第55話 お願いだから
私、リナ・ユウキは孤児だった。
親が病で死んだのか、それとも育てられないから捨てたのか分からないが、スラム街のゴミ捨て場近くで、赤子の私は泣いていたそうだ。
そんな私を拾ってくれたのは姉さんセス・ユウキ。
子どもでありながらASETとして働いていた優秀な姉さんは、任務中に私を見つけ、拾った。
そして、1人で私を育てた。
ご近所さんにも助けてもらったとは話していたが、それでも姉さんはすごいと思う。
姉さんも孤児で1人で生きていくのは大変だっただろうから。
そんな姉さんには感謝しかない。
だから、私は姉さんを支えようと思った。それで、私もASETに入った。
姉さんは「好きな道を選んでいいのよ」と言ってきたが、好きな道を選んだつもりだ。
一番近くで、姉さんを支える。
それが私の一番したいことだった。ASETに入ってからは幸せだった。
最初のうちはミスをして、危うく殺されそうになることもあった。
だが、仕事に慣れていくと、姉さんの補佐役をちゃんと務めれるようになった。
それが楽しくて、嬉しくて、仕方なかった。
そうして、ASETとして姉さんと働いていたある日のこと。
任務のため、私と姉さんは国の外れにある村に来ていた。
任務はある貴族を捕まえるための証拠集めだったので、さっさと仕事を済ませた私たちは、帰る道中ある村で少し観光することにした。
その村は私たちが住んでいる王都とは違い、のどかな場所。
集落から少し離れた場所にはラベンダー畑が広がっていた。
沈んでいく夕日に照らされる、紫のラベンダー畑。
その景色を写す姉さんの瞳。
私とは違う色アンバーの目は、キラキラと宝石のように輝いていた。
風がさっーと吹き、姉さんのセミロングの茶髪を揺らす。
「ある程度働いてお金が貯まったら、リナと静かな村で暮らすのもいいわね」
景色と姉さんに見とれていると、姉さんがそんなことをこぼした。
適当な家を買って、姉さんと2人暮らし。
悪くないなと思った。
もちろん、姉さんもお年頃。
男がいてもおかしくない年齢だ。
もし姉さんが誰かと結ばれたら、私はすぐに出ていくつもり。
でも、それまでは静かな村で暮らすのもいいなぁ……。
私は姉さんとの村暮らしを想像しながら、村の景色を見ていた。
そして、その村を訪れて1ヶ月ぐらいした時のこと。
「私、ゼルコバ学園に入学するわ」
突然姉さんがそんなことを言ってきた。
「それは……任務?」
「ええ、魔王軍幹部と関わっている人が学園にいるらしいわ。任務はその人を見つけて捕獲するのと、あと繋がっている魔王軍幹部を捕獲or殲滅することね」
「いつも通りだね」
「ええ。でも、今回は総司令官も学園にいるみたい」
「そうなんだ」
総司令が学園にいるって……あの方が学園にいてもいいのだろうか。
王女と気づかれると思うのだが。
「学生として侵入するから、私は寮で暮らすわ。その間はリナには1人暮らししてもらわないといけなくなるんだけど……」
「子ども扱いしないで。心配しなくても、私も1人暮らしぐらいできる」
「そう、それならよかったわ! あ、でも一応ご近所のおばちゃんには一応私が留守にすること話しておくわね」
そうして、姉さんはゼルコバ学園に入学した。
正直、姉さんがいなくなった家は寂しかった。
でも、こんな時間はすぐ終わる。
学園に魔王軍幹部と繋がっている人間さえ見つければ、きっと……。
でも、姉さんは中々帰ってこなかった。
優秀な姉さんなら1週間ぐらいで帰ってくる……そう思っていたのに。
姉さんが学園に潜入して1ヶ月後、私は司令長官に突然呼び出された。
ASETZEROの拠点地に向かい、彼の元へと向かうと、司令長官はいつになく深刻な面持ち。
これは……任務言い渡しではないのだろうか?
「ユウキくん、単刀直入に言う。セスが捕まった」
「え?」
冗談かと思った。
だけど、司令長官は姉さんの状況を淡々と話していく。
生徒会の中に、魔王軍幹部と繋がっている人がいること。
姉さんはその人と接触してから、連絡が取れないこと。
総司令官も養護教諭として学園にいたが、それ以外のことは把握できていないこと。
困惑と動揺しながらも、私はよく聞いていたと思う。
「セスのことは覚悟してくれ」
「……はい」
「これから、君にも学園に行ってもらう。もしセスが人質に取られていた場合には彼女のことは無視。総司令官に報告し、魔王軍幹部を確保、殲滅する」
「え」
ASETの仕事は、魔王軍およびその関係者を捕えること。
魔王軍は南部の戦場以外では、表だって攻撃をすることはない。
でも、裏では様々な方法で仕掛けてくる。
そう、これはASETと魔王軍との戦争だ。
国民を表立って巻き込まない戦争。
だから、ASETの人間が殺されるは分かっていた。
覚悟はしていたけど……相手の指示を無視して捕らえるということは姉さんが……。
「もし、嫌なら他の人に任せる」
「いえ、私に行かせてください」
そう司令長官にはうなづいたが、もう私はただ姉さんを助けたかった。
だから、私はASETを裏切った。
二重スパイとなって、情報を魔王軍幹部に流した。
保健室にいる総司令にはまだ魔王軍幹部の詳細を把握していないと説明し、関係者の捕獲を延期させた。
一方で、魔王軍幹部に接触できた私は、姉さんを解放してもらえるように交渉した。
正直、苦しかった。
これまでお世話になったASETを裏切るのは、罪悪感があった。
でも、一番大切なのは姉さん。
私は姉さんを助けるために、ASETを裏切るんだ。
そう自分を正当化して、二重スパイをした。
そういうのが何年も続き、最近になって、ようやくこちらが望む交渉を魔王軍幹部とできるようになった。
これで姉さんを助けることができる。
――――――そう思っていたのに。
リコリスにやられ目を覚ました私は、全身の痛みをこらえながらも、なんとか立ち上がる。
そして、近くに落ちていた大杖を拾った。
「やらないと……姉さんが……」
正気に戻ったのか、リコリスはネルと普通に話していた。
何を話していたのかは知らないが、一時してリコリスはネルを殴った。
……分かってる。
ネルにもリコリスも罪はないし、申し訳ないと思っている。
悪いのは全て私。
あの時、姉さんに学園に行くなとか、私が一緒について行ってたりしてたら、こんなことにはならなかっただろうから。
でも、過去に文句を言っても意味はない。
私は2人を犠牲にして、姉さんを助ける。
服はボロボロ。
殴られたせいで全身が痛い。
それでも……動かないと、姉さんが殺される。
魔法陣が壊れて、何もかもめちゃくちゃになった今、レベルアッソブルミートはもう使えない。
ならば、レベルシッパーレでレベルを奪う。
幸い、レベルを貯蔵する魔石には予備がある。
こちらが起きているのに気づいていないのか、ネルはリコリスに殴られて、寝転がったまま。
私は静かに走りだし、ネルの上にのる。
そして、逃げられないように馬乗りになった。
「レベルシッパーレ」
「セブロッコ」
私が詠唱するの同時に、ネルは解除魔法を唱える。
そして、彼は大杖をガシッと掴んで奪い取り、遠くへ投げた。
諦めず、大杖か魔剣を取りに行こうとした。
でも、その途中でネルに体を押さえつけられた。
手首は手で押さえつけられ、足は土魔法で拘束。
なんとか逃げようと思ったが、彼の力は強く逃げ出せなかった。
「お願いだ、ネル」
「……」
「死んでくれ、ネル」
「断る」
涙が溢れでてくる。
私はネルを……友人を殺して、姉さんを助けなきゃいけないんだ。
「私の姉さんが……ね゛ぇさんが死ぬんだ!」
「リナ」
「お゛願いだ、死んでくれ!」
「リナ」
「お願いだがら゛!」
顔は涙でぐちゃぐちゃ、視界もぐちゃぐちゃで、ネルの顔はぼやける。
「姉さんが……セスが殺されるんだよ……」
★★★★★★★★
まだリナは起きていたのか、俺を襲って、レベルを奪おうとしていた。
俺はすぐに解除魔法を唱え、大杖を奪い投げ捨てる。
そして、リナの手足を抑えた。
因みに俺は全裸、リナはボロボロの服だ。
何にも知らない人からすれば、ヤバい光景でしかないが、そんなことを気にしている場合じゃなかった。
「なぁ、何があったんだ」
「……」
「話してくれ、リナ」
正直、何があったのかは副会長との話から、予測はできる。
でも、ちゃんと把握しておきたかった。
「私の姉さん……セスはASETの人間なんだ……」
そうして、リナは今の状況を静かにぽつぽつと話し始めた。
俺は手首を解放。
リナの隣に座り、彼女の話に静かに聞いた。
悪魔女も静かだった。
「……お前とリコリスを生贄にして、そいつにレベルを上げたら、姉さんを開放してくれると約束してくれた」
「……」
「でも、もうこうなったら姉さんは助からない……私を殺してくれ」
「いや、殺さない」
「殺してくれ」
「いや、それは無理だ。俺ら、今から用事があるからな」
「用事なんてないだろう……」
「あるさ。俺らは、魔王軍幹部様を倒しに行く」
「は?」
驚いたのか、リナは口をポカーンと開け、目を見開く。
「貴様は何言っているんだ。魔王軍幹部だぞ? 姉さんが倒せなかった相手だぞ?」
「お前の姉さんがどれだけ強かったのかは知らないが、俺は倒しに行くぞ」
「それだと姉さんが本当に殺される……」
「うん。だから、ぶっ殺して、お前の姉さんを助ける」
「本気で言っているのか」
「本気だ。ちょうどさ、俺は魔王軍幹部様を殴りたいところだったんだ」
「ええ、私もよ。逃げた魔王の幹部にやられるなんて超ムカつくわ。ボッコボーコしたい!」
「そういうわけで、俺らは魔王軍幹部をぶっ倒す。そのついでにお前の姉さんを助ける」
「そうね! 私、リナのお姉さんに会ってみたいわ!」
「……」
人質になっているリナのお姉さんをどう助けるのかは全然考えていないけど、とりあえずボコりには行く!
すると、リナは目を両手で覆い、フフフと笑いだす。
え、突然笑いだすとか怖いんですけど。
とうとうぶっ壊れてしまったか?
「フフフ……なんで……なんで、私は最初からお前らに相談しなかったんだろうな!」
「……」
「ネルは最強で、リコリスは悪魔! 全くバカだな! 私は! 話していればこんなこともしなくても、さっさと姉さんを助けにいけていたのに! 私はバカだ! アハハ!」
と言って、狂ったように笑いだすリナさん。
だが、彼女の青眼から涙がこぼれていた。
数分間笑った後、リナは落ち着きを取り戻し、寝ていた上体を起こす。
さっきまで仏頂面だったリナだが、今の彼女はどこか吹っ切れたような、スッキリしたような顔になっていた。
「なぁ、ネル」
「なんだ」
「私も行く。姉さんを助けに行く」
「そうか」
「あと、今までのことはすまない……本当に申し訳ないことをした」
「おう。それは後でゆっくり話そうな」
リナの謝罪は後でちゃんと聞く。
魔王軍幹部をぼこして、リナの姉さんを助けた後で、みんなでゆっくり話すんだ。
「じゃあ、ちょいと幹部様を殴りに行きましょうか」
そう言って、俺が立ち上がると、隣のリナも立つ。
足が少しふらついていて心配になったが、彼女は微笑みを浮かべていた。
「では、こっちに来てくれ。別室に幹部の城に移動できる魔道具がある」
「ほう。それはありがたい」
南部まで転移魔法を使うのも面倒だったしな。
だが、俺は待ったをかけた。
「どうしたんだ? いかないのか」
「……いや、その前にすることがあってな」
俺とリコリスは見合わせ、うんと縦に頷く。
そして、リナに手を差し出して、こう言った。
「「服、返して」」




