第69話 強運の悪魔
「ねぇ、ネル。見える?」
「ああ」
俺たちは昨日のように手を繋ぎ、感覚共有して犯人の魂を探していた。
ついに見つけた魂の残像。人気のない裏路地にあった。道の端にはゴミが貯まり、じめっとしたいるだけで元気が吸い取られそうな閑散とした路地だった。ゴミを漁っていたのだろう石畳を駆ける鼠もいた。
カトリーナは驚く様子も、怖がる様子もない。平然としているから、むしろ慣れているように見える。
『エーサー学園の……ですわね。これはいいですわ……とてもいい…』
青白い人の姿をしたオーラへと手を伸ばすも、掴むことはできない。聞こえたのはねっとりとした湿度のある女の声。所々聞き取りづらい部分があったが、行方不明となっている少女の名前が上がっていた。こいつが犯人なのは間違いない。
「大きく欠けてる魂だな……」
「多分、転移魔法か何かを使って、移動したんだと思う」
他の残像は断片的ではあったが、薄れつつもその人が動いたであろう方向へと続いていた。だが、この女の魂が残っているのはこの路地だけで、続きらしいものはない。
「犯人は1人じゃなくって、しかも転移魔法、もしくはそれと同等の魔道具を使ってる」
「随分と厄介な相手だな……」
「転移魔法は使える人が限られてるし……スクロールを使ってるのかもね」
街だけでなく、郊外も捜査範囲として視野に入れる必要があるな……。
「みぃつけたぁ~っ!」
元気な声だった。子どものような無邪気な、新しいおもちゃを見つけたような明るい声だった。背後から聞こえてきた。
————ただ俺たちは動けなかった。
「あれぇ~? もしかして、固まってる? 失禁しちゃった? アタシのオーラにやられちゃったのかしら~? アハハっ~!!」
ただ悪寒が走った。全身が震えた。今までに襲われたことのない圧倒的な覇気だった。ただし失禁はしていない。断じてしていない。
「ネル……」
「カトリーナ、今は振り向くな」
カトリーナはコクリと頷く。
下手には動けない。動けば、首ちょんぱ、だ。俺だけならいいが、周辺にいる住民全員の首が空へ吹っ飛ぶ。
コイツはレベルが違う————。
「リコリス、よくもあっちでは散々痛みつけてくれたわね!」
「…………は? リコリス?」
「そうよ! リコリスったら、こっちに諜報としてきたんでしょ? 兵器なのにスパイだなんて、アハハっ!! あんたに向かない仕事といったらないわー! どうせ使い捨てられたんでしょー?! ざまぁだわー! アハハっ!!」
こちらにいるのがリコリスと勘違いしている女は、鼻につくような高笑いをあげる。
「それで、リコリス。あんた暇でしょ? アタシと戦いなさい!」
どうやら並々ならぬ覇気の持ち主は、暇つぶしでリコリスの所に来たらしい。どんな知り合いがいるんだよ、あいつ。
「ねぇ! いつまで背中を向けてわけぇ~? こっち向いて! 本当にムカつくわ! いつもだんまりで、仕事しかしない人形兵器で、いつも偉そうで……ああ、思い出しただけで腹が立つ!!」
“だんまり”? “仕事しかしない”?
それって本当にリコリスなんだろうか?
“おしゃべり”と“サボり魔”の間違いじゃないだろうか?
ここは街中。尋常じゃない圧を放つコイツが暴れるのは困る。捜査どころではなくなる。大混乱になる。
俺はひとまず話し合おうと、カトリーナに合図を送り、ゆっくりと振り返った。
さっきまでわーきゃー騒いでいた女は、小さかった。餓鬼だった。子どもと間違われてもおかしくない身長、カトリーナよりも背丈はずっと低い。
だが、普通の人間には持たないものを持っていた。頭に生える2つの立派な竜のような角。ナイフ代わりになりそうな長い爪。
只得さえ幼い顔なのに、さらに幼さを感じる金髪ツインテール…………なんかアスカと似ている。すごく似ている。
あんぐりと開けた口から見えるのは、鋭い八重歯。吸血鬼に見えなくもないが、日の下にいるから多分それはない。でも、確かに魔族の者、悪魔だ。
彼女は身長が低いことをコンプレックスに思っているのか、厚底ブーツを履いている。だが、目線は俺よりも低い。自然と見下ろしてしまう。
そんな餓鬼みたいな餓鬼女の後ろには、執事のようなおじ様悪魔がもう1人。目を合わせるなり、丁寧に頭を下げてきた。
「あ、あんた、リコリスじゃなかったの!? アルカイドの勇者と一緒にいるって聞いていたのに」
「だから、言ったではありませんか……“悪魔の兵器”はそこまで小さくはなく、白い髪でもないと……」
「だ、だってあいつは……こっちの世界には慣れてないだろうし、魔力消費がうまくいかなくって小さくなってると思ってたのよ! コテンパンにする絶好のチャンスだと思ったのに!」
目的のリコリスではないとようやく理解した餓鬼女は、駄々をこねる。日常茶飯事なのか、おじ様執事が慌てる様子はない。
「し、仕方ないわ! それで……アルカイドの勇者ちゃーん? リコリスはどこにいるか教えて~?」
「…………教えてそちらは何かしていただけるのでしょうか?」
あくまでもここは丁寧にいこう。餓鬼女はともかく、後ろにいるおじ様執事は話が通じそうだ。
リコリスは、たとえ絶体絶命大ピンチな状況にうえんうえん大泣きしても、運任せに相手を倒して帰ってきてしまいそうに思う。
場所なんてすぐさま教えてあげるだろう。あいつを売った所で問題はない。
————今以外なら。
今日のリコリスは試合に出場する。試合会場は街中よりも人が密集している。観客席には王族もいる。そんな状況で、こいつらをリコリスの場所へ行かせたくはない。
それにだ。場合によってはこいつらが誘拐事件の犯人、もしくは関係者かもしれない。慎重にいかなければ。
「いいよ~。勇者ちゃんは何が欲しいのー?」
「そうですね……そちらに転移魔法を使える者はいらっしゃいますか?」
「リンデン、そんな奴いるー? いたー?」
「心当たりはありますね……ですが、奥様。先に“悪魔の兵器”の居場所を聞かなくてよろしいので?」
「あ」
少し抜けてそうな餓鬼女だったから、先に聞いて逃げようと思っていたのに、いらぬことを言うおじ様執事。
餓鬼女はきぃとこちらを睨む。何人も気絶させそうな凶悪なオーラを持つ割に、随分と可愛い顔をしていた。
「あんたが先よ。先に話してくれたら、アタシも教えてあ・げ・る♡」
「じゃあ、同時ですね」
同時に言っても聞き取れるか分からないが、後ろにはカトリーナがいる。聞き取れるだろう。
それにリコリスの場所を馬鹿正直に答えるつもりなんてない。
適当な場所を言ってやろう……そうだな、チェケラ族の里にでもしておくか。
ラクリアは変だが、能力は持つ。その親族もかなりの魔法技術を持っているだろう。難なく撃退してくれるはずだ。
「じゃあ、いくわよ」
「ああ」
「「せーの!!」」
『出場選手を紹介します! ゼルコバ学園1年代表リコリス・ラジアータ選手です!!!』
街中に響く選手紹介。
ああ……なんとタイミングが悪いことか。
さすが悪魔女、つくづく運がついてない。
見上げれば、建物の間に見える青い空。こだまする選手紹介に、遠くから聞こえる拍手と盛り上がる歓声。餓鬼女に視線を戻すと、憎みたくなるような笑みを浮かべていた。
「教えてくれて、ありがと♡ 勇者ちゃん、次はアンタだからね♡」
「では失礼いたします」
餓鬼女はお茶目に片目を閉じてみせる。腹立たしい。
おじ様悪魔も一礼すると、追いかけるように主人の後ろをついて行く。
空から遠のいていく邪悪な笑い声が響く。あの餓鬼は台風のようだった。
「…………ネル、凄かったね」
「ああ」
しかし、ぼやっとしている場合ではない。あそこにいるのがリコリスだけならいい。でも、あの場には王族や選手、一般人もいる。あんな人が密集した場所で暴れられたりしたら溜まったもんじゃない。
それこそ大惨事だ。
俺はすぐさまメミへと連絡を取る。最近アスカに作ってもらった携帯魔道具を使い、メミへつなぐとすぐさま答えてくれた。
「メミ!」
『お兄様、突然通話なんて……どうされたのですか?』
「急ぐから簡潔に話す。リコリスを狙う敵と遭遇した。そいつが今会場の方に向かった」
『え? リコリスさんの敵ですか?』
「ああ、今すぐリコリスを棄権にさせて会場を離れさせろ。でないと、一般人を巻き込むぞ」
『兄様、その敵って……』
堪えなければその場に倒れてしまいそうになるほど凶悪な覇気を放つ餓鬼女と、その従者おじ様鬼執事。
本物は見たことはない。見たことはないが、特徴からするに、あれは————。
「ああ、魔王軍幹部だ」




