そして青年は牙を剥いた
「魔術」。
それは現実世界と隣り合い、かつ絶対に交わることのない「魔界」の力。「魔界」に生物は棲まず、純然たる魔力が満ち満ちているだけの世界。そこに現実世界の物がはいってしまうと、純粋すぎる魔力に潰されて消滅してしまう。海の魚を川に放すと死んでしまうように。絶対に交わらないからこそ、「魔術」は現実において重宝されてきた。
アイシャ歴946年。知を司る神・アイシャが世界に国を齎したとされる年から946年が経った。
世界には全部で5つの大陸があるが、そのすべての大陸にこのアイシャ歴は伝わり、共通の時間の流れとして用いられていた。
五大陸のなかでも最大の大きさを誇るデグラバオル大陸には8つの国があり、それぞれが億単位で民を抱え、栄えていた。各国は過去に衝突した歴史を抱えていたが、今では国交にルールを設け、平和外交を確立していた。
デグラバオル大陸の最南端に位置する、オルシャータ帝国。その中心付近、帝都の南80㎞あたりに位置するシャンテ村。ひとりの16歳の少年が、中年の現場監督のような男に肩で息をしながら頭を下げていた。
「すいません、遅れました」
「遅いぞ、テメェ。作業遅れた分、他の2倍働け」
「はいっ!」
職人たちが石切り場から切り出した石を、巨大なソリとコロを使って建設中の神殿まで運ぶ仕事を行っている。同年代の少年や、やや年上の青年も混じり、皆で息を合わせて大きな石を動かしている。
「また怒られたな、リヒター」
ニヤリと笑いかける少年の隣に付きながら、リヒターは苦笑した。
「アネラに掴まっちゃってさ。今日こそ帰ってきたら私の料理をたべてーって」
「かぁー、羨ましいぜ。俺はさっきカエラに『帰ってくんじゃねえ!』ってどやされたぜ」
「またなんか余計なことを言ったんじゃないの?レック」
リヒターは幼なじみのレックと共に作業をしながら、お互いの許嫁から受けた所業についてああだこうだと言い合っていた。二人とも麻布をベストのようにして紐で縛った服と腰巻である。舐めるような日照りで、二人の肌はよく焼けていた。
「何にも言ってねえよ。にしても、こんなかったりぃ作業やらせるなんてホント、神官どもは何考えてんのかねえ。帝都警備隊の術師隊を呼べば2週間で終わるだろ。都の新しい防壁、あれ3日で作ったって話だぜ」
首都のようすは商人や旅人の話から聞くほか、村の掲示板に貼りだされる告知紙や書物から知ることが出来た。リヒターもレックも、村の大人たちに読み書きを教わっていた。
「しょうがないよ、術師隊の召喚にはものすごくお金がかかるって木守のおじいさんが嘆いてたよ。おじいさん、『白霊の森』に術師隊を送り込んだときの依頼主の1人だったって。10人で報酬を払ったけど、1人50000トール(通貨単位。10トールで庶民の食事が1回摂れる)払っても3人しか呼べなかったって」
「かぁー。円環の石は高ェからな…」
魔術師。
魔界との接続を図り、世界に「結果」をもたらす者。村から魔術師が輩出されれば隣村まで巻き込んで祝いの宴を開く。国お抱えの術師隊に入れれれば、その魔術師の家族、子、孫に至るまで生活が保障される。魔術師の才能は遺伝的だからだ。何の変哲もない家から魔術の才能を持つ子が生まれることもあるが、非常に稀だった。
彼ら魔術師の用いる「円環の石」はひとつで魔術を1度行使できるが、そのひとつが50000トールという金額なのだ。国民の年収平均額は20000トールほどであり、円環の石ひとつで両親と子供1人を養うことが出来てしまう。魔術とはそういう類のものであった。
「テメエら、くっちゃべってねえで働け!!!」という怒号を合図に2人は黙った。庶民が目指せるものではない魔術師に対して、騎士や剣士であれば2人にも希望はあった。
1年に1度、帝都警備隊は人員募集をかける。帝都から派遣される騎士による選抜試験が行われ、騎士や剣士に抜擢される数少ないチャンス。2人はそれを目指して日々訓練を重ねていた。といっても、盗み見た剣士同士の決闘や元剣士の飲んだくれから聞いた与太話のような剣技を試行錯誤しつつ木の棒で打ち合うようなものだったが。それでも、そこらの同世代と棒で殴り合えば圧倒する程度の実力はついた。
「明日の選抜試験、楽しみだな!」
レックが小声で笑いかけた。リヒターもそれにつられるように笑った。
「絶対に合格しようぜ、2人で!」
拳をぶつけ合った。それから夕暮れ時の仕事終わりまで、2人は熱心に岩運びに励んだ。
続きは近日公開予定です。
ほのぼのした空気が出せていればいいなぁ。
お読みいただきありがとうございました。