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彼らの後

「領境に居を構えていた魔王軍四天王の一人、幻牢のヴァルギリアスは僕らグランセイヴァーが仕留めた!」


 魔物退治に護衛、様々な素材の採取を管轄する組合。

 冒険者組合(ギルド)の受付で勇者レメドは声を上げた。

 周囲でそれを聞いていたギルド所属の冒険者たちはその言葉に歓声を上げる。

 筆頭戦士の一人である四天王を打ち破るのは、魔王軍との長い戦いの中で初めての快挙であり偉業である。


「…おめでとうございます。報奨金の方は用意しておきますので、後日受け取りに伺ってください」


 受付嬢のカイネは、布に包まれた討伐の証を受け取りながら答えた。

 それを裏手の鑑定室に回す。

 その素っ気ない態度が気に入らなかったのか、レメドはカイネに詰め寄る。


「カイネさん!僕らはあの四天王の一人を打ち破ったんですよ!?」

「ですから、おめでとうございます、と」


 レメドはやはり不満そうに眉を寄せる。

 カイネとしてはあまり対応したくない相手だった。


 三年前、見目が良く同世代の中で力のあったレメドは、戦勝後のことを考えて勇者として祀り上げられることとなった。

 王国は異界の戦士を召喚し、過去にあったとされる魔王討伐を果たした勇者伝説を準えることに躍起になっていた。

 彼が優秀なのは確かだが、異常とも言える速さで戦功を積み立てる要因は他にある。

 そして、彼はその要因を蔑ろにしている。

 カイネはそれが我慢ならなかった。

 だが、ギルド職員という立場の者が、国の推す者を無下にすることもできず、仕方なく他の者と同じ対応をしている。


「お金、すぐにもらえないの?」


 エレノアが受付台に身を乗り出して不満を口にする。


「額が額ですので、すぐにというわけにはいかないのです。明後日には用意できるかと思いますので」

「…今予備の杖しかないから早くしてほしいんだけど」

「明後日までお待ちください」


 無理なものは無理だと笑顔で応対する。

 それにしても、予備の杖しか持ってないとはどういうことかとカイネは彼女の手元を見た。

 手には、レメドが勇者の称号を与えられると同時に王国から支給された杖が握られていた。

 人の手で作り出せる最高峰の武具で、一流の証と言っても差し支えないもの。

 だが、失礼を承知で言えば、いつも彼女が持っていた杖と比べれば、比べることもおこがましいとカイネは思った。

 それはあくまで鑑定士という『職』を持つ自身の見立てであり直感的なものだが、彼の武具ほどに感じ入った武具は他にない。

 畏怖すら覚えるそれらは、昔に見た国宝に近い感覚だった。

 惜しむらくはこの感覚を他人と共有できないことにより理解者が少ないことと、彼の作品は見た目が少しばかり個性的なことだろうか。


 そこでカイネはふと違和感を感じた。

 各々が持つ武具に変化があり、誰も彼の作った武具を持っていない。


「…そういえばコウタロウさんがおられませんが…何か所用ですか?」


 室内は快適なのにカイネの背に冷たい汗が伝う。


「ああ、彼にはパーティーから抜けてもらったよ。彼の実力程度では僕たちに相応しくない」


 レメドが事も無げに放ったの言葉に、カイネはハンマーで頭を殴られたかのように錯覚した。


「追い出したんですか!?あなた達全員がそれに同意したと!?カヤさんも!?」


 三人の女性に視線を向ければ、誰もがレメドの言葉に納得しているようだった。

 それは彼と同郷と聞いていたカヤも例外ではない。


「…彼、は、今どこに?」

「さぁ…ヴァルギリアスを倒した後すぐに別れたから、そのまま旅に出ていたりするかもしれないね」

「笑い事じゃありませんよ!!」


 笑いながら話すレメドの態度に、カイネはつい声を荒げていた。

 室内は静まり返り、誰もがカイネを注視している。

 それを好都合とばかりに利用する。

 一分一秒すら惜しい状況だった。


「緊急依頼を出します!依頼はヴァルギリアスの居城まで行き、コウタロウさんを見つけるというもの。私も同行します。報酬は前金で金十!成功報酬が金五十です!」


 独断であり、ギルドが肩代わりするか判断はできなかった。

 カイネは頭の中で自身の貯蓄を確認しながら、前金であれば最悪自腹でも何とかなる額を提示する。

 被る損失を考えれば、満額払うことになることはとても喜ばしいことだった。

 進んで支払わせてもらうに違いない。

 ギルドマスターが。


 室内は喧騒に包まれた。

 それは上から二番目の難易度とされるB級クエストの報酬額と同等のもの。

 ヴァルギリアスが倒れた今、魔王軍が撤退していることは早馬で知れ渡っている。

 ならば冒険者にとっておつかいクエストと言えるほどの難易度だ。


「なんで…あの男の……一体何が良いというんだ!」


 コウタロウを気に掛けることが余程おもしろくないのかレメドが睨む。

 その腕にはもう鈍色に輝く手甲はない。


「…そういう話ではなく……いえ、そういう話だったのかもしれませんね」


 ギルドの受付嬢が優秀な冒険者を国や街に縛るために恋仲になったり、伴侶となったりすることは当然のようにある。

 それでなくとも、稼ぎの良い冒険者となれば受付嬢自身からアプローチするだろう。

 だからといったわけではないが、受付嬢は容姿に優れた者も多く、カイネ自身も周囲の評価から、少なからず整った容姿だという自覚はある。


 もちろん両人の同意があればという話になるが、少なくともカイネに否はなかった。

 人格面も好ましく思っていたくらいだった。

 だが行動に移さなかったのには事情もある。

 その要因である彼女に目を向ければ、その顔は困惑の表情に彩られている。

 彼と同郷であるはずの少女カヤ。


 このパーティーの外面を取り繕う能力は優秀だった。

 だがいつもカイネの受付に来る彼らを見ていれば、彼が蔑ろにされていることは分かった。

 カイネは、そんな彼が頑張るのはこの少女がいるからだと思っていた。

 彼はずっとこの少女を目で追っているように思えた。

 この少女がいれば、こんな未来は訪れないと思っていた。


 ここで彼女に何か言っても仕方がないと視線を外す。

 彼をこのギルドに留めたいというのは国の事情で、さらに言えばカイネの事情だった。

 彼女が彼にとっての楔なんだろうと勝手に勘違いしただけ。

 思惑と違うからといって何を言う資格もない。


 周囲に目を向けると手を上げる者がいくつかある。

 カイネは中でも優秀なB級上位のパーティーに依頼した。

 彼が魔物に殺されるとは思わなかったが、拠点を移すということは十分に考えられた。

 カイネは後輩に、留守にしているギルドマスターへの言伝を頼むと、すぐにでも準備に取り掛かるべく外へ続く扉へ向かう。


「ちょっと明後日までにお金用意するんでしょうね!こんな支給品の杖じゃあ戦えないんですけど!」


 おかげで帰還までに随分苦戦させられたと、エレノアは延々文句を垂れ流す。


「…一つアドバイスしましょう。それ以上の品を得るつもりなら気を長く待つことです。彼の武具以上の物を求めるなら、遺跡探索専門に転職なさい」


 現在、世界に五本ある魔剣聖剣と呼ばれる類のモノのいくつかは、過去に最高難度の遺跡から出土したものとされている。

 そのいずれもが国の管理下だったり、高名な冒険者だったり、高位貴族の手元にある。

 どれほどの傑物であろうと一冒険者が、ましてや金銭で手に入れることは不可能で、であれば自ら探すしかない。


 エレノアはもちろん、彼らの誰も意味が分からなかったような表情だったが、カイネは一切を無視してギルドを後にした。


 今手にしているものがどれほど破格で、その手に持っていたものがどれほど異常だったか彼らは理解していない。

 彼がいたばかりに初歩的な事柄を飛ばして、分不相応にも上級者すら飛び越えてしまった彼ら。

 彼らの先を思うと、少しだけ憐れだとカイネは思った。

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