始まりの街 02
クリスは考えることが好きな子供だ。少なくとも、周りからはそう思われている。
怒ったり泣いたりした姿をあまり人に見せない。その代わり、ふとした瞬間、人を観察するようにじっと大人同士のやり取りを見つめたり、子供たちの遊び回る姿を一歩引いて見てる姿がよく見かけられた。
そのおかげか、言葉や文字を覚えるのが早く、さらには簡単な計算も、周りの大人が教えたか記憶が無い内に身につけていた。時には子供の輪の中で新しい遊びを提案し、その輪の中心で遊んだりもしていた。
それは、クリスが人を見て、考えて行動するからだと周りの大人たちは思っていた。
また、保護された子供たち皆が子供らしく拙く喋る中、クリスだけは徐々に丁寧な言葉遣いで喋るようになっていった。それには、考えることが好きなだけではなく、早く大人に、一人前になるための努力をしているのだと捉えられて大いに感心されていた。
教会のシスター達の中には、そんなクリスにこっそりと貸本を又貸ししている者もおり、クリスは成長を後押しされるように見守られていたのだった。
◇
「シスターハンナ、この肉、子供達に食わせてやって。」
この教会に時折足を運ぶ男がいた。冒険者でランクはC、同じくCランクの者達とパーティを組んでおり、男はそのパーティの盾役。
この教会で育った孤児であり、教会を出て直ぐに冒険者となったのだ。パーティで活動した際には、獲ったモンスターは全て売りさばくのだが、それ以外で単独の活動をした際には、食用に適したモンスターの肉を一部教会に寄付している。
一流にはまだまだ遠いCランク冒険者だが、日銭は十分に稼げるようになった。世話になった教会への恩を、こうした形で返しているのである。
「あら、ダグノフさん。いつもありがとうございます。子供達が喜ぶわ。
子供達には会っていってくれるのかしら?」
ダグノフが教会で世話になっていた頃から、この教会でシスターをしているハンナは、シワが目立つ目元のシワを更に深くした笑みを浮かべるとそう訊ねた。
「あぁ、少し。剣の稽古をつける約束をしているんだ。
それから、・・・クリスがいれば今日も頼みたい。」
シスターは訳知り顔で頷いて、子供達なら裏の庭で遊んでいるとダグノフに伝えた。
「ダグー!来るのが遅いぞ!!」
「剣を教えてくれるんだろ!早く早く!」
教会の裏庭に現れたダグノフを、子供達は、主に男の子だが、直ぐに取り囲んで裏庭の中央に連れていった。皆手に程よい長さの棒を持っている。
「俺は盾役だから、剣は基礎ぐらいしかできないぞ。
ほら、離れて並べ。振り回したら周りのやつに当たっちまうだろ。」
ダグノフに言われた子供達は、互いに離れて並んだ。5歳から10歳までの、5人の男の子と2人の女の子。手には木の棒、中にはひょろひょろの枝を持った幼い子もいるようだ。
「まずは、構えから。剣は両手で持つ、膝を曲げて腰を落とす。
おい、そこ!尻がつき出てるぞ!」
子供達がどっと笑う。剣を振り、構えを覚える。慣れてくれば互いに打ち合い、最後にダグノフと打ち合った。
子供達は教会で様々なことを教わる。仲間とのやりとり、掃除に洗濯、料理といった生活の基礎から、大きくなれば少しずつ文字も習う。その中で、自分が教会から出た後に何ができるのか、何をしたら食べていけるのかを考えるのだ。
こうして剣を振るのも、その将来の選択肢を広げるための1つとなる。現役冒険者と剣を交えるなんて、滅多に経験できることではない。これは無駄にはできないチャンスなのだ。ただ、その瞬間が楽しければ尚のこと良い。
2時間ほどの稽古の末、ダグノフは教会の中に戻ってきた。
「クリスさんは今厨房で夕飯の仕込みをしていますよ。」
先ほどのシスター、ハンナがダグノフに声をかけた。どうやらクリスにはハンナが事前に話を通してくれたようだ。ダグノフは厨房の扉を開く。
「ダグノフさん、いらっしゃい。
お肉ありがとうございます。これは角兎ですか?」
子供ながらに落ち着いた声の主、クリスがそう訊ねる。この子は、他の子供と雰囲気が異なる、とダグノフは感じていた。子供というよりも、シスターの一人のような気がするのだ。
「あぁ、昼前に狩ってきたんだ。
今日も、その・・・、いいか?」
ダグノフがクリスにお願いする。もちろんと笑顔で答えてくれたクリスは、エプロンを外してからダグノフと厨房を出た。
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