第50話 鏡
俺は双子先輩とのバトルで、あまり勝つ気はない。
だけど、手を抜くときっと先輩たちが怒る。
絶対に怒って、「もう一回戦え!」とか言ってきそうなので、手は抜かない。
でも、早く終わらせたい。だから、さっさと勝つ。
早く勝つためには、早く攻撃をする。
そう考えた俺は、開始と同時に光魔法を的に向かって放つ。
光線は的へと真っすぐ伸び、1枚目の的はやれたと思った。
「好戦的でええな!」
しかし、カイ先輩に焦る様子はなく。
「でも、甘いなぁ」
笑みを浮かべていた。
「ミラーラリフィッシオーネ」
カイ先輩が詠唱をした瞬間、彼らの的の前に鏡が出現。
俺が放った光線はその鏡に当たり、跳ね返る。
おい、マジか。
瞬時に高度な鏡魔法使ってくるとか……って、ヤバい。
こっちの的に返ってくる。
俺は光魔法でシールドを作り、防御。
的が壊されることはなかった。
危ない……あっちの的をするために放ったのに、俺らの的が危なくなるとか。
対策を練るため、俺は双子先輩の情報を思い出す。
カイ先輩は炎魔法、ヨウ先輩は緑魔法を得意としているという、それぞれの特徴がある。
でも、双子ということもあって、共通することもある。
それは2人とも鏡魔法が得意であるという点。
鏡魔法は、鏡の特徴からヒントを得て、生み出された光魔法の1つ。
光魔法にも、攻撃を消すシールドがあるが、鏡魔法は完全に攻撃を跳ね返すという特徴を持つ。カウンターにはもってこいの魔法だ。
その鏡魔法のほとんどは上級。使える人はそうそういない。
鏡魔法で打ち返されるとなると、魔法攻撃で的を壊すよりも、直接自分でやった方が手っ取り早いかもしれない。
――――だが、その前に。
俺は土魔法を応用し、的の前に岩の壁を作る。
最近は、魔法制御がマシになってきている。
だが、それでも校舎の3倍ほどある高さの壁ができた。
これで防御はいいかな。
「おおぉ! あいつ、でかい壁を作りやがった!」
「あれは壁というより山だね」
先輩が岩の壁を乗り越えようとしても、その途中でこちらが攻撃をする。
もちろん、双子先輩が的に転移した場合のことも考えてある。
ちゃんと罠を仕掛け、転移返しできるようにした。
悪魔女リコリスはというと、俺が光魔法を放った時にはいなくなっていた。
的を守る気がないのか、一直線にヨウ先輩の方へ走っている。
リコリスは無詠唱で闇の玉を放つ。ポンポン、ポンポン、玉を出していた。
「へぇ……お姉さんの方は闇魔法なんだね」
「そうよ! 闇魔法ばっか使ってあげる! マリモ!」
「え? マリモ?」
ヨウ先輩はリコリスに「マリモ」と呼ばれて驚いたのか、目を見開く。
しかし、隙ができるというわけでもなく、リコリスの攻撃をさらりと避けていた。
「よそ見はあかんで! ネル!」
そんな声とともに、炎の玉が飛んできた。
下を見ると、カイ先輩が走って来ている。
やはり跳ね返された。
――――なら、今のうちに的を壊せてもらおう。
土魔法で的近くの地面から大きな手を作り出す。
そして、振り上げ、的に向かって打ち込んだ。
「セブロッコ!」
しかし、カイ先輩が土魔法を解除。叩こうとした瞬間に、土の手は崩れた。
こっちに炎魔法を打ってきながら、解除するとか……さすが勇者だな。
先輩が壁を上って来られても困るので、俺は飛び降りる。
そして、先輩を腕で巻き込んで、地面にたたき落とそうとするが、振り切られた。
風魔法を駆使して地面に着地した俺は、離れたところにいるカイ先輩と対面する。
先輩もこちらの動きを窺っているようだ。
…………うーん。どうしようか。
遠距離からの攻撃もダメ、魔法攻撃をしようとしたら鏡魔法で返されるからダメ。
幸い先輩たちが俺らの的に攻撃を仕掛けてきていない。
これから仕掛けてくるかもしれないが。
それなら、先輩を戦闘不能にさせた方がいいかもな。
「ほう? 格闘すんのか?」
「魔法は効かないと思いまして」
「なら、こいや」
先輩も胸ポケットに杖をしまう。
その間に俺は近づき、みぞおちを狙って拳を入れる。
――――当たったと思った。
だが、先輩はうんともすんともしていなかった。
大体俺の拳は先輩に当たっていなかった。
杖をしまったと思われる先輩の手には、手のひらサイズの手鏡。
俺の手はその鏡の中に入っていた。
じゃあ、手に当たっているのはなんだ?
「う゛っ――」
離れた場所から、聞こえてきたうめき声。
それは相棒リコリスの声。
見ると、ヨウ先輩も手鏡を持ち、そこから俺の手が出ていた。
手はリコリスの腹を殴っていた。
…………手鏡、魔道具だったのか。
俺は即座に手を引っ込め、カイ先輩に蹴りを入れる。
先輩の体制を崩せたが、先輩は側転しすぐに持ち直した。
「何すんのよ! マリモ!」
「僕は殴ってないよ。殴ったのはネルだよ」
マリモ先輩がそう言うと、リコリスが睨んできた。
……いや、俺もリコリスを殴るつもりなかったし、カイ先輩が魔道具使ったせいだし。
カイ先輩にジト目を送ると、先輩は肩をすくめた。
「魔道具はなしってルールはないやろ?」
確かにそうだ。七星祭でも魔道具の使用は許可されている。
なら、先輩たちが魔道具を使ってもおかしくない、か……。
俺はカイ先輩から一旦距離を置き。
「モーメントスポースタ」
罠に飛び込む覚悟で、転移魔法を使った。
的近くに移動した。
「レベル4ケタとなると、転移魔法も使えるわな」
とカイ先輩の余裕の声が聞こえてくるが、先輩がこちらに追いかけてくる気配はない。
…………やはり罠を仕掛けているのか?
しかし、罠とかはなく。
「え?」
難なく的を壊せた。
なんかめちゃくちゃ簡単だったけど、一つ目を壊せた……残りは1つ。
もう1つの的の前には、リコリスとヨウ先輩。
俺は攻撃を仕掛けてくると思い、カイ先輩を警戒する。
しかし、彼は突っ立ったまま。しゃべりもしない。
彼が今壊した方を守っていたんだろうが……先に壊されて起こったかな。
だが、彼は笑みを浮かべ、誰もいないフィールド中央にしゃっーと杖を横に振る。
そして、唱えた。
「ミラーシンクロノ!」
その瞬間、バキッという音が後ろからした。
俺らの的が割れた?
どうやって?
――――もしかして、鏡魔法か?
また、カイ先輩は杖を斜めに振る。
「ミラーシン――」
嫌な予感がした俺は、先輩の杖に向かって、風魔法を放つ。
だが、勢いがあり過ぎて、杖だけじゃなく、カイ先輩までも吹き飛んだ。
カイ先輩はもう動けなくした方がいいな。
そう思った俺は、カイ先輩顔以外を氷漬けにした。
それでも、氷がパキパキと割れそうになる。
出てこれないように、土をかぶせ、さらに守りが必要なくなった岩の壁の一部を壊し、それを土の上に乗せた。
「うげっ――! 動けねぇ――!」
という声がしたので、多分殺してない……うん、大丈夫だ。
手が空くと、リコリスの方を見る。
珍しいことに、リコリスはまだ倒れていなかった。
蔓を避けるためか、ヨウ先輩から距離を置いている。どちらとも様子を窺っているようだった。
「ネル……あのオレンジは?」
「生き埋めにした」
「殺してないの?」
「殺すわけあるか」
殺したら、バトルどころじゃない。殺人だ。しかも勇者殺し。
「へぇ、ネルなら相手を殺しかねないと思ったんだけど」
「制御はしてるさ……それよりも、リコリス。お前、的を壊せ」
「私が? まぁ別にいいけど……さっきの魔法を使われるんじゃない?」
「俺がヨウ先輩を止めるつもりだから、大丈夫」
「それなら、分かったわ」
作戦を練りなおすと、俺とリコリスは同時に走り出す。
俺たちが動き出すと、ヨウ先輩も。
「ヴィレーノソーンビーテ」
と詠唱し、棘のある薔薇の蔓を伸ばしてきた。
あの蔓、毒を付与してるな。
俺は蔓に絡まないように炎魔法で燃やす。
「何これ!? 毒!? ちょっとピリピリするんだけど!」
ついでに、早速蔓に捕まっているリコリスの蔓も燃やす。
悪魔女に毒耐性はあるっぽいから、回復はしなくてもいいだろう。
そうして、蔓を燃やしていくが、ヨウ先輩は蔓を伸ばし続ける。
俺が杖を奪おうとしても、先輩は棘のない蔓で自分の体を巻きあげ、逃げていく。
――――もう鏡魔法は使わせたくない。
俺は蔓を燃やして、燃やして、そして、風魔法で先輩の杖を奪った。
よしっ。これで、高度な鏡魔法は使えないだろう。
杖なしで鏡魔法を使えるんだったら、意味のない行動だが、先輩は逃げていたから大丈夫だろう。
しかし、ヨウ先輩は諦める様子はなく。
「カイ!」
弟の名前を叫び、手鏡を出す。
生き埋め状態のカイ先輩の方から、「おう!」という声が聞こえてきた。
「ミラーコネッテシィ!」
ヨウ先輩がそう叫ぶと、鏡が光り出す。
「よっしゃっ! 出られる!」
そんな声とともに、ヨウ先輩の手鏡から飛んで出てきたのは、俺が生き埋めしたカイ先輩。
だが、カイ先輩の体は小さく、少年のよう。
まさか、カイ先輩の鏡とヨウ先輩の鏡をつなげて、さらにカイ先輩は体を小さくして出てきたのか?
そんなことすぐにできるか?
少し高い声のカイ先輩が話しかけてきた。
「ネル……ごっつう驚いてるようやけど、俺らは転移魔法を使えんけどな、この鏡がある場所ならどこでも移動できるんや」
「危ない綱渡りですけどね」
ここで2人復活するとか……ちょっとヤバくね?
そんなことを思っていた矢先、カイ先輩はヨウ先輩の鏡を持って、リコリスの方に走り出した。
一方、ヨウ先輩は杖がないながらも、蔓を作り出し、俺を拘束しようとする。
まずい――――このままだと、カイ先輩がリコリスに追いつく。
「リコリス! 魔法で的を壊せ!」
蔓から逃げながら叫ぶと、リコリスは頷き、闇の玉を放ってくれた。
「壊させんで! ミラーラリ――」
それもさせない!
俺は2人の下に穴を作った。
それも深い深い、底が見えないような大穴。
「モーメントスポースタ!」
そして、先ほど自分に使った魔法を2人に向かって唱え、双子先輩を穴の一番底に転移させた。
…………これでもう大丈夫だろう。先輩たち、生きてるか分からないけど。
先輩たちが転移させたのと同時に、バキッという音がした。
「壊した!」
リコリスが叫ぶ。見ると、的はバキバキに壊れていた。
俺がフィールドの端にいた審判に視線を送ると、彼女は優しい微笑みを浮かべ、うなづき。
「そこまで!」
と終了の合図を出した。
そうして、双子先輩のバトルが終わり、俺たちは勝った。




