そして青年は牙を剥いた(3)
「そこまで!」
バトラーの声が響く。18人の立候補者のうち、立っていたのは6人だった。
リヒターが右手を砕いた時点で、軽装の男は「はは、降参だ。やるなぁ坊主」と笑った。
6人の中にはレックもいた。肩で息をしながら。額から血を流しながらも、彼は最後まで立っていた。
「15分間の休憩の後、二次選抜試験を行います。脱落者で治療が必要な方は私の元へ」
そう言ってバトラーはドネルの元に報告に行った。レックはリヒターの前に歩いてきて、ニヤリと笑った。
「残ったな」
「うん」
リヒターの戦闘自体は40秒ほどで終わっていたが、レックは3分間フルに攻防を続けていた。6人の勝ち残りのうち、5人は時間切れ引き分けでの合格だった。全員が切れ切れの息で辛うじて立っている。剣術指南塾出身の女子も生き残っていた。
ドネルは6人を鉄仮面の奥から見ていた。この規模の村であれば1人残ればいい方だった。それを今日、この村は6人もの合格者を出している。期待が持てるのだ。二次試験の通過できる者がいるという期待が。
「二次試験を始めます。ドネルさまの前に並んでください」
まさか、ドネルと戦うのか?というざわつき。合格者にも動揺が走る。ましてリヒター以外は消耗が激しいのだ。
「二次試験はドネルさまとの面接です」
「は?めんせつ?」
レックが思わず素っ頓狂な声をあげた。戦う覚悟をくじかれたのだから。
ここでドネルが村に入って以来初めて口を開いた。若いが力のある男の声だった。
「ここで面接を行う理由は主に2つです。
まずひとつは人間性の確認。騎士たる者、揺るがぬ意思と誇りが必要です。それは戦ううえで必要不可欠な物。死と直面した時、己を支える重要な要素です。
そしてもうひとつ、重要な理由があります。
『魔力を検知できるかどうか』
ということ。私たち騎士は魔術と対峙する機会が非常に多いのです。兵士であっても魔力を識ることが出来れば敵に一歩先んじることが出来る。戦場の一歩は勝敗を分けかねない。それを掴めるかどうか。
それを、私が見ます」
丁寧な物腰だが、圧倒的なまでの力が言葉の端々からにじみ出ていた。「鋼鉄」の名は伊達ではない。平和のなかでも街を守らねばならない場面は多発する。二〇〇人の賊が帝都を襲撃しようとした。たった一人でそれを阻止した男。ドネル。
1人目。剣術指南塾の女子。
2人目。鍛冶屋の息子。
3人目。農家の次男。
4人目。戦場帰りのベテラン。
5人目。レック。
全員がドネルと見つめ合った。数秒の者もあれば、数分の者もいた。口を開かずともドネルは相手の素養を見極められた。5人は全員合格となり、訓練生としての資格を手に入れていた。
6人目。リヒター。
ドネルは面接を始めてから初めて口を開いた。
「……、お前、術師か…?」
「え?違います。農家の息子です」
「両親とも術師ではない、のか…?」
「はい」
「……」
ドネルが困惑しているのは鉄仮面越しでも十分に分かった。リヒターもまたそのドネルの困惑に動揺していた。日差しは既に西に傾き始めている。じりじりと時間が過ぎる。
リヒターはどうしていいかわからずそわそわしていたが、ドネルが自分を検分していることはなんとなく感じられた。
リヒターの身長は175㎝ほど。同世代と比べても大きい。そしてまだ伸びそうだった。土木作業で鍛えられた体は、細身だがしっかりとバランスよく筋肉がついている。仕事以外では野山を駆け回り猟に出ているためだろう、脚力もしっかり備わっていた。肌は元々白いのだろうが、野外の作業で健康的に焼けている。髪の毛は適当に切っていたが、中性的な顔立ちに良く似合っていた。
7分。その間ドネルは黙ってリヒターと向かい合った。
「そうか。合格だ」
「…!ありがとうございます!!」
6人全員合格。野次馬は沸き立った。村始まって以来の快挙だ。いや、帝国建国以来の快挙かもしれない。
「やったなリヒター!!!でもなんでお前だけ話しかけられてたんだ?」
「わからない…。でも、やったな、レック!」
「おうよ!!!早く最強の騎士になりてえぜ!!!」
騒ぐリヒターとレックの脇をバトラーが通り抜け、ドネルに話しかける。
「最後の少年、異様な空気でしたが」
「ああ。帝都の神官たちが年に1度やってる儀式のような、魔力が渦巻いているような感覚だった。あれはひょっとすると、騎士なんかではなくて…」
言いよどむドネル。バトラーは黙ってうなずいて、手元の資料に何かを書き加えた。
こうして選抜試験は終わり、リヒターとレックは夢に一歩踏み出した。
お読みいただきありがとうございました。
リヒターくんは中性的な美少年という設定が盛り込みきれていなくてやきもきしています。外見的魅力があまりステータスにならないのがこの世界なんだと思うので…