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龍の子供  作者: 桃園沙里
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アヴァル村

 ヨウとリュウナはアヴァル村にたどり着いた。農村らしく、のどかな村である。

 ヨウは小さな雑貨店の店番をしている男に尋ね、セグラントの家に行った。

 セグラントの家の前の庭では、若い男が庭仕事をしている。

「セグラントさんがこちらにいるって聞いたんだが」

 男が顔を上げ、ヨウを見た。

「はい、いらっしゃいます。貴方様は」

「旅の者で、ヨウと言う」

 ヨウがそう答えると、突然背後から男の声がした。

「わしを捜しているのはおぬしらか」

 いつの間にか、背後に杖をついた老人が立っている。

「セグラントさんか」

「いかにも」

「俺達は光の玉を取り戻す旅をしている。俺はヨウ。こっちはリュウナ」

「リュウナ」

 セグラントは目を見開いた。

「今、リュウナと言いましたかな。では貴女様が」

「そなたが龍の騎士、セグラントですね。会いたかった」

 リュウナが静かに言った。

 リュウナの言葉を聞くと、セグラントは杖を捨て地面にひれ伏した。

「姫様、よくぞ御無事で」

「一体どういうことだ。光の玉を手に入れたらセグラントの所へ行けと言われたんだが」

 ヨウはきつねにつままれた顔をしている。

 リュウナはセグラントの手を取って立ち上がらせた。セグラントは、リュウナの手を恭しく取り、立ち上がると言った。

「そなた、誰からそれを聞きましたかな」

「エリヤよ」

 リュウナが答えた。

「やはりエリヤでしたか。して、エリヤは」

「リュウナを守って死んだ」とヨウが言うと、セグラントは天を仰いだ。

「おお、エリヤ。……それでこそ龍の騎士、じいは誇りに思うぞ」


 セグラントの家でヨウとリュウナがテーブルを囲んで座っている。

 ヨウはテーブルの上にエリヤの剣を置いた。

「どうして城に帰る前にここに来なければならなかったんだ。エリヤは一体何者だったんだ」

 セグラントはヨウの問いには答えずに、質問した。

「貴方様は、この剣を持った時、何ともありませんでしたかな」

「何が?」

「手をお見せ下され」

 ヨウは両手の平をテーブルの上に広げた。

 セグラントは、そのヨウの手を取って眺めた。

「ふうむ……」

「一体何なんだ」

「これは、龍の玉を取り出す儀式に使う龍の剣。その昔、龍王様が龍の玉と一緒に地上へもたらした、聖なる剣じゃ。この剣は、持つ者を選ぶ。清い心を持った、真に勇敢な者でなければ、この剣を持つことはできない。手を触れただけで、この剣の持つ魔力に殺されてしまうのじゃ」

「そういえばエリヤから聖剣の話は聞いたことがあるけど、これがその聖剣?」

 ヨウは剣を手にとって見た。

「どうしてエリヤが聖剣を」

「さあ、わしにもわかりませんでな。しかし、エリヤが貴方様にこの剣を託したとなると、貴方様にはお話ししなければなりませんな」

 セグラントは話しはじめた。



「……今から五十年ほど前、一人の愚かな人間のためにこの世界から聖なる光が消えた時、龍王様は一度は人間を見捨てようとなさった。しかし思い直し、今一度人間にチャンスを与えることにしましたのじゃ。人間が自分たちの手で魔物がいない世界を取り戻すことを望んで。龍王様は、七人の子供と七人の騎士、それから天界の者たちを遣わし、七つの村を作って住まわせた。龍の子供たちは、それぞれの村で守られ育ち、我らは人間が光の玉を取り戻すその時を待っておった。しかし、思ったより時間がかかり、騎士たちは焦りを感じるようになった。龍の子供たちは人間と時の流れが違うけれど、下界へ下りた騎士たちは人間と同じように歳を取りますのじゃ。騎士たちは村の女と結婚し、騎士の子を増やして時を稼ぐことにした。そんな中で、一人の騎士が禁を破って龍の子供と結婚した。そして産まれた子供が姫様、貴女ですじゃ」

 ヨウは目を見開いてリュウナを見た。リュウナは軽く頷いた。

「人間が手こずっている間に、魔物の数は増え強力になっていった。やがて魔物は龍の子供らが住む村の結界を破るほどになり、いくつもの村が滅ぼされ、騎士たちは命を落とし、逃げ延びた子供たちはちりぢりになった。その時の怪我で戦えない身体となったわしは、この村を作り、生き残った者たちを集め、子供たちの捜索をすることにしましたのじゃ。七つの村が滅ぼされた時、龍王様は騎士たちに人間の手助けをするよう命じた。それまでは、我ら騎士の使命は、龍の子供を守ること、それだけでしたのじゃ。龍王様はこれほどまでに魔物が力をつけるとは思っていなかったのでしょう。……ただ、時が遅すぎた。我らには子供たちを捜すだけで精一杯じゃった。メロットの王と情報を交換していたものの、まず子供たちを見つけ出さねばならなかった。そうして、騎士が姫様たちが暮らす村を見つけた時には、既に村は滅ぼされ、姫様たちはいませんでした」

「父と母はその時死にました。私が十二歳の時。それからは旅の魔法使いのキャラバンについて村々を転々としていました」

「さぞお辛かったことでしょう。不甲斐ない騎士たちを許してくだされ。それからずっと騎士たちは必死で姫様たちを捜し回った。その間にも龍の子供もまたその子供も、龍の騎士たちも次々と殺され、とうとう龍の子孫はただ一人になってしまったのです」

「私が最後の一人……」

 リュウナは呆然として言った。それを見るセグラントは、不憫そうな目をした。

「エリヤはわしの孫、龍の騎士ですじゃ。七年前から姫様のことを捜しておった。ここ半年、連絡がなかったのでどうしたかと思っておったが」

「エリヤを、死なせてすまない」

 ヨウは頭を下げた。

「エリヤはまことの龍の騎士でした」とリュウナ。

「もったいのうお言葉」

「エリヤのためにも、世界に平和を取り戻さなくては」とヨウは言った。

 セグラントは、姿勢を正して言った。

「明朝、メロットへ旅立ちましょう。村の者に供を頼みます。メロットの神殿で、龍の玉を取り出す儀式を致しましょう」

 リュウナは、目に涙を浮かべ、頷いた。

「これで本当に、平和な世が訪れるのですね」

 セグラントは遠い目をして呟いた。

「長かった。本当に」


 その夜、セグラントの家の二階では、リュウナが寝息を立てていた。ヨウは眠れず何度も寝返りを打った。

 寝付けないヨウが、散歩でもしようと階段を降りると、居間から灯りが漏れている。そこではセグラントが一人で座っていた。テーブルの上には、石や宝物が置いてある。それらを一つ一つ、手に取って撫で、眺めるセグラント。

 セグラントは、階段を降りてきたヨウに気付いた。

「どうしましたかな」

「なんだか眠れなくて」

「わしもじゃよ」

 セグラントは手にしていた石をテーブルに置くと、ヨウに言った。

「眠れんのなら、一つ、わしの話に付き合ってくれませんかのぉ」

 ヨウはセグラントに向かい合って座った。

「エリヤは、わしの息子の一粒種でしてな、エリヤがまだ赤ん坊の頃、母親が死に、父親は龍の子供を守る旅に出た。その時既に、大怪我をして満足に戦えない身体となっていたわしに、エリヤは預けられ、それからずっと、わしのこの手で、エリヤを立派な龍の騎士とすべく育ててきたのじゃ。エリヤは剣の腕も、その心も、最も龍の騎士にふさわしかった。わしの自慢の孫じゃった」

 セグラントはテーブルの上の宝物を愛おしそうに撫でた。

「ほら、これはみんな、エリヤがわしにくれた物じゃよ。龍の子供を捜す旅に出てから、時々報告に帰ってきては、旅先で手に入れた珍しい物を土産にくれたんじゃ。エリヤ、なんて優しい子……。エリヤはわしの生き甲斐じゃった。やがてエリヤの父親や、他の龍の騎士達は次々と魔物に殺されていき、エリヤ一人になった。龍の騎士の中で随一の智恵と力を持ったエリヤが最後に残ったのは、当然のことだとわしは思っていた。できるなら、このまま、エリヤだけは生き延びて欲しい、そんな願いを持っていたのじゃが……。これも龍の騎士の定めじゃて。世が平和になれば龍の騎士は必要ないのじゃ」

 ヨウは、セグラントの皺に埋もれた目の奥に光る物を見た。


 翌朝、アヴァル村の門前には、メロットへ向かう旅の列があった。一台の馬車と、それを守るように囲む数匹の馬の列。

 門前に立つセグラントはヨウとリュウナに言った。

「準備はよろしいですかな」

 ヨウは黙って頷いた。

 セグラントはリュウナに一礼すると、びっこを引いて馬車に向かった。

 それを見ていたリュウナは、何かを思いついたようにセグラントを呼び止めた。

「じい」

 セグラントが振り返ると、リュウナは自分の髪の毛を数本抜いて、ポケットから取り出したハンカチにくるんでセグラントに差し出した。

「これをお使いなさい。龍の毛は万病にきく薬となる」

「姫様」

「じいには世話になりました」

「龍の騎士としての勤めを果たさず、姫様のご家族をお守りできなかった私には受け取ることはできませぬ」

 セグラントは悲痛な顔をしてうつむいた。

「では、エリヤへの礼として」

 セグラントは顔を上げ、しばらくリュウナを見つめた後、恭しく受け取った。

「ありがたや、姫様」

 セグラントは皆の方へ向き直って言った。

「さあ、出立ぞ」

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