始まりの街 03
「その、良かったのか?夕飯の仕込み。」
ダグノフが気まずそうにそう訊ねると、クリスは後はシスターがやってくれますからと答え、教会の一角にある談話スペースへやってきた。
街の人が集まる教会で、誰もが使えるようにと作られた椅子とテーブルのあるその場所は、贅沢にもガラスを使った窓によって明るさが保たれていた。
「ダグノフさん、紙とペンは?」
「ああ、ここに。」
この国で紙といえば、少し頑張れば買える消耗品である。外食をすれば大衆食堂で1食5ペーリから8ペーリなのに対し、紙は10枚で5ペーリ。ダグノフはその紙を20枚買い、ここに持ってきていた。
すでに何枚かには文字が書いてある。細かい字で、端から端までみっちりと書かれたそれは、紙を大切にしているのか、節約なのか。大柄でかつ大雑把な性格のダグノフが書いたとは思えない代物である。
「じゃあ今回も、計算にしましょうか?」
クリスがそう訊ねると、ダグノフは難しい顔をして顔をしかめた。
「いや、今回は丁寧な言葉遣いがいい。
護衛任務を受けるようになったんだが、その・・・
言葉遣いや態度で依頼主への評価が悪いんだ。」
きまりが悪そうな顔をしてそう呟いた。静かな教会では声が響く気がすると、ダグノフはさらに肩をすぼめた。
そもそも冒険者は、皆口が悪いし態度が悪い。だが、経験を積み、ランクを上げていく冒険者の中には徐々に教養を身につけるものがいる。
それは関わる者、例えば依頼主、例えば後援者が金を持った者になるからだ。
ダグノフはCランク。中級だが、護衛任務を受けるくらいには冒険者としての経験を積んできた。ライバルとなる冒険者の中には、すでに後援者を得た者もいるのだろう。依頼主への接し方でダグノフたちのパーティとの差を見せるのだ。たとえ後援者がいなくても、せめてライバルに負けない教養を身に付けたいとダグノフは考えているのだ。
「分かりました。
うーん、そうなると言葉遣いだけじゃなくて、作法とかも、覚えた方がいいかもしれませんね。」
「さ・・、ほう・・・」
この子は大きく出たものだ。こんな図体でどんな作法を身につけろというのだ。ダグノフは困り顔でクリスを見た。
作法なんてものは庶民の中の意識にない。ましてやダグノフもクリスも、孤児として育っている。一般的な庶民ですらない。
「あっ、えーと・・・難しく考えないでくださいね?
ほら、護衛任務ですよね?例えば、馬車の乗り降りで手を取るとか、初めの挨拶とか、押さえておくと感心されるポイントってあると思うんです。
相手は商人とか、旅人かもしれないですが、丁寧に扱ってもらったら気持ちいいじゃないですか。まるで貴族になったみたいだって!」
確かにそうかもしれないが、そんなことをこの子は教えられるのか。食事の前に女神に祈るぐらいの作法しか、ダグノフには思い浮かばないのに。
「前に、シスタークララが本を貸してくれたんです。マナーについての本です。
私にもまだわからない事ばかりですが、一緒に学びましょう?」
正直言って、この子に作法なんて教えられるのか。更に自分がそれを身に付ける事が出来るのか。不安だらけで仕方がなかったが、午後の光に照らされた自身に向けられた笑顔から、ダグノフは目が離せなかた。
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