第44話 問題児だYO!
「……おい。これどういうことだよ」
「どういうことってそのままの通りよ。あんたがバグみたいなレベルになってるの、世間にバレたのよ」
リコリスはそう言って、新聞を奪い取り、代わりにサインペンとTシャツを渡してくる。俺はそのまま返した。
別に、自分のレベルのことを隠してるわけじゃなかった。
隠していたのは『自力で裏世界に行けること』。
レベルは、先輩やアスカ、メミの時の戦いで、俺のレベルが二桁台じゃないことぐらいみんな気づいていて、その時には新聞に載っていたはずだろう。
でも、今載るなんて……。
「お兄様はかなり前からオッカム様よりも高いレベルになっていたのに……」
「ああ、今更だな」
「『アルカイドの勇者』のことまで……」
「もう隠せないだろうな」
事情を全て知っているメミは心配そうな表情を浮かべていた。
まさかアルカイドの勇者であることも疑われるとは。
確かに勇者になるやつはレベルの上りが早く、年齢の割に高いやつが多い。
でも、レベルが高いってだけでイコール勇者にはならないじゃん。
まぁ、多分、アルカイドの勇者は俺だと思うけどさー。
他にいるのなら、ぜひそいつに勇者をしていただきたい。全部お任せしたい。
フィー王女様が話していたが、勇者を自分の手元に置こうと、貴族たちが躍起になっている。
そのごたごたが嫌で、勇者の印を隠していたんだがな。
すると、遠くから「ネル様~!」という声が聞こえてきた。
声がする方を見ると、大勢の人たちが走ってきている。
ああ……来たな。
あいつらも勇者を自分の近くにおいておきたいから、追いかけてくるんだろうな。
まぁ、俺は誰の下にもいたくないけど。
「兄様、追っ手が来ました」
「ああ、逃げるぞ……ともかくリコリス。店はたため」
「嫌よ。せっかくグッズを作ったのに売らないなんて、私損しただけじゃない!」
「作った時点で損はしてる。利益を出すのは諦めろ」
「なら、ネルに売り上げの5%は上げるわ」
おい……俺を商品にしてるんだぞ。
5%って少なすぎるだろ。
「ダメだ。50だ」
「えー。じゃあ、10%」
「少ない、45」
「むー、15%」
「45」
「……20%」
「45」
「……25」
「45」
「……30」
「45」
すると、リコリスはキィーと悲鳴を上げ、地団駄を踏んだ。
「45、45って! ちょっとは寄りなさいよ! こっちは寄ってるのに!」
「45だ」
「むぅ~! もう! 分かったわよ! 45ね!」
「おう! よろしく!」
勝手に俺のグッズを売られたんだ。半分くらいはもらわないとな。
そうして、俺はメミと大急ぎで教室に向かった。
★★★★★★★★
「それで、ここにあたしのところに来るって」
「だってほら、ここなら誰も来ないじゃん」
リコリスに会ってから、俺はメミとともにアスカの研究室に逃げ込んでいた。
最初は教室にいたんだが、ひっきりなしに声をかけられ、耐えに耐えきれず、こっちに来ている。
研究室にいたのは、アスカの他に、リナ、ラクリア。
3人とも授業をサボっているらしい。
一時してから、ルンルン気分のリコリスもやってきた。
俺は椅子に座り、机の向かいに座るツインテール女子アスカのパソコンいじりを眺めていた。
俺の右隣にはメミ、左隣にはドーナツを食べるラクリア、アスカの隣にはリナが静かにお茶をしている。
そして、少し離れたところで座っているリコリスは机にお金を広げ、売り上げを数えていた。
あの感じだと結構売れたんだな…………。
「まぁいいけど。それでどうするの? アルカイドの勇者とか言われているじゃない」
「どうもしねーよ。俺は平穏に生きたいからな」
「そうです。兄様はどこぞの勇者みたいにアイドルになったりはしません。兄様は私だけの兄様です」
メミがそう言うと、アスカは分かりやすく顔をしかめる。
「メミは仲直りしてからというものの、ブラコンまっしぐらね……こいつのどこがいいのやら」
「全てです」
メミは真剣に答えているようだ。まぁ、ずっと俺とまともに話せていなかったもんな、寂しいかったのだろう。
そんな真面目に答えるメミを見て、アスカは苦笑いだった。
「……それで、リコリス。商品はどのくらい売れたの」
「半分くらい売れたわー」
「半分だけ? もっと売れたと思ったのに」
「後の半分は予約済みなのー」
と言って、リコリスは分かりやすくメミの方を見る。アスカは察したのか、はぁとため息をついていた。
「買い手がいるならいいわ」
「おい、アスカ。お前はなんで俺のグッズのこと知ってるんだよ」
こいつ、研究室の外に出ていないのに。
「え? そりゃあ、あたしが商品を作ったからに決まってるじゃない」
「…………」
なるほど、そういうことですか。
商品開発はアスカで、売り子がリコリスか。
……あー、納得。
リコリスが1人でグッズとかを作るのはおかしいと思ったんだよな……。
「そういえば、ネル。今度のチーム戦は練習なしで行くの?」
話題を変えたいのか、アスカがそんなことを聞いてきた。
チーム戦――この学園では恒例のイベント。
学年別でトーナメントを組み、指定フィールド内で魔法バトルをするもの。
そして、上位2組は、ザ・セブンの学園生徒が戦う「七星祭」に学生代表として参加できる。
俺としては、「七星祭」には興味がないので上位2組にはなりたくないが、成績にも関わるので、最下位にはなりたくない。
だから、ある程度は勝ち進みたいのだが。
「練習なしで行くのはまずくないか。こっちはリコリスがいるんだぞ」
「ちょっと私をお荷物扱いしないでくれる? 私、リナよりもレベルは高いのよ」
ふんとなぜか髪を後ろに揺らし、自信あり気に言ってくるリコリス。
高くても、荷物なのは変わりないが……。
同じことを思ったのか、リナが俺の気持ちを代弁してくれた。
「…………レベルが高くても、お前はポンコツ。私よりも弱い」
「なんですってぇ――――!!」
ぶちぎれたリコリスはリナをしばこうとする。
が、リナもリナで、ひょいひょいと避けていた。
「このっ! ちょこまかと動いて! じっとしないさいよ!」
「…………ふははは」
リナ、リコリスで遊んでるな……。
2人は俺たちの周りを走り回った後、地下の実験室へと消えていった。
あいつら、バトル始める気だな。
1人は悪魔女だが、1人は器用なリナだ。
リナなら、秒でリコリスの動きを封じるだろう。
「あたしたちなら、練習なしでも大丈夫でしょ。あんた、強いし」
「そうです。兄様は強いです」
「まぁ、そうだな」
冷静に考えて、俺以外にも、魔法道具の申し子アスカ、ASETの人間のリナ、チェケラ族のラクリアがいるんだ。
何をしでかすか分からん悪魔女のことを目をつぶっても、勝てるだろう。
「そういえば、お兄様。お聞きしましたか? 今回のチーム戦、上位2位以外はパリス先生の補習だそうですよ」
「「え?」」
俺とアスカは思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
あのパリス先生の補習だと……?
そんなの初耳なんだが……。
「そんな心配なさらずとも、お兄様なら大丈夫ですよ。補習になんかなりません。私と一緒に『七星祭』に行けます! 心配なら、リコリスさんを病欠にしましょう」
「あ、それいいな」
「病欠……悪くない案ね」
「2人ともどれだけリコリスさんを問題視しているんだYO……」
隣に座ってドーナツを食べていたラクリアが、呆れてそう言ってきた。
「言っておくが、ラクリア。リコリスの次にお前がヤバいからな」
「そうかしら? あたしは制御のできないネルの方がまずいと思うけど」
「YEAH――!! ネルが問題児だYO!!」
調子に乗ったラクリアは立ち上がって手をチェケラさせながら、「FO――!!」と叫ぶ。
すると、メミが机をバンっと叩いた。
「ラクリアさん、なんてことを言うんですか! 兄様は問題児なんかじゃありません!」
「そうだ。俺は問題児じゃないぞ」
「確かに兄様は魔法制御は下手ですが……」
「ん?」
「変態なところもありますけど……」
「メミさん?」
「でも、兄様は努力家で、とってもいい人です! 問題児なんかじゃありません! 失敗しても兄様なりに頑張ってるんです!」
立ち上がったメミはラクリアに顔を寄せ、そう熱く語る。
全然フォローになってない気がするけど、かわいいからいっか。
すると、落ち着いたラクリアは、席に座り直した。
「あ、そういえば、面白いことを聞いたYO」
「面白いこと?」
「えっと、会長さんがネルくん&アスカさん対策をしてることだYO」
「「え?」」
「会長さん、後輩を使ってネルくんをコテンパンにする予定だということも聞いたYO」
「会長って、生徒会長か?」
「それ以外に誰がいるYO?」
俺はアスカと目を合わせる。
「なんで会長が俺を……」
「知らないわよ。あんたが何かしたんでしょ」
「でも、編入してから、俺はアイツに全然関わってないぞ」
「じゃあ、会長の気に食わないことなんかやったとか?」
あ……それはありうるかもしれないけど。
「えー……そんな理由で補習受けたくないんだけど」
「あたしもよ。あのパリスと一緒に冬休みを過ごしたくないわ」
てか、会長はあれでも学園のトップ。
レベルが高い相手でも戦略で勝っちまうやつだ。
そいつが俺をコテンパンにしようとしている、だと?
そんなの……。
「よし、アスカ。練習するか……」
「そうね……下の実験室の調整しておくわ」
そうして、俺とアスカはゆっくり立ち上がった。




