ガネス村
なだらかな丘の草原を四人が馬を走らせていると、前方に魔物と格闘している三人の男が見えた。四人は近付いていくと、馬を降り、剣を抜いて言った。
「助太刀するぜ」
しかし、男は言った。
「俺達の獲物だ。手出しするな」
「チッ」とヨウは剣を納める。
「そんなつもりじゃないのに……」とシード。
そう言われても、いざという時には手助けしようと、四人は遠巻きに見ていた。やがて、男達は魔物を退治すると、魔物の宝物を物色しはじめた。
男の一人が言った。
「見ててもやらないぜ。うせな」
「なんだと」
ヨウは剣の柄に手をやった。そんなヨウをなだめるように、エリヤはヨウの肩を叩いた。
「行こう」
ヨウ、シード、エリヤが背を向けたその時、男の目がきらりと光った。
「きゃあ」
振り向くと、男の一人がリュウナの腕を掴んで引き寄せている。
「久々の女だ。いただくぜ」
「なにすんのよ。離してよ」
「手を離せよ」
シードは一歩前に出ると、腰の剣の柄を握って言った。
男はリュウナの喉元に剣をあてた。
「おっと、動くと女の命はないぜ。返して欲しけりゃ力ずくで」
男が言い終わらないうちに、エリヤが素早く動いた。エリヤは剣を抜くと、一瞬にして男の右腕を切り落とした。
「うわあああ」
男は腕を抱えて転げ回っている。
「ひっ」
それを見ていた仲間の二人は、男を置いて、馬に乗って一目散に逃げてしまった。
エリヤは、のたうち回る男には一瞥もくれずに、リュウナに手を差し出した。
「怪我はないか」
リュウナは無言で頷き、エリヤの元に駆け寄った。剣を納め、左手でリュウナを保護するエリヤ。そんなエリヤを、ヨウとシードは無言で見ている。
エリヤがリュウナを馬に乗せ、自分も馬に乗ろうとすると、ヨウが呻いている男を見て言った。
「こいつは?」
「ほっとけ。どうせ片腕じゃ、じき魔物の餌食になるさ」
「慈悲をかけてやれよ」
「どうぞ、お好きに」
ヨウは自分の剣を抜くと、無言で男の心臓を突き刺した。
その後、ガネス村に続く草原を、四人は無言で馬を走らせた。時折、ヨウはエリヤの顔を盗み見るが、エリヤの表情はポーカーフェイスのまま、普段と変わらなかった。
やがて昼過ぎに、ガネス村に到着した四人は、遅い昼食を取るため食堂に入った。
「何食べる?」
シードがメニューを広げた。
ヨウは、エリヤをチラチラ見ている。
ヨウの視線に気付いたエリヤがヨウに訊いた。
「何?」
「さっきのあれ、どうなの。ああいうのって」
ヨウは言いにくそうに言った。
「何が」
「あそこまでやる必要は無かったんじゃない。ちょっと脅かしてやれば」
「甘いな」
「ムッ」
「じゃあ、リュウナに何かあってもよかった?俺の判断は間違っていない」
「……」
ヨウは不服そうに口をへの字に曲げた。
そんなヨウを見て、シードが明るく言う。
「それにしても、よくあの状況で躊躇なく斬れるよ。なんでそんなに冷静なの」
「さあ」
「俺、エリヤが味方でよかったって、本当に思うよ。ね、この旅が終わっても友達でいようね」
「ヤダ」
「何だよ。じゃ、兄弟は?俺とエリヤとヨウと三人で、兄弟になって一緒に住むの」
「何、気持ち悪いこと言ってんだよ。俺を入れるな」とヨウ。
「どう、エリヤ」と、シードはヨウに構わず言う。
「俺が長男ならいいよ」
「いいよ、なんでも。ね、ヨウ、これで俺達、家族が出来た」
ヨウはあきれた顔をした。
「おまえ、信じられねぇ」
「言っとくけど、兄貴の言う事は絶対服従だから」とエリヤはすました顔で言う。
「あっそれ、卑怯。やっぱ、三つ子にする」
シードの言葉に、頭を抱えるヨウ。エリヤはそんな二人を見て声をあげて笑った。ヨウ達と出会ってから初めて見せた、心からの笑顔だった。
「いいわね。貴方達は家族になれて」とリュウナは口をとがらせた。
「もちろん、リュウナも一緒だよ」
シードはあっけらかんと言う。
「その関係っておかしくねぇ?」とヨウ。
「いいじゃん、細かいことは気にしない。ねぇ、エリヤ」
シードがエリヤの肩を叩くと、エリヤは苦笑した。
昼食後、村の宿屋に落ち着いた四人は、地図を広げて話し合った。
「この先は村が少ないぜ。食糧多めに持っていかないと」
ヨウが地図を指差しながら言った。
「王様から貰った金貨、どれだけ残ってるの」
リュウナの問いに、シードが金貨袋を逆さにして中身をテーブルに広げた。
「八枚と、ちょっと」
「最初の二枚があったから、ここまで四枚使ったってことか。思ったより使ったな」とヨウが言った。途中、魔物を倒して得た宝や金もあったが、微々たるものだった。
「街の連中、旅人だとふっかけるからね」とエリヤが当然といった顔で言う。
「この先、切りつめないとね。メロットまで帰るお金も考えないといけないし」
リュウナの言葉にヨウが言った。
「切りつめるったって、俺等はいいけど、馬はどうする。馬の食糧は切りつめるわけにいかないだろ」
「いざとなったら、サラス村で手に入れたお宝、売っちゃえばいいじゃん」
シードが言う横で、エリヤが自分の荷物袋をガサゴソ探っている。そして、革製の袋を出すと、テーブルの上に投げた。チャリンと音がした。
「何、これ」
「俺の全財産」
「開けていい?」
シードが袋を開けると、金貨が十数枚あった。
「うわぁ、すげぇ。なんでこんなに持ってるの」
「祖父が金持ちなんだ。俺が旅に出るっていうと、いつもこれくらいはくれる」
エリヤは平然と言った。シードは目をキラキラさせてエリヤを見ている。
「エリヤって、おぼっちゃまだったんだ。その服装といい、やっぱ、どっか違うと思ってたよ。すごいなー」
「金持ちなのは祖父で、俺じゃない」
「そんなに金持ちなのに、何で旅してるんだ」
ヨウは警戒の色を見せた。
「悪いか」
「悪くはないけど」
「なら気にするな」
にべもないエリヤに、ヨウは言葉を飲み込んだ。
話し合いの結果、リュウナとシードが食糧や諸々の必要な物を買い出しに行くことになった。
「んじゃ、買い物行ってくるね」
懐が豊かになった二人の表情は明るい。
「無駄遣いするなよ」
ヨウは、嬉々として部屋を出ていく二人を見送っていた。その目に気付いたエリヤがヨウに言った。
「いいの?一緒に行かなくて」
「あ?」
「好きなんだろ。リュウナのこと」
「バ、バカ言え。あんな生意気なじゃじゃ馬、好みじゃないっつーの」
「そう?」
「そういうおまえこそ、本当は、リュウナが目当てだったりして」
エリヤは、フン、と鼻で笑った。
「おまえらと一緒にするなよ。俺はリュウナを恋愛対象として見てないから。この先もずっと」
「何で?もしかして、女に興味ないの」
「女は大好きだよ」
真顔で答えるエリヤに、ヨウが顔を赤くした。
「うっ、……正面切ってそう言われると」
「女に不自由してないだけだよ。今、五人、恋人がいるし」
「五人?そういうのって許されるかぁ」
「しょうがないさ。みんな魅力的なんだ。でも、これ以上は増やしたくないね。第一、俺がライバルになったら、おまえに勝ち目ないだろ」
「何か、ムカツク」
「楽しいよ。危険な目にあっても、死んだら彼女たちと会えなくなるって思うと、絶対死ねない」
「何考えてんだ」
「ヨウだって、行く先々で女作ればいいのに。よく見れば顔だって悪くない」
「俺はそういうことできないの!俺は一人の女を一生愛していくんだ。おまえとは違う」
「リュウナだけを?」
「そういう事じゃなくて。結婚はどうするんだ。五人と結婚できないだろ」
「結婚なんて考えた事ない」
「でも、いつかは結婚するんだろう」
「世界から魔物が消えたら考えるよ」
「ふざけるなよ。大体、五人も恋人がいて、金持ちで、何ひとつ不自由ないのに、おまえが何でこんな危険なことに手ぇ出したのか訊きたいね」
「さっきの続きか」
「金には困ってないんだろ。だったら、何で」
「そういうおまえ等こそ、どうなの」
「俺?」
「賞金目当て?」
「それもあるけど」
「けど?」
「何て言うのかな。このまま魔物たちをのさばらしてたら、いつかこの世界は魔物に征服されちまいそうな気がして、そういうの、我慢ならないんだよな」
「正義感?」
「そんな大層なもんじゃないよ。ただ、このまま生きてても、俺の人生なんてたかがしれてるじゃん。魔物退治してその日のメシ代稼いで、いつか魔物にやられて死んじまう。それだったら、いっそ、何かの為に命かけてみたかったんだよな」
「……ああ」
「誰も何もしなかったら、世界はこのまま魔物のものになっちゃうかもしれない。それをただ黙って見ているのはしゃくだし、誰かがやってくれるのを待つのって俺の性分じゃないからさぁ。それで、もし世界が平和になったら、俺の人生何か変わるのかなぁって気持ちもあるし。もしかしたら、死ぬかもしれないし、何も変わらないかもしれないけど、ただ、やりたかったんだよね。世界の平和ってやつのために、命かけて戦ってみたかったんだよね」
「ふうん」
「で、おまえは」
「あん?」
「賞金稼ぎには見えないし、かといって世界の平和のために戦ってるようにも見えないし」
「俺は世界の平和のために戦ってるよ」
「うそつけよ」
「ホントだよ。この世界に平和を取り戻すという使命感で戦ってる」とエリヤは不思議な微笑みを浮かべた。
「おまえってホント読めねぇ」