第52話 アスカのお姉さん
リナと会ってから、俺たちはすぐに保健室に向かった。
保健室に行くと、いたのは部屋の主のフィー先生。
そして、ベッドの上には、小さな金髪の少女が眠っていた。
「あのアスカが倒れることってあるんだな……」
徹夜明けでも、ピンピンしているやつだ。
寝ているところは初めてみたかもしれない。
ベッドで眠っている姿は、ただの小さい女の子。
アスカって頭がいいせいか、少し大人びていところがある。
精神年齢でみれば、悪魔女よりずっと上だろう。
でも、こうしてみると、アスカはまだ子どもなんだよな……。
リナ曰く、俺らが職員室に向かった後、2人で片づけをしていたらしく、その時に突然アスカは倒れたとか。
もしかしたら、仮想空間の管理をしていたために、アスカに負担がかかっていたのかもしれない。
天才だから、大丈夫だろうとか思っていたが、あいつも人間だ。
無理をすれば、倒れることだってある。
ちょっとは体調に気遣ってやればよかった……今度、アイツが好き名お菓子でも買ってあげよう。
「リナさんが急いで連れ込んできた時にはびっくりしたけど、アスカさんにこれといった外傷はなさそうよ。一応、回復魔法をかけたんだけど、まだ起きてくれないみたい」
と焦る俺たちに、フィー先生は冷静に教えてくれた。
「……それで、これから、アスカはどうするんだ?」
目立った外傷もなく、回復魔法をかけても起きないとなると、アスカの体に何かあったとしか思えない。
しかし、「病院に連れていくのか?」と聞くと、フィー先生は横に首を振った。
「保護者の方がいらっしゃるみたい。その後の対応は保護者に任せているわ」
すると、保健室の扉がガラリと開いた。
「失礼します。こちらに、アスカ・ウィスタリアはいますでしょうか」
入ってきたのは、金髪の美人お姉さんと複数の黒スーツ男。
お姉さんはモデルのようなすらりとした足に、キュッとしまったウエスト。
腰近くまである長い金の髪は1つに三つ編みにされており、目元はサングラスをしていて分からないが、顔はどこかアスカにていた。
「あなたは……」
「アスカ・ウィスタリアの保護者です」
アスカの保護者……お母さんにしては若いから、お姉さんあたりだろうか。
アスカって姉妹だったのか。初耳だ。
てか、あの黒スーツ集団は何だ? ボディガードとか何かか?
「って、あなた誰かと思えば、アリシアじゃない」
フィー先生がそう言うと、アリシアさんは丁寧に頭を下げた。
「お久しぶりです、フィー先生」
「久しぶり。あなた、サングラスをかけてたから、一瞬誰か分からなかったわ……『もしかして?』と思ってはいたけど、アスカさん、あなたの妹だったのね」
「はい、妹までお世話になっています」
フィー先生は、アリシアさんと知りあいなのか、親し気に話している。
アリシアさんってたぶんここのOGとかだよな……いつから王女様はここで務めているんだよ。
すると、アリシアさんは俺の方に目を向けてきた。
「あなたがネル・モナーさんですね」
「あ、はい」
「妹がいつもお世話になっております。私、アスカの姉のアリシア・ウィスタリアと申します。以後お見知りおきを」
と丁寧に挨拶をしたお姉さんは、俺に右手を差し出してきた。
俺はその手を取り、握手を交わす。
どうやら、アスカは家族に俺たちのことを話しているみたいだな。
「皆さん、ご安心を。アスカはすぐに戻ってくると思いますので、その時はよろしくお願いしますね」
そう言うと、アリシアさんは黒スーツ男に指示し、アスカを抱えさせる。
「では、失礼します」
そうして、お姉さんとアスカ、黒スーツ集団は颯爽と去っていった。
急いでいる感じからするに、きっと病院に連れていくのだろう。
今度、お菓子を持ってお見舞いにでも行こう。
すると、リコリスが駆け寄ってきて、「ねぇねぇ」と俺の上着を引っ張ってきた。
「アリシア・ウィスタリアって、ウィスタリア研究所所長の孫じゃない?」
「え? そうなのか」
「はい、恐らくそうかと……サングラスをされていてあまり分かりませんでしたが、きっとウィスタリア研究所所長のお孫さんだと思います。雑誌で見た人と一緒でした」
メミの説明に、リコリスは「そうよね」とうんうんと頷く。
なんでリコリスがそんなことを知ってるんだよ。
「となると、アスカはアリシアの妹だから、アスカも所長の孫になる?」
「そうなりますね」
「WOW、アスカさん、ウィスタリア家の子だったんだねー」
…………え。マジか。
全然教えてくれなくて知らなかったけど、アイツにお偉いさん所の孫だったのかよ。
「これって、フィー先生はもしかして……」
「いいえ。アリシアのことは知っていたけど、アスカさんのことは知らなかったわ」
「リナはアスカから聞い――」
とリナを見ると、なぜか彼女の顔は青ざめていた。
「おい、リナ、どうした? 大丈夫か? 顔が真っ青だぞ」
「……そうか?」
「ああ、気分が悪いのか?」
そう聞くと、リナは横に首を振った。
「……いや、アスカが心配でな」
ああ、そっか。
そうだよな。
目の前でアスカが倒れたんだもんな。
「そんな心配しなくても、大丈夫だろうよ。あいつは地獄の底に落ちても、自力で這い上がってきそうなやつだからさ」
「そうそう。あういうムカつくやつこそ、なかなか死なないのよ」
「お姉さんもああやって言っていましたし、アスカさんは大丈夫かと」
「元気になって帰ってくるYO!」
「……そうだな。ありがとう」
みんなが励ますと、リナは安心したのか、少しだけ微笑んでいた。
★★★★★★★★
アスカが倒れて数日後の放課後。
元々アスカの実験室で練習をする予定ではあった俺たちだが、アスカがいないと研究室は使えないため、裏世界で特訓することになった。
といっても、特訓するのはリコリスがメイン。
リコリスが猪突猛進行動ではなく、自分の状況を踏まえたうえでの行動ができるような特訓。
悪魔女には、自分の得意魔法を生かせる状況を作り出していけるようになってもらわねば。
そのため、俺はまず得意魔法を生かした戦術を展開できるように、教えることにした。
リコリスが得意としているのは、闇魔法と俺が教えた氷魔法。
それを生かすよう、考えてもらった。
もちろん、闇魔法と氷魔法は幅広いので詳細を教えながら、その中でもどういう系統を使っていくのか、2人で考えた。
闇魔法の方が馴染み深いので、闇魔法を中心に探っていくことに。
そして、片っ端から闇魔法を使っていく中で。
「影を使うのはいいわね!」
影魔法を扱う時のリコリスは、特段楽しそうだった。
たとえば、相手の影を利用して瞬時に近づき、攻撃を入れたり。
逆に自分の影を変化させて、相手を影に引き込んで、攻撃を入れたり。
気づけば、リコリスは影魔法を駆使した戦法をとっていた。
もちろん、相手は俺なので、回避することはできた。
が、普通の学生相手なら通用するだろう。
勉強の時もそうだったが、リコリスの物覚えは意外と早いな。
地頭はいいのに、残念なことに行動はバカになってしまう。
これがなんと悲しいことか。
一方、メミとラクリア、リナの3人は、俺が裏世界でも自由に動けるようにした上で、近くの魔物を倒してもらっていた。
メミはレベル上げになるのでと喜んでやっていてくれた。
そして、3時間ぐらい経った頃だろうか。
リコリスがへばったので一旦休憩を入れ、2人で木陰の下で休んでいると、タッタッタッと足音が聞こえてきた。
誰かと思って見ると、ポニーテールで縛った水色の髪を揺らして、リナが走ってきていた。
「お、リナ。お疲れ」
「おつかれー」
「……ああ、お疲れ様」
そう言ってきたリナは俺の左隣に体育座りで座った。
ちなみに、リコリスは俺の左で寝そべっている。
風が心地いいのか、眠たそうにしていた。
「リナがこっちにくるなんて、どうしたんだ? 暇になったか? それとも魔物がヤバくてピンチか?」
「いや、魔物はちゃんとメミとラクリアが倒してくれている。2人はとっても楽しそうだ。相性がいいみたいだ」
と少し明るい声で話すリナ。
彼女は意外にも笑みを浮かべていた。
「……なんか、最近のリナは生き生きしてるよな」
「そうか?」
「ああ。表情筋がよく動くようになってる。楽しそうだ」
出会った頃のリナは、ロボットのように仏頂面。笑うとか知らなそうだった。
もちろん、リクの頃は別人のように笑顔を浮かべてはいたけど、リナになってからは一切なかった。
でも、最近はちょっと違う。
「よく笑うようになったよ」
「……そうか?」
リナはあまり分からないのか首を傾げていたが、俺は頷いた。
「ああ。ほら、リコリスの扱いは確実に変わっているだろ? めんどくさいとか言ってリコリスを無視してたのに、最近はリコリスで遊んでいるしな」
「え? 私が遊ばれている?」
「リコリスを遊ぶ……それは確かにそうかもしれない」
「え? そうなの? 私が遊ぶ側じゃないの?」
うるさいので、リコリスの口を手で押さえる。
「あとアスカが倒れた時だって、かなり心配そうにしていたし、心配なあまり青ざめていたしな。今までのお前なら、なんとも思わず、平然としていただろうよ」
「……そうだろうか」
自覚がないのか、リナはまた首を傾げる。
ASETの人間とはいえ、まだリナも子ども。
感情を押し殺さないといけない仕事は偉い大人に任せて、もっと遊んでもいいはずだ……もっと笑っていいはずだ。
「私は笑うようになったのか?」
「ああ、俺にはそう見えるよ」
「そうか……」
確かめるように小さく呟くリナ。
彼女は俺らから顔を背け、赤い空へと目を移す。
横から見えるリナの青い瞳は、少しだけ揺れていた。
――――気のせいだろうか。
嬉しいことのはずなのに、リナの横顔はどこか少し悲しそうに見えた。
「そういえば、お前こっちに何しに来たんだ? リコリスを遊びたくなったのか?」
「ああ……ちょっと2人に聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと?」
「ああ。ネル、リコリス、お前たちは週末空いているか?」
「空いているといえば空いている」
「私もー」
「そうか、それはよかった」
「ん? 何か用事があるのか?」
「ああ、ちょっとお前たちを招待したいという人がいてな」
「招待した人?」
うわー、今招待されるとか……きっと俺が勇者だってこと分かってだよな?
相手がお貴族様だったら、絶対行かねー。
と言うと、リナは首を振った。
うむ……どうやらお貴族様ではないらしい。
「じゃあ、誰だよ」
そう問うと、リナの顔は真剣なものになる。
「生徒会がお前たちを呼んでいるんだ」




