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はめられて強制退学をくらった俺 ~迷い込んだ(地獄の)裏世界で魔物を倒しまくったら、表世界で最強魔導士になっていました~  作者: せんぽー
第4章 七星祭編

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第73話 勇者か敵か

「ねぇ、タウノ。なんで来てくれなかった、の………見てた、よね?」


 一つの静かな待機室。そこにカトリーナはいた。


 本来、待機室は同じ学園の者が複数人で使うのだが、そこには彼以外の者はいなかった。荷物も一人分しかない。


 カトリーナは何人も座れそうなソファのど真ん中にちょこんと座っている。体が小さいためか、足は地面に届かずぷらーんとぶら下がっていた。


 対して向かいに座る彼は、足が長い。下手をすれば、股下を子どもが通れるほど長いのではないかとカトリーナは思う。


 足長のためか、彼は足を前に伸ばしていた。カトリーナの身体は成長中とはいえ、カトリーナは彼の長い手足が羨ましく思った。


「ああ、見ていた————ネル・モナー(あれ)を」


 端的な返事が返ってくる。興味がなさそうな声だった。


 カトリーナが対面する彼は、誰もが卒倒しそうな美しさを持っていた。微笑めば、男女関係なく夢中にさせ心を奪っていく。時代が時代であれば傾国しかねない美しさだった。


 普段はこれを利用して、女子たちに笑顔を振りまき、黄色い歓声を浴びている。

 

 そんな美青年は、冷ややかな目をカトリーナに向けていた。カトリーナは、その目の理由を知っているので気にすることはなく、話を続ける。


「ネルを嫌ってるのは知ってるけど………手伝ってくれても、良かったと思、う」

「あれは魔王軍幹部を倒した勇者だ。僕が出る幕なんてないだろう?」

「ネルと私が来るまで時間があった。先に戦って幹部を追い出すことだってできた、よ? なんで幹部が現れた時点で戦いにいかなかった、の?」

「それはイツキも一緒だ」

「イツキは待機室で準備していたから遅れてしまったって言ってた………でも、タウノと違って、彼はちゃんと私たちの敵と対峙した、よ」


 カトリーナと同じ立場の人間でありながら、彼は戦場に飛び込まなかった。


 完全に後方支援向きのメグレズの(引きこもり)勇者なら分かるが、彼は前線向きだ。近接の方が得意だろう。


 実践経験だって何度もある。それこそ、あの魔王軍幹部クローバーとは鉢合わせて戦ったことがあると話していた。彼がどんな相手だろうと、すくんで動けなかったなんてことはありえない。


 むしろ、彼はイツキのように自ら前線に行くような(タイプ)の人間だ。自分の犠牲は厭わない危なっかしい人のはずだ。


「タウノは……リコリスさんがネルのチームの子だったから………だから、戦わずに見物してたの?」


 美青年は頷きも、首を横に振りもしない。微動しないせず、告げる。


「あれは、僕の敵だ。その仲間も全部敵だ」


 異なる瞳を細めた美青年は、カトリーナを睨む。ドMな(特殊性癖を持つ)人ならば、大興奮していることだろう。


「————違う。ネルは敵なんかじゃない」


 カトリーナはひるまない。どこからともなく吹いてきた風で髪が大きく揺れる。怪しく光る緑の双眼は、美青年を睨む。だが、美青年も目を逸らさない。二人の間に火花が散る。


「ネルは私たちの敵になるような人じゃない。それ以上ネルのことを悪く言わないで」

「…………君は、あれに毒されている」

「そんなことない」


 ネルが光を持ってくることはあっても、毒はない。優しい心の持ち主だ。敵になるような人ではない。


 ネルはずっと否定し続けているが、彼には自分たち以上に素質を持っている。

 たとえ、本当にアルカイドの勇者じゃなくとも————。


「ネルこそ、私の(・・)勇者だから」


 それだけは断言できる。あの日(・・・)から、ずっと彼はカトリーナたちにとっての勇者だった。


「絶対に変なことはしないし、私たちの敵になることはない。ネルと敵になる時は、私たちが魔王軍側についた時だ、よ」

「…………」


 カトリーナは机に置かれていたジュースの入ったグラスを取ると、ちゅこーと飲み始める。


「警戒するのは分かるけど、ネルは本当に大丈夫だよ」

「君は、ネル(あれ)の考えが読めないのに信じるのかい?」

「うん。もし、ネルが敵なら、暴走したリコリスを止めるようなことはしてないから」

「じゃあ、あれはなぜ自分が勇者だと認めない? 刻印がないのかい?」

「それは………」


 ネルはずっと平穏な暮らしがしたいと言っていた。心の底からの願いだった。カトリーナも同じ願いだった。


 その願いには、勇者というポストはいらないとネルは判断した。


「ネルはね、平穏な暮らしがしたいんだって。だから、勇者になりたくないんだって」

「要するに自分の代わりに誰かにアルカイドの勇者をしてほしいってことかい? 本当に分からないな………あれが勇者と認めてさっさと魔王を倒せば、皆が平和な暮らしができるというのに………他人に任せるなんて………」


 でも、彼には理解してもらえない。生まれた時から特殊な状況にいた彼のことだ。ネルの感覚が想像できないんだろう。


 カトリーナはこれ以上説得するのは無理だと思った。一旦諦めて、また別の機会でネルのことを話そう。


 彼とは険悪な雰囲気のままで別れたくなかったので、カトリーナは話題を変えることにしようとしたのだが。

 

「ねぇ、タウノ。二人しかいないから、いつものように話そ?」

「…………ここは僕のテリトリーじゃない。誰が聞いているか分からない。他の話は今度にしよう」


 美青年は、目を細めあたりを見渡す。ここに共用にしていないあたり、同じ学園の者ですら信用が置けないのだろう。彼の警戒心は誰よりも高い。


 だからだろう。彼がネルを疑ってしまうのは。


「ともかく、あれが勇者と止めない以上、僕にとっては敵だ。一応、僕からも直接ネル(あれ)に聞く。それで彼が敵か敵じゃないか判断する」

「むー、敵じゃないのにー」


 時間になり、カトリーナは部屋を出ていく。美青年はソファに座り込んだまま考え込んでいた。


『勇者としてのメリットもあるし……何よりも彼は勇者としての能力を持つ………さっさと認めてしまえばいいのに………』


 退出する時だった。そんな小さな心の声が聞こえた。妬みを含んだ弱々しい声だった。


『なのに、なんで彼は…………』


 そこの声が、カトリーナにははっきりと聞こえていた。

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