ガレン史の最期
10000年以上前に起こった氏族大戦。
大戦に関わる殆どの記録が抹消され、今ではおとぎ話のようなはるか昔の絵空事とまで言われている。
そんな大戦があった時代、“ガレン史”と呼ばれる時代を終わらせた誰かの物語。
かつて、屍肉と血反吐に染まった大地があった。
腐敗し
崩壊し
雨に流され
土に埋もれ
魔法の全てに際限はなく、行いの全てに制限はなかった。
かつて、道徳と倫理観のない獣の世界があった。
荒廃し
痛悔し
涙が流され
時に埋もれ
争いの全てに期限はなく、律法の全てに権限はなかった。
後に“氏族大戦”と呼ばれるソレは、戦争と呼ぶには余りにも無秩序で、知性を放棄したような醜悪な人の獣性を顕にしていた。
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轟音と共に、地面が揺れ岩や土が爆ける。
無数の石が炸裂し、鎧を纏った兵士が肉片に変わる。
数秒前の同胞を足蹴にし、目の前の敵へ猛進する。
大きく息を吸い膨らんだ竜の胸元は、誰であろうと見えるほどの赤い輝きを発している。
あと数歩、槍を携えた兵士たちがその刃を突き立てる僅かな時が経つ前に、同じ装いの彼らは物言わぬ亡骸へと変わるだろう。
眼前に迫る死を、彼らはどう感じているのか
鬼気迫った表情は、怯えではなく怒りによるものだ。
例え業火に焼かれようと、命果てる限界まで歩みを進めその喉元に刃を突き立て殺してやらんと、瞬きを忘れたように瞳を開き敵を睨みつけている。
乾き、荒んだ充血の瞳は赤く、憤怒に染まっている。
頬は痩け、ガサついた彼らの顔には髑髏が浮かぶ。
この地に生きる生命が、“共存”という戦略を否定してから久しい。
草木は枯れ、地面は荒れ、大海は毒と呪いに蝕まれた。
豊穣とは程遠く、果てまで広がる死の大地は、全ての獣が積み上げた己らの屍山血河によるものだ。
文明を築き上げ、数を増やし、社会を構成しながら、彼らには敵を殺す以外の目的がない。
民を生贄に悪魔と契約する王も、
友を供物に捧げ神へ祈る信徒も、
親を、子を、妻を、夫を、兄を、姉を、妹を、弟を、恋人を、祖父を、祖母を、誰しもが狂気の淵に住み、自らの狂いを理解できず殺生の狭間から零れ落ちる。
誰が何をしても間違いだと糾されはしなかった。
誰が何をされても大丈夫かと手を伸ばさなかった。
嗚呼、嗚呼、大地は死に染まっている。
嗚呼、嗚呼、大空は死を降らせている。
嗚呼、嗚呼、大海は死の温床となった。
救いはない。
人はいない。
助けは来ない。
望みなどない。
獣の戦火は広がり続け、やがては世界を滅ぼす。
豊穣を失い、恩恵を染め上げ、天空の穢れた滅びの果てで、最期に残った誰かが過ちに気付くのだろう。
その悔恨も慟哭も、全ては遅きに失したのだと気付くのだろう。
ああ私には見える。
かつて友であった屍に寄り添い、戦火の燻りに焼かれる同胞を見届け、穢れた空に過去を想う1人の姿が
ああ私には聞こえる。
いつか伴侶であった亡骸に縋り、毒の海に飲まれてゆく故郷を諦観し、汚れた雲に問いを叫ぶ1人の声が
いつからこうなった
どうしてこうなった
何故
何故
何故こうなるまで気づけなかった
友の屍を抱え、仲間の骸を掻き集め、愛する者の亡骸を前にただ涙することしか出来ない。
星の滅びは、穢れた世界の内より這い出た。
穢れた大地を割って
穢れた大海を沸かし
穢れた大空を裂いた
死んだ星の最後の崩壊は、皮肉にも美しき彩りを持って地上の死を飲み込んだ。
そうならぬ様に、私は箱の鍵を開けたのだ。
本編にて度々上がる“厄災”は、まだその設定を明かしていませんが、ソレを起こした大罪人とされる人物がいます。
絶望を世界に撒き散らし、僅かな希望だけが人々に残った。
その絶望こそが“厄災”であり、希望を繋いだのが今の生命氏族である。
という…




