サラス村
馬共々自分たちもたっぷり休養を取った一行は、翌朝早く宿屋を出た。
ヨウが馬に乗ろうとすると、エリヤが言った。
「やっぱ、北のルートで行かない?」
「え?何でだよ。北は道が悪いって言ったろ」とヨウは言った。
「それに南のルートの方が途中、村があっていいじゃん」とシードも言う。
エリヤはしぶしぶ馬にまたがった。
「その村が問題なんだけどねぇ」
「ごちゃごちゃ言ってないで行くぜ」と、ヨウはせかした。
ケリウィック村を出た四人は、荒れ地を抜け草原の中をサラス村目指して馬を飛ばしていた。穏やかな朝の光が降り注ぐ。半日も走ると、サラス村の門前に着き、四人は馬を止めた。
「ほら、やっぱこっちのルートが正解だ。ほとんど魔物に出会わずに済んだだろ」とヨウは勝ち誇った顔でエリヤを見た。エリヤは浮かない顔をしている。
「腹へった〜。早く飯にしようぜ」
シードが皆を促し、村の門を入っていった。
サラス村の門の内側には、大勢の兵隊が整列していた。四人が馬を引いて門を入ろうとすると、門番の兵隊が行く手を遮った。
「この村に入る旅人は、村長に許可を得ねばなりません。ご同行願います」
四人は顔を見合わせた。
サラス村の村長の屋敷に連れてこられた四人は、部屋に入ると目を見張った。部屋の壁が見えないほどに飾られた豪華な装飾品は、この小さな村には不釣り合いであった。それらを守るかのようにずらりと兵隊が並び、その奥に村長が座っている。
村長は言った。
「この村の財宝の噂を聞きつけて、旅人に姿を変えた盗賊どもが次々やって来る。だから村ではよそ者を追い返すことにしている。食事や宿が必要なら、盗賊でないことを証明せよ。もしそなたらが盗賊でないのなら、ブレント山麓の洞窟に住む山賊を退治し、山賊が村から盗んだ黄金の像を取り戻して欲しい。もちろんただでとは言わない。黄金像さえ取り戻せれば、他の宝はそなたらに譲ろう。この話を受けないのであれば、すぐさま村から立ち去るがよい。いかがかな」
ヨウは、村長の目の奥が怪しく光ったことに気付かなかったわけではないが、何しろ空腹である。朝から何も食べていない。この先の街までは遠い。この村で食事と休息を取らなければ、この先の道々、魔物に殺られてしまう。四人は互いに頷き、村長の申し出を受けた。
屋敷の食堂に招かれた四人は、大勢の兵士に囲まれながら食事をした。テーブルの上にはこれまた豪華な食事が用意されていたが、四人はそれどころではなかった。シードとリュウナは小声で囁き合った。
「どうするよ」
「どうもこうも、行くしかないんじゃない。断ったらこの場で殺されかねない雰囲気よ」
エリヤは、朝からの浮かない顔をしたまま、黙っている。
「この場はとりあえず、ね」と、シードはパンの皿に手を伸ばした。
食事を終えた四人は、少々の休憩の後、ブレント山麓へ向かった。馬に乗ってゆっくり進む四人は、周囲を村の兵士に囲まれている。前には先導する兵士、後ろにも兵士達。食事をしたら隙を見て逃げるつもりだった四人は当てが外れた。
「ちっ、飯だけ食ったらトンズラしようと思ったのに」
シードがすぐ脇にいるリュウナにぼやいた。
「これじゃ逃げられそうもないわね」
やがて一行がブレント山麓の洞窟入り口に到着すると、兵士達は立ち止まった。隊長らしき男が松明を差し出しながら言った。
「我々はここで見張っております。ご武運をお祈り申し上げます」
その言葉に、四人は仕方なしに馬を降りた。
薄暗い洞窟内に入った四人は、先頭にヨウ、次にエリヤ、リュウナ、シードの順に歩いていった。しばらく進むと奥の方に扉を見つけた。ヨウが扉に耳をつけると、扉の向こうから話し声がする。
ヨウはエリヤを手招きし、耳元で何か囁いた。エリヤは頷くと、リュウナとシードに岩壁に張り付くよう指示した。
ヨウが扉の脇に隠れたのを確認すると、エリヤは足下の石を出口方向へ投げた。石が岩壁にぶつかる音が響いた。
扉の向こうの話し声が止んだ。少しの間を置いて、扉が開き、中から男がそっと覗いた。すかさずヨウは、その男の首に切りつけた。
「ぎゃっ」
次の瞬間、四人は一斉に部屋へなだれ込んだ。
部屋の中には頑強な男が六人。彼らは四人の姿を認めると、剣を抜いて飛びかかってきた。狭い部屋の中で、剣を振り回せずに苦戦するヨウを尻目に、エリヤは短刀を抜くと、素早く山賊の頸を斬り裂いた。ヨウも、腰から短刀を抜き、エリヤを見習った。リュウナが魔法で山賊の一人を凍らせると、シードがそれを粉々に砕く。
そうして全ての山賊を倒すと、四人は黄金像を捜した。ヨウが部屋の奥に掛かっているカーテンを開けると、案の定大きな宝箱があった。
ヨウは宝箱の蓋を開けた。
「これだ」
宝石や金銀の装飾品の中から五十センチほどの黄金像を取り出し、持っていた袋に入れると、ヨウは出口に向かった。
「ちょっと、宝箱ごと持って行こうよ」
シードが呼び止めた。
「そんな重いの持ってたら、戦えないだろ。まだ山賊の仲間がいるかもしれないのに」
「じゃ、一握りだけ」
「早くしろよ。欲張ると命取りになるぞ」
エリヤは宝箱の中を物色しながら、二人のやりとりを聞いている。シードとリュウナは、急いで自分の袋にめぼしい宝を詰め込んだ。
サラス村の村長の屋敷に戻ったヨウ等四人を、村長は満足そうな顔で迎えた。
「でかした。この黄金像は先祖代々の品。礼を言うぞ。褒美に金貨十枚進ぜよう。他に宝は取らなかったのか」
「荷物になりますので、少しだけ」とヨウが答えると
「ふうむ。まあ、今夜はゆっくり休まれて、明朝旅立たれるがよい」
村長は、不気味に目を光らせた。
その夜、四人は村長の計らいでサラス村の一軒の宿屋に部屋を取った。
深夜、真っ暗な部屋の中に、四人の寝息だけが聞こえている。ふと、部屋の外から板のきしむ音が聞こえた。不穏な気配を感じたエリヤは起きあがり、ヨウを起こした。
「何だよ」
エリヤは人差し指を自分の唇にあてた。
「しっ、あいつらを起こして」
ヨウに起こされ、目をこすりながら起きあがるシードとリュウナ。
一方、エリヤは既に、入り口付近で剣を構えている。続いて他の三人もドアの陰に立った。
ドアが音もなく開けられた。黒いシルエットが部屋に入り、ベッドの布団のふくらみを刀で突き刺した。その背後からエリヤが斬りつける。続く人影をヨウ、シード、リュウナがそれぞれ斬り捨てた。逃げようとする最後の一人の背中に、エリヤが剣を振り降ろした。
「今すぐ村を出よう。支度しろ」
ヨウはみんなに指図した。
「夜は魔物がやばいって」と渋るシード。
「朝になったら、俺達全員、確実に殺されちまう。魔物のがマシだ」
ヨウの言葉にエリヤも同意する。
「同感。リュウナ、光の魔法」
「オッケー」
リュウナが手をかざすと、光の玉が浮かび上がった。部屋は光に照らされ、ほんのり明るくなった。四人はその中で、大急ぎで旅支度を調えた。
サラス村の門前で、右手に馬の手綱、左手に剣を持ったエリヤが、静かに門を開けた。エリヤは門外に出て、三人に手招きをする。三人はエリヤに続いて、素早く門外に出た。
門の外に出ると、荒野は月明かりで照らされている。満月の下、四人は馬を走らせた。
馬上からヨウが言う。
「エリヤ。あの村のこと、知ってたのか」
「噂でね。村長は人の命より宝物を大切にする人物だって」
「お前、いろいろ詳しいな」
「子供の時から、世界中旅して回っているもの」
「なんでまた」
「一ヶ所に定住できないタチでね」
エリヤはそれ以上話しかけられたくないかのように、馬の速度を上げ先に行った。
「見て。夜明けが」
リュウナが東の空を指差した。
東の空は、魔物の存在などないように、五色の彩りを見せている。
「もし人間が絶滅して魔物に支配されても、空は変わらずに美しいのかしら」
リュウナの横顔に、影が落ちた。