暮らし
「黒曜。オマエの種は歳を重ねれば自然と強大な存在になるだろう。だがハンデのあるオマエはそれではダメだ」
人間の言葉を、黒いドラゴンは黙って聞いている。
「まずは翼を作れるようになろう。その銀の塊を伸ばしたり広げたり、柔らかくしたり硬くしたりを慣れるまで毎日だ。それができるようになればオマエは飛躍的に強くなる。間違ってもあんな狼に遅れはとらないよ」
千変万化は、良くも悪くも使い手の能力に左右される。
もし黒曜の背にある翼を同じように再現できたのであれば、それは自身を守る盾にも矛にも応用できることだろう。
本命は自衛ではないが。
黒曜が翼のことを気にしているかは分からない。
だが、自分だったら欠けたものを求めるだろうから。
空を駆ける黒曜を見てみたいから。
だから、これが自己満足のための押し付けだろうと翼を作ることを目標にしてもらう。
言うや否や、黒曜は銀の塊―――千変万化を弄りだす。
欠けた翼の先から銀色が伸びたり縮んだりする。
その動きは中々に器用で、既にエレノアが使って見せた時より、遥かに自在な動きを見せているように思えた。
竜種の放つブレスなども、魔力の動きなどから原理的には魔術と同じとされていた。
巨大な体が空を舞うにも、翼の力だけではなく、魔術的な作用を用いているものと考えられている。
魔物はそれを意識せずに行う。
ならば、黒曜が人より魔力操作に長けているのは当然とも言えた。
上手い上手いと褒めると、今度は銀色が翼の形に広がっていき、敢え無く折れた。
失敗したことに落ち込む黒曜だが、始めて一日でこれなら展望は明るい。
「まずは基礎の魔力操作。あとは骨とか膜とか、強度を変えつつパーツを分割して考えるといいのかもしれないけど…それは追々な。休憩にしよう」
黒曜の頭をぽんぽんと叩いて座り込む。
何んとなしに周りを見回すも、視界に映るのは木。
結局は人目を恐れ、街道に出ることなく森の中を進んだ。
帝国を目指す理由はもうなくなっていた。
街で暮らすことは黒曜のことを考えるとリスクが高くなるばかりだが、少なくとも街の近くで暮らしたいとは思っていた。
理由として、千変万化の玉の大きさがあった。
というのも、これで黒曜の翼を作るなら、今現在ですら大きさがぎりぎりだった。
つまり千変万化を作る材料が欲しいのだ。
黒曜がどれほどの大きさに育つのかは謎だが、少なくともこのままということはないだろう。
メタルウェポンという魔物は死ぬとただの鉄のようになり、そう高価なものではない。
だが、スライムの変異種であるため、とても希少であるからして、そもそも持ち込みが極端に少ない。
メタルウェポンの素材を入手したとして、加工が同じように成功する保証もなければ、必要な数も一、二体分で済むとは思えない。
つまりそこそこ栄えた街へ、そこそこ頻繁に通い、そこそこまとまった量を確保したい。
そういった理由と黒曜の安全のため、ほどほどに街に近い人の行き来のない場所というのが理想の住処なのだが、そんな場所が果たして存在するのかと首を傾げたくなる。
考えても始まらないので、人を避けながら帝国の首都へと向かって進んでいる。
その間にいい場所が見つかればといった心持だ。
あくまで向かっているつもりなだけで、辿り着ける保証はないが。
「……駄目だな。皆目見当もつかん。やはり街道に出るか…しかし黒曜を見られるわけには……」
地図を見ながらああでもないこうでもないと喚く。
絶賛迷子というやつだった。
目印も何もなく陽の向きから方角だけを頼りに進んでいるのでは埒が明かない。
「…駄目だ。なるようになれ」
諦め、勢いのまま進むことにする。
幸いにも森での生活は何とかなっている。
草やキノコの類は怖くて手を出せないが、鹿に似た動物を黒曜が狩ってきてくれる。
面倒を見る、というようなことを言っておきながらヒモみたいな生活を送っているのだから情けない。
「……よし。作るか」
情けなさを紛らわそうと、唯一の特技を黒曜に披露することにする。
異空間箱から取り出したるは、いつぞや見た魔狼の牙。
さらに小さな台も取り出し、その上に牙を載せる。
「『魔物鍛冶』」
言葉を唱えると、手にはどこからか現れた小ぶりの槌が握られている。
槌だけでなく、砥石だったり鋸だったりと、必要に応じて様々に姿を変える。
これが魔物鍛冶師の能力で、この道具で加工することに意味があった。
あとは完成品を想像する。
こういったものが欲しいと思えば、最適なレシピが思い浮かぶ。
今回であれば、牙の大きさから考えても短剣あたりになるだろうか。
となれば、あとはトレントを用いて柄を用意するなどが理想だろうかと『魔物鍛冶師』が勝手に判断する。
結局は確信に近い直感みたいなものなのだが。
まずは金属でもないのに槌で牙を叩き上げる。
台の上の牙が火花を散らす。
鉄ではなく牙。
意味があるのかと考える一方、意味はあると告げる自分がいる。
しばらく叩いていたが、そんな雑念が入っていたからだろうか。
変化させた魔物鍛冶道具で牙に刃付けしているところで牙が砕けた。
黒曜が砕けたそれを鼻で突く。
もちろん失敗だった。
黒曜が頭を肩に乗せてくる。
気にするな、と言っているように思えた。
「…食事にしようか」
ファイアボールで火を熾し、黒曜の獲ってきた鹿肉を焼き、黒曜に振る舞う。
足一本を貰って食べ、余った分を保存しておく。
まんまヒモだった。
黒曜の住む場所以前に、自分のこれからを心配した方が良さそうだと思った。