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エンク

 洞窟への帰りは思ったより順調に進んだ。

 陽はとっくに沈んでいたが、予定より一日近く早い帰りだ。

 黒曜は大人しくしているだろうかと考えながら、洞穴の前で岩壁を二度叩いて帰宅を告げる。

 中から黒曜が飛び出してきて頭突きの如く頭を寄せてきた。


「ただいま」


 一般的ではない挨拶に、黒曜は顔を傾げるが、何でもないとその頭を撫でる。

 そこで黒曜の背にそっくりな形をした一対の翼があることに気づく。

 もちろん片方は銀色だ。


「黒曜それ…」


 驚いていることが嬉しかったのか、黒曜はどこか誇らしげにフンスと鼻息を荒くする。

 以前に、たどたどしくも千変万化を操って見せたことから素質は高いだろうとは思った。

 それがドラゴンの基準ですごいことなのかは定かではないが、人の基準で言えば常軌を逸する成長速度だ。

 ふと、力をつけた黒曜が、アイツ等のように呆気なく自分の前から去るのではないかと思った。

 そこで黒曜と別れる未来を惜しんでいる自分に気づいて笑った。

 そもそもが、黒曜が安心して暮らせる場所を探す旅と言ったのは自分だというのになんとも女々しいことだと思った。


「すごいな黒曜……そんな黒曜にお土産だ!ほら!」


 そんな気持ちを誤魔化すように無理に声を張り上げる。

 黒曜も変に思ったようだが、変わり種の果物を取り出していくと興味は自然とそちらに移っていった。


「果物だけというのもな…」


 もう少し腹に溜まるものを探してくればよかったと考えに耽っていると、いつの間にか黒曜は洞窟の奥を向いていた。

 何かあるのかと目を凝らしていると、黒曜の銀の翼が、まるで人の手のような形になって手招きをしている。

 器用なもんだと感心していると、奥から何か近づく気配があった。

 恐る恐るといった様子で近づいてきた気配は子どものようだった。

 一糸纏わない中等部にも満たないだろう歳の女の子で、燃えるような赤い髪が目を引いた。


「黒曜お前……」


 攫ったのか、はたまた保護したのか。

 どちらにしても面倒事に違いない。

 責められていると思ったのだろう、黒曜は尻尾を垂らして俯く。


「攫った?」


 黒曜は軽く尻尾で殴りつけてきて抗議する。

 ごめんごめんと笑って宥めるも、拗ねたようにそっぽを向いてしまった。

 黒曜は少女を助けたのだろう。

 まずこれを面倒事だと思ってしまうあたり、黒曜の方がよほど人間らしいというものだ。


「なら偉い。よくやった」


 拗ねる黒曜の頭を撫でて洞窟の奥から様子を窺っている少女に近づく。

 自分用の替えの服は少女には大きすぎるが、全裸のままというのは問題だろうと収納箱から服を取り出す。

 少女がこちらを警戒していることから動きあぐねていると、黒曜が少女に向かって何の気なしに歩いていく。

 黒曜を見た少女は金縛りが解けたように黒曜の背に隠れてしまう。

 ドラゴンより警戒される人とはこれ如何に。


「…お嬢さんお名前は?」


 反応はない。

 黒曜が一つ頷き、少女もそれを見て頷き言う。


「エンク」


 もうドラゴンの子になっちゃいなさいと思った。

 さておき、森で保護したというのなら一体どんな状況だというのか。


「どこから来たの?」

「…追われて」


 洞窟の中では暗くて分かりにくかったが、よく見ればエンクと名乗った少女は傷だらけだった。


「待ってて」


 街で買ったキュアスライムの体組織を取り出し、早速魔物鍛冶で加工に取り掛かる。

 果たしてこれは鍛冶なのか、という疑問があるが、世話になっているので文句はない。

 塗り薬の製作はそう難しいものではなく、臼と棒を魔物鍛冶で作り出し、キュアスライムに綺麗な水と帰り道に摘まんだ薬草を混ぜ込んで形にする。


「まず服を着よう」


 少女の前まで行き、男もののシャツを頭からすっぽりと着せてから薬を塗っていく。

 切り傷が多く、中には深いものもある。

 薬を塗っている今も怖がられていると感じた。

 人よりもドラゴンを安全だと判断する環境にいたたまれない気持ちになる。


「はい、終わり」


 少女は戸惑っているように見えた。

 どうすればいいか分からない。そんな様子だった。

 その様子に苦笑いしながら果物を前に並べていく。


「ほら。キミも食べな」


 黒曜に先に食べるよう目で促し、黒曜が食べ始めるとエンクも果物を手に取る。

 そのまま齧り付こうとするのを慌てて取り上げ、皮を剥いて渡した。

 警戒しながらも食べ進める様子に頷きながら、これからのことを考える。


 この子をこのままにはしておけない。

 ベルレーンの街で親なり保護者なりを探すのが普通だろう。

 だが、ベルレーンの街から逃げてきたであろうエンクをそのまま連れて行っていいものか。

 この傷を見れば尚更だ。

 そう考えればまずは情報収集に努めるのがいいだろう。

 懸念材料を上げるなら、この世界では日本ほどの対応を望めないことだろうか。

 役人は面倒事を避ける傾向にあり、刑は法というよりは個人の裁量。

 それはもはや無法と変わらない。

 そんな世界だから、虐待だったとしても何の対応もなくそのまま元居た場所に戻されるだろう。

 エンクの傷が虐待の跡だったとしたら度を超えている。

 だからといって、他人である自分にできることなどたかが知れていて、だとしたら孤児院に駆け込むのが理想だろうかと考える。

 考えるのだが、何が最適かなんて分かるわけもなく、結局はなるようになれと思考を放棄した。


 何の気なしに洞窟の奥に目を向ければ動物が横たわっている。

 黒曜が狩りの途中に森で保護した、といったところだろうか。


 果物を一つ掴んで噛り付き、箱から敷物を二つ出して敷いて、早速トム爺さんにもらった巨大な頭蓋骨を取り出す。


「『魔物鍛冶』」


 疲れていたし眠ろうかと思った。

 だがこればかりはこの世界にきてから唯一の趣味である。

 それも実益を兼ねた。

 槌を取り出し手に持って、どういったものにするのがいいだろうかと考える。

 しばらく迷って兜、の代わりになるマスクにしようと考えた。

 黒曜といるなら顔を隠せる変装道具くらいあった方がいいのではと考えた結果だ。

 使う機会がないことがベストだが、やはり貴族だったりが無茶な手段で黒曜を狙ってくる可能性はある。

 面倒事になった時に顔を隠すものはあった方がいい。

 方向性が決まったので、『魔物鍛冶師』でやすりを作り出して、削りながら形を整えていくことにする。

 作業は無心で進み、気が付けば空が白み始め、目の前には髪のような装飾のある、いかにも悪役なマスクが出来上がっていた。

 その感覚は、今主力で使っている手甲や剣、魔杖の時に感じたものと同じで、会心の出来を思わせるものだった。

 横で黒曜が寝ており、それを寝床にエンクと名乗った少女が寝ている。

 少女に布を掛け、自分も寝ようと敷物の上に横になる。

 すぐさま睡魔に襲われ、満足な気分そのままに眠った。

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