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黒曜

 ドラゴンを伴い森を進んだ。

 道中で、ドラゴンは魔狼に追い立てられるほど弱くないということが分かった。

 振るう爪は小鬼を易々と切り裂き、口から発射される炎のブレスは、魔杖で放つファイアボールに迫る威力に見えた。

 片翼を失った幼体の今で既に、ギルドの等級でC級ほどはありそうな存在。

 それはオーガソルジャーに匹敵する脅威度で、このまま成長すれば人の手に負えなくなることは容易に想像できる。

 生かしたことは、人類に対する裏切りだろうかと隣を歩くドラゴンを見やる。

 こちらの考えなど知る由もないドラゴンは、不思議そうに首を傾けるだけ。

 やるなら今しかないと考える一方、そんな気は微塵も起きなかった。


 その理由が、一人は寂しいということ。

 つまり、短い付き合いで既に愛着が湧いていた。


 ドラゴンを助けた後体力が尽き、一時気を失っていた。

 その時ドラゴンが警戒し守ってくれていた。

 ついこの間、三年間連れ添った人間達に切り捨てられたことを思い、人よりよほど義理堅いものだと笑ってしまった。

 ドラゴンに対して気を張るのが馬鹿らしくなり、ドラゴンを枕に眠るようになった。

 襲い来る魔物からドラゴンを助け、また、ドラゴンに助けられた。


 物資が尽き、この森を死地と覚悟したが、そうはならなかった。

 移動は、一人の時よりはるかに安全なものになっていた。

 肉体までも蝕んでいた陰鬱とした精神は改善され、パーティーから見限られた当初より健全に前を向けていると感じた。


 森を進むにつれ、魔物は弱い個体が増え、襲撃回数も減っていった。

 そして、ようやく森を抜ける。


 現在地がどの辺りか定かではないが、帝国まではまだ遠いだろう。

 どこかの村を経由しながら道中を往くのが普通だが―――。


 コイツを人里に入れるべきではない。


 テイマーという魔物を飼い慣らす者もいるため、街へ入れること自体は許可さえあれば問題はないだろう。

 だが、ドラゴンというのはやはり希少な素材として見られる。

 貴族に見つかれば強請られ、交渉が無理と分かれば殺しにくる可能性は十分に考えられる。

 もし勇者クラスの者を差し向けられようものなら、木っ端冒険者程度あっさり殺されてしまう。

 そうなればドラゴンも運命を共にするだろう。


「…どうするかなー」


 思いを声に出してしまい、何となく問題のドラゴンに顔を向ける。

 構ってほしそうに顔を寄せるので、その頭を撫でてやる。

 目を細める様はやはり愛らしく、ドラゴンの誇り高く凶暴といった印象はすっかりなくなっていた。


「名前、そういや無いと不便だな」


 主に気持ちの面で。

 黒い雌の竜。

 少し考えて―――


「黒曜」


 雌っぽさはなかった。

 ただ、コイツの体を見た時、完全な黒ではなく妖しく光る様がまさしくそれだと思った。


「なんて、どうだろうか?」


 キュイ、と一つ鳴き顔を擦り付けてきた。

 構わないと言っているように思えた。

 一つ頷き、歩き出す。


 どうするか、と口に出した一方、方針はもう決まっていた。

 というより選択肢なんてなかった。

 黒曜と街で暮らすことなんて無理で、ならば共に外で暮らすしかない。

 人の輪で生きることにうんざりした。

 当てなどなく、帝国へ向かうのも隣だからという理由。

 だから丁度いいとすら思えた。


「行こう黒曜。住処を探しに」

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