始まりの街 08
気がつくとズルズルと長くなってしまいます。
早く魔導具屋開業させたいです。
「その、3日に1回ほど依頼を受けてだいたい500ペーリ稼ぐんだが、宿が1日80ペーリで朝食は追加で3ペーリ、これは食べない日もある。昼は依頼がある日は携帯食で、夜は酒場、これはいつもいくら位使うかいまいち覚えてなくて・・・。」
ダグノフの歯切れの悪い説明を聞きながらクリスは考える。なんでこんなことになっているんだろうと。計算を教えるって、足し算引き算をおさらいすることだと考えていたのに、と。
隣に控えるシスタークララはすでにこの話を聞いているらしく、困った目を向けるクリスに微笑み返している。
ダグノフという人間がいまいちどのような人物なのかわからないクリスは、どうしたものかと考えながらも話しの続きに耳を傾ける。
「それで、高位治癒ポーションが200ペーリなんだが、それが買えなくて困ったんだ。」
なるほど、急な高額出費に耐えられなかった、と。ふむふむと頷く心の声未来は、なんだか積極的だ。これはもう未来に任せてしまいたい。とクリスは半ば諦め気味だ。
「それから、空いた日に単独で討伐依頼を受けているんだが、今度は休みが取れなくて疲れてしまって。ただ、金は入るようになったから防具は新しくできたんだ。」
よし、分かったぞクリス、こいつバカだ。と話しが終わるなりそう宣言した未来の言葉に目を閉じる。変な顔をしなかった自分を褒めてあげたい。なぜバカなのか、しっかり生活できているダグノフに対する言葉としてそれは正しいのかとクリスは未来に問いたかったが、今はその時ではない。
クリスはゆっくりと返事をする。
「話しの内容は、わかりました。」
だが、どう続けたものか。こんな相談はシスター達から受けたことはもちろんないし、教会で暮らす他の子供達もこんな悩みを抱えていない。クリスにはお手上げな案件だ。
(未来、何か考えはない?)
(このバカに現実を見せるのが良いだろうよ。)
こんな時に頼りになるのは心の声未来だ。未来には、このダグノフの生活に関する問題点が分かっているようだった。鬱陶しいことが多い未来だが、考えることに関してはクリスの知る誰よりも優れている。
(先ずは、実際に使っているお金を見せてあげるのが良いな。)
そう言って未来は、シスタークララに書くものを持ってくるようクリスに伝えた。
◇
シスタークララが持ってきてくれた石版に、ろう石で先ほどの話をまとめる。
紙は高級品だし、羊皮紙もしかり。ここは子供達が日々文字の練習をするための石版が用意された。
「えっと、先ずは宿代。80ペーリが3日分で240ペーリですね。
朝食は3ペーリ、昼食は携帯食3ペーリに依頼がない日は食事処で5ペーリから8ペーリ、毎日食べているとして、22ペーリから28ペーリ。
夜食は10ペーリくらいですか?」
クリスが石版に買いながらダグノフに問う。ダグノフは石版に書かれた数字を興味深そうに眺めながら答えた。
「飯代は確かに10ペーリぐらいだ。そこに酒を頼むんだが、何杯飲んでいるかいまいち分からなくて・・・」
「では、一杯いくら位なんですか?」
「5ペーリ。」
5ペーリもする飲み物を何杯飲んだか分からないとは贅沢なものだ。と考えながらも石版に買いていく。だいたい1日3杯にしておこうと未来が言うのでそれに従う。
「お昼ご飯は5ペーリとした場合、ダグノフさんは3日で376ペーリ使っていることになりますね。
報酬が500ペーリだった場合、124ペーリ残ることになりますが、この他に依頼に必要な装備や道具、ポーションとかに費用を当てているんですよね?」
石版に書いた数字を見ながらクリスはダグノフに確認する。えーと下位治癒ポーションで50ペーリでしたっけなど呟くクリスに、ダグノフは徐々に顔を固くする。
「これじゃあポーション2本しか買えない?防具だって・・・
いや、報酬が500に満たない時もあるし、そもそも依頼も3日に1回受けられる訳でもないのに・・・」
言葉ごとに顔が青くなるダグノフにクリスは心配してしまう。どうやって生活してきたのだと悩んでいるダグノフは哀しんでいるのか憤っているのか、話しかけにくい雰囲気を纏っている。
そこでシスタークララがパンと手を叩き朗らかに空気を破る。
「ダグノフさんも問題が見えてきたみたいで良かったですわ。
ね?クリスさんは優秀でしょう。」
そういう持ち上げ方は勘弁してくれとクリスは思うが、戸惑いに言葉が出ない。
うふふ、良かったですねダグノフさんとシスタークララが言葉を続けるが、ダグノフから良かったという感情は伺えない。
ガタッ
ダグノフの大きな体が椅子と机を動かした。急に立ち上がったことにより、クリスはひっと声を上げて身をすくめる。
「頼む!俺はどうすれば今よりマシな生活が送れるんだ?教えてくれ!!」
ビリリと震えたのは、窓か机か、はたまたクリスの鼓膜か。鬼気迫るダグノフのその様子にクリスの体は完璧に固まる。
もし横を伺うことが叶えば、シスタークララが笑顔のまま顔を青ざめさせて固まっている姿が見られただろう。
(おう、良かった良かった。そこまでバカじゃなかったみたいだな。)
未来だけは呑気なものだ。少し涙目のクリスはそんな未来を恨めしく思う。そして未来の考えをクリスはダグノフに伝えた。
まずは、単独の討伐依頼はしばらく受けないこと。次にお金を貯めること。具体的には、昼食はなるべく5ペーリのものを食べ、夕飯は叶うなら宿で食べる。宿で食べると5ペーリなんだとか。お酒を飲むのだとしたら1杯まで。どうしてもという時だけ2杯までとし、覚えてられないくらいまで飲むのは言語両断。
生活を変えることでパーティのメンバーに何か言われるかもしれないが、それを気にしていたらダグノフの生活は改善されないから気持ちを強く持ってと念を押した。
「そう言えばお金を預けられるところはあるんですか?」
未来に促されてクリスがそう訊ねる。一瞬ダグノフとシスタークララが不思議そうな顔をクリスに向けたので、慌てて全財産を毎日持ち歩いてたら危ないじゃないですかと取り繕う。未来としては、銀行のような機能を持つ機関はないのかと確認したかったのだが。
「それならギルドが行ってたはずだ。商業ギルドに登録している奴らはよく利用しているらしいが・・・、冒険者ギルドでも確か行っていたな。利用している奴はあまり見かけないが。」
「そうなんですね・・・。
では一回の依頼につき20ペーリ、ギルドにお金を預けましょう。」
そう言いながらクリスはヒヤリとしていた。お金が足りなくて困っている人にこんな具体的な金額を示して、余計に生活が回らなくなったらどう責任が取れるのかと考えたのだ。
しかし、その後に続く未来の説明を言葉にしてダグノフに伝えれば、クリスにもなるほど納得できる内容だった。
「夕飯を10ペーリから5ペーリに減らして、お酒も3杯15ペーリかかっていたのを5ペーリに減らせば少なくとも1日で15ペーリは浮くはずです。
基本的にこの生活を守っていれば、たまに贅沢な食事をしたとしても、1回の依頼につき20ペーリは貯められるはずですよ。」
お金を預ける提案をした瞬間は憎たらしいものを見るような目を向けていたダグノフだが、徐々に感心したような、好意的な目で見てくれるようになった。
クリスは内心汗を拭いながら説明を終えた。
「わかった。やってみる。」
まだ疑問を抱えていそうな声音だが、この部屋に通されたばかりの時のような、不安に満ちた雰囲気はだいぶ薄らいでいた。
この日は、200ペーリを目標としてお金を貯めることでダグノフとの話し合いは終了した。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク登録ありがとうございます。活動の励みにさせていただいております。