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龍の子供  作者: 桃園沙里
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旅立ち

 人間界から聖なる龍の光が消えてから五十年、ここメロットの街でも街の城壁を一歩外に出ると、魔物がいたる所を徘徊している。メロットはかつて龍王が人間界を支配していた頃、世界の中心であった。中央に光の神殿がそびえ立ち、五キロ四方に及ぶ広大な都であった。しかし、龍王が天界に去ってからは、魔物に攻められ都は縮小し、四方を強固な城壁で囲まれ、地平線まで広がっていた田園風景は荒野と化し、街の近くの安全な土地にわずかな田畑が残るのみとなった。人々は魔物の陰に怯えながら暮らしていた。


「かーっこいい!さすがヨウ」

 ヨウが自分の身体の二倍もある牛のような魔物に剣を突き刺すと、シードが叫んだ。ヨウは霧となって消えた魔物達の跡を調べた。

「ちっ、しけてんの。こいつら、何も持ってないぜ」

「えー、ただ働きかよ。今日は獲物が少ないなー。こちとら魔物が持ってた宝物で、生計立ててんのに」

「ま、剣の練習だと思うんだな。今日は帰ろうぜ。日が傾いてきた」

 ヨウとシードは、メロットの外の森を後にした。

 二人はメロットで生まれ育った幼なじみである。ヨウは今年二十二歳。黒い短髪に黒い瞳、日に焼けた肌と均整の取れた筋肉が精悍な顔立ちを野性的に見せていた。一方、シードはヨウより一つ年下である。ヨウより幾分華奢な体つきに金色の巻き毛、童顔の顔は、魔物と戦う勇者には見えない。互いに幼い頃に家族を魔物に殺され、同じ境遇の子ども達を仲間に、街の外に出ては魔物狩りをして生きてきた。十年前には数人いた仲間達も、次々と魔物に殺られ、今ではヨウとシード、二人きりになっていた。


 メロットの街は、巨大な石を積み上げた高い塀で囲まれている。塀の上部には鋭い刃先が、外部からの侵入者を威嚇している。塀の外側には深く掘られた濠があり、街の門から、たった一つの橋が渡されている。

 ヨウとシードが橋を渡り門前に立つと、見張り台の上から門番が声を掛けた。

「おう。収穫はどうだった」

 顔なじみの門番に、シードは首を振った。

「だめだめ、手ぶらさ」

「ははは、そういう日もあるよ」

 門番は笑いながら、頑丈な鋼鉄の扉の脇の通用口を開けた。


 門を入ると、外界の魔物のことなど忘れさせるような、賑やかな街が広がる。石畳の道の両脇には商店や宿屋が建ち並び、昼夜問わず大勢の人々が行き交っている。

 ヨウとシードは、店には目もくれず、ねぐらとしている木賃宿へ帰るため、メロットの中心広場へ行った。宿へはこの広場を突っ切るほうが近道なのである。

 二人が広場の出口に差し掛かったところで、片隅で何か作業をしている人間がいた。王の御触書を立て替えているようである。足下には腐れ掛け文字も読めなくなっている木の板が置かれている。

 ヨウは、何とはなしに足を止めて御触書を見た。

「どうした」

 シードが振り返った。

 ヨウは御触書を見ている。

「腕に覚えのある者、募集。光の玉を魔物達より取り戻した者には、金貨千枚与える」

「何これ」

 シードは作業員に訊いた。

「あんたらも、光の玉の話は知ってるだろ。最近じゃ、なかなか勇者が集まらないからって褒美の額を増やしたんだって。自信があるならやってみたらどうだい。どうせ、金に困ってるんだろ」

「ちっ、図星だ」

「但し、生きて帰った者はほとんどいないって聞くけどね。ははは」

「バカ言えよ。死んじゃしょうがないじゃん。行こう、ヨウ」

 ヨウは無言のまま、御触書を見つめていた。

「ヨウ?」


 十分後、ヨウとシードは、メロット城の謁見の間にいた。大理石の壁に囲まれた部屋は、冷たい輝きを放っていた。

 正面の王座には王が、回りを護衛の騎士達に囲まれ座っている。王座より一段下がったところにヨウ、シードが片膝をついてひかえている。

 誰一人身動きしない静寂した部屋に、重々しい王の声が響く。

「魔物に光の玉を奪われて五十年余り、魔物は増えていくばかりじゃ。このままではやがて世界は魔王に支配されてしまうだろう。今までも数え切れない勇者達が光の玉を求めて旅立った。しかし、五十年間探し求めて、手に入ったのはたったの四つ。平和な世を取り戻すためには、残る二つを何としてでも手に入れなくてはならない。ヨウ、シード。光の玉を手に入れ、再びこの世界に平和を取り戻して欲しい」

 ヨウとシードは深々と頭を下げた。


 その夜、ヨウとシードは街一番の居酒屋に出かけた。店内は、多くの客で賑わっている。酒を酌み交わす強者たちに、酔いにまかせてはしゃぎ回る女や、片隅で語り合う若い恋人たち。人々は魔物を恐れ街の外に出られない鬱憤を、日々こんな風に晴らしていた。

 ヨウとシードは空いているテーブルを見つけると席に着いた。

 シードは、王から支度金として貰った金貨三枚をテーブルの上で転がしながら言った。

「大体さ、無茶だよ、そんなの。今まで生きて帰った人間はほとんどいないって話じゃん。わざわざそんな危険な仕事しなくても、魔物狩りで充分暮らしていけるよ」

 シードの言葉に、ヨウはいつになくしんみりと答えた。

「俺さ、考えたんだ。いつまでもこんな暮らししてていいのかって。魔物狩りしながらその日暮らしで、一生こんな事やってるのかなって」

「いいじゃん、別に。こんな世の中だし」

「俺がいくら魔物をやっつけても、魔物は減らないし、何も変わらない。だったら俺のやってることは何なんだろうって。無意味な人生なんじゃないかって思ってさ。どうせ魔物にやられて死ぬんなら、ここらで世の中の役に立つことをしてみようかな、なんて」

「ま、それはわかるけどさ、だからって命落としちゃ何にもなんないよ」

「嫌ならやめろよ。それならお前、なんだって一緒についてきたの」

「だってヨウがいなくなったら、俺一人じゃ生きてけないし」

「気持ち悪いこと言うなよ。俺たち家族じゃないんだぜ」

「あ、冷てー。ガキん時から一緒に魔物狩りして、家族みたいなもんじゃん」

「じゃ、一緒に行くか」

 ヨウはシードを見て、にやりとした。

「う〜ん。ここにいてもどうせ死ぬだけだしな」

「じゃ決まりだ」

 ヨウは立ち上がって、店内の掲示板へ向かった。ヨウはそこで、一枚の紙を取り出し、ピンで留めた。

「何それ」

「キャラバンのメンバー募集だよ。王様が言ってたろ。二人だけの旅は危険だって。仲間は多い方がいいって」

「そうだっけ」

「お前、全然話聞いてなかっただろ」

「俺、見ず知らずのヤツと旅すんの、やだな」

「じゃ、降りるか?」

「またまた、そんな」


 その頃、メロット城の王の間には一人の伝令が到着していた。

 王の前に走り寄った家来が言った。

「王様に申し上げます。カルレオンから伝令が到着致しました」

「おお。して、龍の子供は」

「それが、カルレオン行きの乗合馬車に乗ったところまで確認できたのですが、カルレオンにはそれらしき人物は到着していないとのことです」

 王は、家来の言葉に肩を落とした。

「そうか……。引き続き捜索を続けよと伝えよ」

「はっ」


 その夜、ヨウはなかなか寝付けなかった。

 二人が泊まっている木賃宿は相部屋である。ヨウと同様、魔物狩りでその日暮らしをしている者や、店を持たぬ露天商などがいた。五歳の時、両親も家も失ったヨウにとって、長年暮らしているこの宿だけが自分の居場所だった。しかしそれは、本当の居場所ではない。ヨウは心のどこかで、自分の帰る所を欲していた。それはシードも同様である。今は二人でこうして一緒に暮らしているけれど、いつかはそれぞれ自分の家庭を持ちたいと思っていた。しかし、今の二人には未来はない。二人に限ったことではない。この世界中の人間全てに、未来がないのである。人々は高い城壁を築き、魔物から逃れて暮らしている。年々魔物の数が増え、やがてはこの世界を魔物に支配されるであろう不安から、人々は目を逸らして暮らしていたのである。

 ヨウは寝返りを打った。シードの顔がすぐ横にある。シードをこの旅に誘ったのは、自分の身勝手ではなかったか。いや、考えてももう仕方あるまい。

 ヨウは、これから始まる旅が、二人にとって大変なものであることを感じていた。


 翌朝、ヨウとシードは、メロット市街へ向かった。

 街の中心の大通りには、宿屋や商店が軒を連ね、既に大勢の人で賑わっている。

「ヨウ。どこ行くの。今日の狩りは」

「忘れたのかよ。俺達、光の玉を捜しに行くんだぜ。準備が必要だろ」

「準備って」

 ヨウは、一軒の店の前で立ち止まった。店先には鎧甲が飾ってある。

「あー、そうだよな。いくらなんでもこの剣じゃボロすぎるよな」

 シードは、自分の腰から剣を抜き、しみじみと眺めた。何年も魔物を倒してきた愛剣であったが、あちこちに刃こぼれが見える。

「こんなんでも下取りしたら幾らかにはなるのかな」

 二人は店に入った。店内は鎧甲などの防具が飾られ、壁面には見事な剣が飾られている。

「剣でございますか。それとも防具」

 二人がキョロキョロしていると、店の主が声を掛けてきた。

「両方だ。この店で一番いい剣はどれだ」

 ヨウの言葉に、店主は奥から長いきらびやかな剣を持ってきて見せた。

「こちらが当店で一番高級な剣でございます。先の王様が特別に作らせたという由緒正しいお品です」

 ヨウは、剣を手に取って見定めた。鞘にも柄にも、宝石が散りばめられ、磨かれた刀身はなだらかな波模様を描き、見事な輝きを放っている。

 ヨウは、剣を鞘に収めると、店主の手に戻した。

「俺達は宝飾品を買いに来たのではない。飾りはいらない。実用的なのを見せてくれ」


 二人はその店で、各々の剣と長いマントを買い、その後、馬を二頭買うと商店街を後にした。

「ヨウって、買い物上手だよな。まだ金貨二枚も残ってる」

 シードは、腰に下げた袋をチャラチャラ振った。

「当たり前だろ。次から次へと格好ばっかりの剣出してきやがって、あんな使えない剣に高い金出せるかっつーの」

 二人は街はずれの居酒屋に入った。昨晩、キャラバンのメンバー募集の張り紙をした店である。

 店内は昼食を取る人々で賑わっていた。昼間だというのに、既に酒を飲んでいる客もいる。店に入った二人を見て、バーカウンターの中から店員が声を掛けてきた。

「ヨウさん。メンバーになりたいって人が来てますよ」

「さすが早いな」

「あちらのお客様です」

 店員はフロアの方に向かって叫んだ。

「リュウナさーん、来ましたよ」

 ヨウとシードがそちらの方を見ると、美少女が手を振りながら歩いてくる。その少女は、透けるような白い肌に真紅の長い髪をなびかせ、宝石のようなエメラルドの瞳、天使のような無邪気な微笑みで、二人の元へ歩み寄ってくる。

 二人は唖然とした。

「か、かわいい」

 シードがつぶやいた。

 その時、フロアの片隅にいた男の目がキラリと光ったことに、二人は気付かなかった。

「はじめまして。私、リュウナ。こう見えても子供の頃から魔物と戦ってるし、魔法もちょっとだけど使えるから役に立つわよ。よろしくね」

 リュウナと名乗るその少女が手を差し出すと、ヨウはその手を取らずに言った。

「冗談じゃねぇ。女子供を連れて行けるか。遊びじゃないんだぞ。なあ、シード」

「いいじゃん。魔法も使えるんでしょ」

 シードはさっきからリュウナに見とれたままである。

「お前、昨日まで赤の他人と旅するのはいやだって」

「考えたらヨウも元々は赤の他人だし、いいじゃん。連れて行こうよ」

「やったー。これで今日から私たち仲間ね。あなたたちの名前は」

「俺、シード。ヨロシクね。こいつは」

「ヨウだ」

 その時、突然、リュウナの背後から男が現れた。

「お兄さんたち、光の玉捜しに行くの」

 男は、スラリとした長身に丈の長い派手な黒のジャケットを纏い、膝まであるブーツを履いていた。長い銀の髪をかき上げるその男は、ヨウ達とは、明らかに違う世界の人間であることを感じさせた。

「何だよ、おまえ」

「俺はエリヤ。俺も連れてってくんないかなぁ。この街は退屈でさ」

 ヨウとシードは、無言で顔を見合わせた。そんな二人を尻目に、リュウナが明るい声で言った。

「いいんじゃない?人数は多い方がいいでしょ」

「あ、ああ」

 ヨウは戸惑った。

「それに今時、光の玉捜しに行くなんて無鉄砲な人間、なかなか見つからないわよ」

「確かに」とシードも同意した。

「よし、じゃ、決まりだ」

「イェイ」

 リュウナが親指を立てると、キャラバンが揃った。


 宿屋に戻ったヨウとシードは、荷物の整理をした。

「シード、あいつらのこと、どう思う」

「もう、リュウナちゃん、ムチャクチャかわいいよな。一緒に旅出来るなんてラッキー。あ、俺が先に目ぇつけたんだからな、ヨウ、手ぇ出すなよ」

「出さねぇよ、あんな発育不良。そうじゃなくて、エリヤだよ。あいつただ者じゃない」

「そりゃ、こんな危険な旅に自ら志願するんだもん。ただ者じゃないだろうよ」

「シード、あいつに気を許すな」

「考えすぎだよ、ヨウ。早く老けるよ」

「お前が考えなさすぎなんだよ」

 心配するヨウを、シードは、気にも止めない様子で旅支度を続けた。

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