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彼らの後の後

 ヴァルギリアスのものだった城に着いたが、当然ながら彼の姿はなかった。

 道中行き違った可能性もあるが、それはそれで彼が街に戻っているということだった。

 だがそうはならないだろうとカイネは楽観を捨てていた。


 ギルドで報告を受けてから急ぎでここまで七日。

 つまり彼が城を発ってから、最低十四日以上も経過していた。


 焦る気持ちのまま、城を中心に捜索を始めた。

 幸いなことに、城には王国の兵が詰めていた。

 ただ、魔王軍が去っても原生の魔物が森には存在し、城から離れすぎることは危険だった。

 そんな中で激しい戦闘の跡が見つかった。

 抉れた大地が散見し、夥しい血の跡と、ばらばらの肉片が散っていた。

 腐敗し始めていた肉片が、これが起こった時間を物語っていた。


 実のところ、カイネは彼の正確な実力を知らない。

 彼は製作した武具を全て戦闘職である面々に渡していたが、それでも勇者達と行動を共にしていた。

 だから、普通より動ける生産職なんだろうといった印象しかない。

 それでもあれらの武具を持って去ったというなら、これくらいのことはできるのだろうと納得してしまっていた。


 四天王の城からこの地点を超えた先は、王国内地へ折り返した後、都市ベルレーンの街を最後に帝国領となっている。

 彼は王国を去るつもりと判断し、カイネは撤収した。


 それももう三日以上前のことである。


 いつもと変わらない、慌ただしい毎日に戻ってきていた。

 ギルドの受付に座り、並ぶ冒険者の対応をする。

 何も変わらない。

 だけど頭の中は後悔で一杯だった。


「…休憩だ。カイネ」


 背後から声を掛けてきたのは、背の小さな勝気な女の子。

 いつ見ても子供にしか見えず、これで年上だというのだから驚きだ。


「…まだ時間ではありませんよマスター」


 女の子にしか見えないギルドマスターのイヴリーヌは逆らう言葉に不満げに眉を寄せるが、事実、昼時の鐘の音は聞こえていない。


「いいから。サリー、悪いがコイツと代わってやってくれ」


 無理矢理に腕を引かれ、談話室へと連れられる。

 普段通りに振る舞えているつもりだったが変に映っただろうか。

 書類仕事もあっただろうに、代わってもらったサリーには悪いことをした。


「カイネ。お前は最善を尽くした。アイツのことはお前の責任じゃあない。気に病む必要はない」

「…グランセイヴァーは私が主だって対応していました。私だけが止められたはずです」


 専属というものはなかったが、レメドはよくカイネの受付を利用した。

 必然、彼らの面倒を見ることが多かった。

 関係が壊れかけていたことも見えていたはずだった。

 だが、国の意向だとか、彼女の存在だとか、そんなことを理由に放置した。

 その結果がこれだ。


「私も状況を少なからず把握していた。責を問うなら長である私だろう」

「…それだけで済むでしょうか」


 誰も彼も、彼がいなくなったことに興味なんてない。

 誰も責任を問わない責任の所在なんて誰も気にしていない。


 ただ、彼が今、何を思っているのかが気になった。

 勝手に見知らぬ地へ呼び出され、冷遇され、一人彷徨うことになったこの世界に。

 そしてその人々に。

 少なくとも王国に好い感情を持ってはいまい。

 自身が同じ状況に曝されたら絶望してしまうだろうか。

 それとも絶望をも糧に王国を恨むだろうか。

 それは大いにあり得る可能性に思えた。

 彼がもしそう考えるなら―――


「この国は終わりかもしれませんね」


 そんな大言壮語をイヴリーヌは笑わない。

 一個人が大勢に影響するわけがないと一笑に付すことができない。

 事実、彼の作った武器を持てば、()()が勇者と持て囃されるほどになった。

 それがどれほどに出鱈目な存在だったかイヴリーヌは十分理解していた。


 彼が予想通り帝国に渡っていたとすれば、その言葉は俄然真実味を帯びてくる。


 魔族領と争っているからといって、人間同士の争いがないわけじゃない。

 仮に魔王軍に占領された街でも出たなら、援軍という名目の元、帝国は嬉々として奪いにくるだろう。

 その時にものをいうのは武力だ。

 新兵だろうと、彼の武具を持てば一騎当千の悪鬼に早変わりする。

 そう考えれば虚言と切り捨てることはできない。


「僕は勇者だぞ!早く僕に合った剣を持ってくるんだよ!こんなもので戦えるか!」


 感情的な声と、何か甲高い―――恐らくは武器を地面に叩きつけたであろう音が響く。


「…来たぞボンクラが」


 イヴリーヌは苦虫を潰したような顔をした。

 声の主は確認しなくたって分かる。


「…戻ります」

「どうせまた()()()()()で失敗したんだ。放っておけばいいさ」

「誰かに彼の相手を押し付けるのは忍びないですから」


「損な性分だ」などという言葉を背に受けながら、受付ロビーへ戻ると、運悪く絡まれたであろうサリーと目が合う。

 視線をずらせば、興奮したレメドとそのパーティーメンバー、そして床に投げ出された直剣が見えた。

 四天王の戦利品らしい剣として一級品のそれが、どこか物悲しげに映った。


「どうなさいましたかレメドさん」


 サリーに、代わると視線で目配せして引き取る。


「カイネさん!…いつまでもこんな武器では戦えませんよ。ギルドには早く武器を用意してもらわないと」


 既に似たような遣り取りを二回ほど経験していた。

 

 武具の差は大きいと思ったが、だとしても実力に直結しないだろうとギルドマスターと結論付け、グランセイヴァーには彼が居た頃と同じ難度のものを依頼し、以前との差を計ることにした。

 下がる等級は一つか、悪くても二つだろうと予想していた。

 結果として、ギルドは彼らを過大評価していた。

 彼が去ったあとの依頼から判断し、彼の武具を取った勇者一行の推定ランクはCの上位ほどと判定されることとなった。

 それはAAという最高評価から一転、平均的な冒険者という評価。

 前線で剣を振るっていたミーヤだけはB中位以上の力があるとされたが、パーティーとして見ればやはりB級には届かないだろう。

 要である勇者も前線で剣を振るっていたはずだが、ギルドに詰める剣術指南が実戦で確認したところ過去の戦闘技術は見る影もなかったという話だ。

 実力が下がったからといってギルド会員である彼を侮るわけではないが、その立場から増長した横暴な態度は目に余る。

 自然と出そうになる溜息を必死に押し留め、事務的な確認をする。


「レメドさん。依頼の方はどうなりましたか?」

「……雑魚の討伐依頼でしょう?まだ途中ですよ。だから武器が必要なんです!僕等全員分の!」


 彼以外の残りのメンバーに顔を向ければ、バツが悪そうに視線を逸らされる。


「…レメドさん。その床に転がるもの以上のものとなると滅多にお目には掛かれません」

「なんでですか!これなら以前使っていたものの方がまだマシだ!」


 その以前使っていたものが異常なだけなのだが、彼らは本当に気づいていなかったというのだろうか。


「…あなた達は本当に彼の武具の価値に気づいていなかったというのですか?」


 思っていたことが口からするりと出た。

 レメドは訝しむような顔をしただけだったが、彼以外の全員の肩が跳ねる。

 その反応から、気づいていたのではなく、普通の武具を使いだしてようやく気づいたのだろう。

 どちらにしても間抜けな話ではあるが、傑物を逃した間抜けという意味では同じ立場であり、強くは言えない。


「もうやめようレメド。私たちはものを知らなさ過ぎた」


 言ったのはミーヤだった。


「カヤが武器とはこういうものだと言い、コウタローは作ったものを誇らなかった」

「…ゲームなら武器で物凄く攻撃力上がったりするじゃん。あれくらい普通だって思うじゃん」


 名前を呼ばれた少女が何事か呟きながら縮こまる。


「…誰かに任せず、自分で武器を見繕おうと武具商を見て周って気づいたよ。あの剣は異常だった」

「…私も。普通の魔杖がどういうものか…よく分かった」


 ミーヤだけでなく、エレノアも手に持つ王国支給の杖を見つめてぽつりと零す。

 後悔、というよりは現実に打ちひしがれているといったように見えた。

 どうやったらこうも歪なパーティーになるのか、納得はいかないが合点はいった。

 武具の一切を彼に頼り、冒険者と情報共有する必要なく成功を積み上げ、出世街道を最短で駆け抜けた結果が彼ら。

 しかし、彼女らの独白を聞いて尚、レメドの顔は納得していない。


「分かりました。…依頼ですが、難易度を下げたものにしてはどうでしょうか?」


 続けて三度の依頼失敗は、ギルド規定で言えば降格を検討するものだったが、勇者の称号を持つ彼らには当てはまらないだろう。

 ならば分相応な依頼を受ければいい。

 プライドが邪魔をするかもしれないが、また一から出直せばいい。

 勇者の称号は剥奪されるかもしれないが危険は小さい。


「…駄目だ……駄目だ駄目だ!そんなの認められない!」


 やはりと言うべきか、レメドは納得しなかった。


「そうだ!コウタローを見つければいい!そうすれば何もかも元通りだ!」

「そんなわけないでしょう」


 今度ばかりは溜息を我慢できなかった。


「吐いた言葉は飲み込めない。彼が抜けた時の詳しい状況は知らないけど、彼を追いやったと嗤いながら話すアナタに再び力を貸してくれるとは思えない」

「そんなわけがあるかァ!!僕はこんなとこで終われないんだ!」


 自業自得とはいえ、その姿は憐れなもの。

 他の目もあるというのに、恥も外聞もかなぐり捨てたような振る舞いは、凡そ勇者として相応しいものではない。


「…低い難度の依頼を受ける。あとは…これからを考えると、引退するというのもいいかもしれません。私から言えるのはそれくらいです」


 辛辣にも取れるが、彼らにはこれからも以前と同じ実力が求められる。

 それで地位を剥奪されるだけならいいが、前線に斬り込めと命令されようものならそれは死刑宣告に等しい。

 ならば怪我を理由に引退あたりの筋書きが、レメドを推薦した王族の気分を害することなく、レメド達にとっても安全に暮らせる妙案ではないだろうか。


 レメドは俯き、ふらふらと幽鬼のようにギルドを後にする。

 それに続く少女たちの足取りも重く、少し以前まで名を馳せていた勇者一行の姿はもうなかった。

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