを持った手で胸を叩くリコリス。タレが服につきそうで怖い。
…………いや、おかしい。どう考えてもおかしい。
こちらは強めの認識遮断魔法をかけている。これまで凄腕の先生とすれ違ったが、気づかれなかった。
なのに、この悪魔女には気づかれただと?
すると、カトリーナが俺の裾を引っ張ってきた。
「ねぇ、ネル。この人ってどんな人? 普通の人じゃない、ね」
「リコリスだ。どんな人って言われると………そうだな、少なくとも人ではないかな」
思考を読めるカトリーナに隠しても意味がない。リコリスの思考は単純だろう。すぐに悪魔であること、裏世界のことはバレる。
ならば、先に悪魔であることを説明しようとしたが。
「リコリス、さんも読めない。何を考えているか分からない」
「え?」
カトリーナは怪訝な顔で串焼きに食らいつくリコリスを見ていた。




