始まりの街 07
ダグノフは悩んでいた。それは金銭のことだった。
17歳の時、冒険者ランクがCに上がった。12歳から冒険者を続けて来てようやく中級と言ったところだ。この頃になると、依頼で得るお金も大分増え、毎日ひもじい思いをすることはなく、むしろたまの贅沢が許されるぐらいのゆとりができた。
冒険者を始めた頃からのパーティメンバーたちも、同じように若干のゆとりある日常を送っている。
しかしだ。ある依頼を受けた際、肩に大きな怪我を負った。あいにくダグノフのパーティには回復ができるメンバーがいないため、治癒ポーションを使うことにした。怪我は少しの痕を残して治った。皮膚の色が少し赤く変色しており、肩を回すと引きつった感覚が残る。
上位の治癒ポーションを使えば、この跡も治るだろう。そう考えて薬屋へ行くも、なんと上位の治癒ポーションが買えなかったのだ。
いや、正確には無理をすれば買えた。今日明日の宿を失い、食べるものを削れば買えた。ただ、たかが怪我の痕を治す為にそんなことはできないと踏みとどまったのだ。
だが可笑しいではないか?
いつも受けている依頼で、ダグノフが手にする金銭は500ペーリ程。3日に1度はこのくらいの依頼を受けているし、日数がかかる依頼であればそれ相応に金額も上がる。
宿は1泊80ペーリのところに住んでいるし、費用が嵩むような防具や武器はここのところ購入していない。それなのに、200ペーリの上位治癒ポーションが買えないなんて、どう言うことだろうと。
ダグノフは考えても分からなかった。済んだことは思い出せないし、どう考えればいいのかも分からなかった。仲間に相談するのは、なんだか「バカ」だと言われてしまいそうな気がして恥ずかしくてやめた。
仕方がないので、ダグノフは午後から一人で常時依頼の討伐を受けて森に向かった。無いお金はこうして依頼をこなして増やせばいい。ゴブリンを7〜8匹狩れば上位治癒ポーションは買えるのだから。
それからは、お金が入用になれば一人で討伐依頼を受けた。お金が手に入ると分かれば、以前から購入を踏みとどまっていた武具の購入も少しずつ行った。
そうすると、また一人で討伐依頼を受け、ものを買い・・・。気が付けばダグノフは疲れていた。当たり前だ。パーティでの依頼を3日に1度受けていたのだって、間に休みを入れて次の依頼を万全な状態で受けるため。それなのにその休みの日に一人で討伐に行くと言うことは、休めず調子の整わない状態で依頼を受けると言うことなのだ。
ダグノフは自分が情けなくなった。こうして消耗しながら日々を送ることを自分は良しとしているのかと。こんなことで将来幸せになれるのかと。
そんな時、12歳になるまで過ごした教会の事を思い出す。
ダグノフは両親の顔をもう忘れてしまったが、あそこにいるシスター、司祭の顔なら思い出せる。教会を出たあの日、シスター達が言っていたではないか。私たちがあなたの親よと、悩んだ時、困った時はいらっしゃいと。
それが今でいいのか、自分は甘えているのではないかとも考えが過ぎったが、仕方がない。現に自分は悩んでいて、困っているのだから。
◇
クリスはその日、シスターに呼び出された。なにやら他の子には頼めない”お願い”があるらしい。シスターがそんな事を言うのは珍しい。皆を等しく扱ってくれる人たちなのに。
シスタークララに促されて入ったのは応接室。そこには一人の男性がいた。クリスよりもずっと大きくて、シスタークララよりも頭1つ以上大きい。しかも防具や武器をつけていて装いがちょっと怖い。クリスがびっくりしていると、シスタークララが説明してくれた。
男性の名前はダグノフ。クリスが2歳の時に11歳でこの教会にいたらしい。9歳上のお兄さんだ。もちろんクリスは覚えていない。今は冒険者をしていて、結構活躍しているとのこと。教会を出て立派に活躍している人を見るのはクリスにとってもなんだか喜ばしい事だった。
そして、彼がどうやらその”お願い”の主らしい。
「計算・・・ですか?」
クリスは尋ね返す。
「あぁ。その、上手に生活できなくて。」
ダグノフが困り顔で答える。すでにシスタークララとダグノフは話をしているようで、その結果ダグノフに足りないのは計算力だと言うことになったようだ。
ダグノフとしては、ただ上手に生活を送りたいだけで、計算なんて学んだところでと考えているのが透けて見える。
「クリスさんは、買い物とか計算のし方とか、とても上手なんですよ。
話してみたらダグノフさんも得られることが多いと思います。」
シスタークララだけは笑顔で事を進めている。
「でも私、人に教えるなんてした事ありませんし。」
「あら、クリスさんにとってもいい事だと思いますよ。
人に説明する事で、より自らの認識を高められるといいますし。」
良いじゃないですか、すぐに成功するなんて思わずに、互いに話す機会を得たと思ってやってごらんなさいとシスタークララは続ける。なぜかシスタークララはノリノリだ。
クリスは本当に私なんかでと不安顔だし、ダグノフはなんでこんな子供にと不安顔なのだけれど。
そこでシスタークララはクリスに耳打ちする。
「ダグノフさんは今回沢山のお肉を持ってきてくれたんですよ。」
なんと下心の見えた発言か。ダグノフには聞こえてはいないかと、クリスの方がひやりとしながら様子を伺う。だが、それはクリスの心に僅かながらに火をつける。
優しく賢いシスター達は限られた予算の中で、クリスを含む子供達のことを一番に考えて日々の食事や消耗品を用意してくれる。そこに不満を持ったことはないが、もう一口食べれればと思うことはあったし、同じ年頃のやんちゃな男の子達はクリス以上にもっと食べたいと主張しているのを知っている。
ここでクリスがダグノフの願いを聞けば、毎回とは言わずともたまには、いや、クリスが役に立ったと思ってくれたなら、成功報酬として再び肉を持ってきてくれるかもしれない。
シスター自身ががダグノフの願いを聞けば、追加の報酬など立場的に望みにくい。しかしクリスならどうか?慎ましい生活、欲のない生活を求められている訳ではない。ましてやクリスは対外的には育ち盛りの無邪気な子供、肉を求めたとしても、呆れられるかもしれないが大っぴらに咎められることはないだろう。
教会の子供達の楽しみが、今クリスの返事にかかっている。
クリスは慎重に頷く。
「私で力になれるなら。
頑張ります。」
心で未来がよくやったと小さく呟いた気がする。
クリス9歳、ダグノフ18歳。7年ぶりの再会だった。
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